これはちょっとしたもしもの話


港瀬つかさ様


 廊下の向こうから歩いてくる人影を見つけて、シオンは笑みを浮かべた。
 親バカ仲良し夫婦の片割れ、セシルである。
 その満面の笑みを見て、シオンは少し苦笑したくなる。
 この青年は確かな実力を持ちながら、多少なりとも子供っぽい。
 もっとも、それは好感を持てるだけであり、シオンも気に入っているのだが。

「今日は初めて会うな、シオン。元気か?」
「昨日一緒に夕飯を食べたばかりだろう?元気に決まっているさ。」
「そうか、それは何よりだ。実はな、今日はすごいモノをお前に見せてやろうと思ったんだ。」
「……すごいモノ?」

 いったいそれはなんだと、シオンは視線で問いかける。
 そんなシオンに対して、セシルはニコリと微笑んだ。
 それはもう、見ている方がお腹いっぱいといいたくなるような、幸福そうな笑顔だ。
 そしてセシルは、背後から何かを引っ張り出した。
 正確には、隠れていた人間を、引きずったのだが。

 そこにいたのは、セシルが溺愛している愛息子のセナ。
 近衛隊の者達は何度も姿絵を見せられている為、既にセナの顔を覚えている。
 無論、シオンとて例外ではない。
 まして、セナはシオンに憧れているのだと、セシルは言っていた。
 その事実が、シオンにこの少年を覚えさせる原因にもなっていた。

「今期から近衛学校に入る事になった、息子のセナだ。」
「君がセナか。セシルから話は聞いている。こんにちは。」
「……あ、ぁの、初めまして……、セナと申します……。」
「俺は怯えられるような事をしたか、セシル?」
「憧れのシオン中将に会えて、感動しているんだよ。…………ちょっと灼けるが。」
「…………。」

 ぼそりと付け加えられたセシルの言葉を、シオンは確かに聞いた。
 親バカと、心の中だけで突っ込んでおく。
 顔を真っ赤にした少年は、海のような瞳でシオンを見上げていた。
 じっと、食い入るように見詰めてくる。
 その直向きな眼差しに、シオンは柔らかな微笑みを浮かべた。

 手を伸ばし、ひょいっとその小さな身体を抱き上げる。
 驚いてバランスを崩すセナを支えて、シオンはその細い身体を、
 自分の肩の上に乗せるようにして座らせた。
 驚愕と羞恥と喜びとが混ざり合った表情で、少女めいた美貌が真っ赤に染まった。
 そんな二人を見て、セシルは肩を竦める。

「落とさないでくれよ、シオン。」
「解ってるさ。落としたりした日には、お前達夫妻に殺されるんだろう?」
「ハハハ。殺すなんて生ぬるい。延々と蛇の生殺し+生き地獄だぞ、シオン♪」
「…………セナ、お前の父親は、いつもこうか?」
「……い、いえ、もうちょっと、マシです……。」
「……セシル、俺に何か恨みでもあるのか?」
「恨みなんて無いぞ。ただ、ちょっとだけ、悔しいだけだ。」

 俺はセナの父親なのに。
 意味不明な事を呟くセシルである。
 はぁ?と眉間に皺を寄せたシオンに、セシルはびしいっと指を突きつけた。
 そして彼は、きっぱりはっきり言い切った。

「お前がいる所為で、セナは俺の活躍を見てくれないんだ!!」
「…………セナ、たまにはセシルも見てやるようにな。」
「は、はい……。」

 憧れのヒトに諭されて、セナは顔を真っ赤にして頷いた。
 その初々しい反応に、一抹の不安を抱いてしまう親バカ男が一人。
 だがしかし、流石に王城内で阿呆な事を口走るような男ではなかった。
 ちょっとだけ悔しそうに、それでもセナの姿に嬉しそうに、セシルは目を細めた。

 そんな3人の視界に、小さな影が走った。
 初めにそれを認識したのは、高い位置にいたセナ。
 次にシオン、そしてセシル。
 ぱたぱたと駆けてきた小さな影は、じぃっとシオンを見上げていた。
 綺麗な白銀の髪にオッドアイ、この国の王子であるクリストファーがそこにいた。

「……シオン、僕も……。」
「クリストファー様、今はお昼寝のお時間では?」
「目がさめたの。」
「クリストファー様、宜しければ私がだっこしましょうか?」
「……セシルが?」
「はい。クリストファー様さえお許し頂けるなら。」
「うん!セシルいつもだっこしてくれないから、だめなのかと思った。」

 ニッコリと笑った王子を、セシルはそっと抱き上げた。
 ぎゅうっとセシルにしがみついて、クリスはセナを見ていた。
 幼い子供は新参者に敏感だ。
 その意識を感じ取ったのか、シオンがにこやかに微笑みながら告げた。

「クリストファー様、彼はセナ。セシルの息子ですよ。」
「セシルの子供……?」
「はい。可愛いでしょう?」
「コラコラ、セシル……。」
「うん。すっごくきれい。ねぇ、セナ、僕のお兄ちゃんになってよ。」
『……え?』

 流石に爆弾発言について行けなかった3名。
 だがしかし、子供はニコニコと笑っていた。
 セナに手を伸ばして、握手を強請っている。
 とりあえず、大人しく握手をするセナ。
 そんな子供達を見て、大人二人は顔を見合わせた。
 まさかクリスの口からそんな要望が出るとは、思わなかった二人である。

「クリストファー様、セナはセシルの息子ですから、お兄ちゃんにはなれません。
 ですが、将来クリストファー様を護る近衛兵にはなってくれますよ。」
「本当?」
「えぇ、本当です。その為に近衛学校にも入っています。
 …………そうだろう、セナ?」
「……あ、はい。大人になったら、シオン中将の下で、クリストファー様の為に、
 働きたいと、思っています。」
「お父さんの下じゃないのね、セナ……。」
「……混ぜ返すな、セシル。」

 やれやれと溜め息をつくシオン。
 不機嫌そうにそっぽを向くセシル。
 困ったように笑うセナ。
 ふしぎそうに首を傾げているクリス。
 周囲の注目を集めている事に気付かないままに、彼等はそこにいた。





 ひょっとしたら起こりえたかもしれない、これはもしもの話…………。





FIN





 港瀬つかさ様のサイトで掲載されていたフリー小説を頂いてきました。
 まず何よりもセシルが素敵です。
 セシルパパ大好きです!
 こんなもしもの話が凄く愛しくなります。



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