背後霊注意報


港瀬つかさ様


 平和になったウィンフィールド王国。
 だがしかし、今現在一部の人間にとっては迷惑な事態が起こっていた。
 被害を被っているのは、クリス、シオン、レイヤード(?)の3人である。
 いや、レイヤードは被害ではないのかも知れないが。



 何が起こっているのかと言えば、単純であった。



「てめぇ、いい加減杏里から離れやがれ、ルカ!
 ついでにその他諸々亡霊どもが!!!」
「く、クリス先輩、そんな風に怒っちゃ駄目だよ。みんないい人だもん!」
「いい人だろうが何だろうが、俺に断りもなくお前の背後霊になるのは許せん!」

――相変わらず心が狭いな、逢坂。

「やかましいわ!何で今更お前が背後霊になってるんだ!
 消えたんじゃなかったのか?!」

――そこはそれ、これはこれだ。

 クリスに向けてにっこり笑うルカは身体が半透明だった。
 その周辺でこくこくと頷いているのは、ルカ以上に身体が透けて見える亡霊達だった。
 元来霊媒体質、霊感ありの杏里なので、なつかれるのは仕方がない。
 だがしかし、背後霊よろしくとして常にいられるのは許せない。
 そう考えるクリスは、杏里に関してだけ異常に心が狭くなる我が儘国王陛下である。

 だがしかし、まだましと言えよう。
 ちなみに、もっとまし−時々かなり迷惑−状態なのが、レイヤードであった。
 彼の背後には、ランとカレンが二人揃って背後霊をやっている。
 のどかに言葉を交わすレイヤードの姿は何処か嬉しそうで、見るモノを和ませる。
 だがしかし、時折勃発するランVSカレンの戦いだけは、迷惑千万であった。
 
 何故かは解らないが、背後霊の彼らは魔法が使える。
 おまけにその魔法は、現実世界に影響を与えるのであった。
 おかげで、ランとカレンによって破壊された城の建築物は山のよう。
 修繕費も馬鹿にならないとなって、
 本気でどちらか片方を除霊して下さいと願い出る経理担当者が居る。
 もっとも、容易く除霊されてくれるわけがないのだが。

 で、途方もなく苦労を背負い込んでいるのが、シオンであった。
 旅に出ていたセナは王国に戻ってきて、今は近衛連隊長をやっている。
 シオンの方は相変わらず国王補佐官であるが、
 同じ職場で働いているために顔を合わす機会はある。
 その幸福をかみしめていたはずなのだが、今現在シオンは苦労のどん底であった。
 ついでに、セナも多少なりともげんなりしている。



 原因は、シオンの背後霊となったセナの父親、セシルであった。
 (ちなみにセナの背後霊は母親であるユリナだ。)



――だーれーがー、お前にやるといった、シーオーンー????

「死人がいちいち干渉する事ではないだろうが。おとなしく成仏しろ。」

――俺のかわいいセナが何処の誰ともわからん馬の骨にさらわれるのを黙ってみていられるか!

「…………その馬の骨は、お前の友人だぞ、セシル。」

 ぼそりとつっこんだシオンの言葉は、セシルの耳には届いていなかった。
 親バカここに極まれり。
 昔から親バカだと思っていたが、磨きがかかっているとシオンは思う。
 セナの方は、幼少時は何とも思わなかった父親に、今現在少しばかり引きつっている。
 大人になってしまえば、父親の異常なまでの溺愛ぶりがよく分かるのである。

――……まったく、大人げないわねぇ、セシルってば。

「お母さん……。」

――気にしないで良いのよ、セナ。だって、シオンは貴方の初恋の相手でしょう?

「……はい。」

――良かったじゃない。初恋は実らないって言うけど、ちゃんと叶ったんですもの。
  それに貴方、今、幸せなんでしょう?

「……幸せすぎて、怖いくらいですよ、お母さん。」

――だったら平気ね。私は何も心配なんてしないわ。もっとも、からかうのは楽しいけれど。

 いたずらっぽく笑う姿は、記憶の中の母と同じだった。
 それに少しだけ安堵しながら、セナは視線をシオンとセシルに向ける。
 自分を愛してくれるが故に暴走している父親。
 少しばかり迷惑で、でも嬉しいと思ってしまう。
 あまりにも早くに、幼い子供の頃に手放してしまったぬくもりが、そこにあるのだから。

 そろそろ止めてくるわねと、ユリナが微笑みを浮かべてセナのそばを離れる。
 シオンに食ってかかっているセシルの耳を引っ張りながら、いい加減にしなさいと言い放つ彼女は強かった。
 それでも負けないぐらいに反論する当たり、セシルである。
 相変わらずの夫妻を見て、シオンはやれやれと肩をすくめた。
 これも愛されている事実の弊害だというのならば、多少は我慢しようかとも思えるのだが。

「……それにしても、妙なメンツばかりが背後霊になっているな……。」
「そうですね。そういえば、櫂が拗ねてましたよ。」
「御園生が?」
「ええ。ランやカレン、ルカがいるのに、凪がいないと言って……。」
「…………いるだろう、そこに。」
「多分、力が足りないだけだと思うんですけどね……。」

 杏里を間に挟んでルカと喧嘩を繰り広げるクリスの周りでは、翔、櫂、直人の3人が見物していた。
 その櫂の傍らには、にこにこと笑っている凪がいる。
 もっとも、他のモノより透けていて、ほとんど見えないのだが。
 シオンやセナに見えるのは、延々と背後霊と共存してきたここ数日の影響だろう。
 少なくとも、それ以前は幽霊なんて見えなかったので。

 二人が和やかに会話をしていると、不意にシオンの後頭部に衝撃が走った。
 幽霊故の気安さからか、平然と跳び蹴りをかましたセシルがそこにいる。
 その背後ではユリナが、しまったといいたげに掌で顔を覆っていた。
 慌ててシオンを気遣うセナであるが、
 ゆらりと立ち上がったシオンは、拳に力を込めて空を切った。
 一瞬、セシルの身体がぶれる。

――俺を消す気か、シオン!

「大人しく成仏して、あの世へ行ってこい!」

――俺はまだ納得した訳じゃない!お前にセナをやれるか!
――あら、シオンならお買い得だと思うんだけど?
――ユリナーーっ!
――ほらほら、ダナイに挨拶にいかないと。セナを引き取ってくれたの、彼よ?
――いやしかし、こいつをセナのそばに野放しにして置くわけには……!
――さ、行くわよ。じゃあね、セナ。少し出かけてくるわ。

「あ、はい。行ってらっしゃい、お母さん、お父さん。」



――セナぁぁぁぁぁぁっ!!!!



 ユリナに引きずられていくセシルが、泣きそうな声でセナを呼ぶ。
 しばらくその声はエコーとして響いていたが、
 ひときわ大きな破壊音が聞こえた後に聞こえなくなった。
 何となく、母が父を殴って気絶させたのだろうと、セナは思った。
 背後霊として彼らがよみがえって以来、それは別に珍しくもない光景だったので。

「…………あいつらは、いったいいつになったら成仏するんだと思う?」
「…………ちょっと、わかりませんね。」

 困ったように笑うセナの発言に、シオンは疲れたようにため息をついた。
 この日常が続くのならば、ストレスが貯まると思ったのである。
 おそらくは当分居座る気なのだろうという考えにたどり着いて、
 二人は揃ってため息をつくのであった。





 現在ウィンフィールド王国王城では、背後霊注意報が発生しております。




FIN





 港瀬つかさ様のサイトで掲載されていたフリー小説を頂いてきました。
 矢張りセシルパパが素敵です。
 こんな背後霊ならいても良い、と思わず思ってしまいます。
 セシルパパのインパクトの強さにメインの面々がかすむ勢いです。



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