愛すべき花


松波友梨花様


「……と、これで終わりか?」
 次から次へと絶えることなく回されてきた書類が止まったから一応確認してみた。
 思えばここ数日、書類が多くてデスクワークばっかだったからな……。
 ストレスも溜まる一方だし、肩も凝るぜ。
「ええ、とりあえず。今日のところは終わりです」
 受け取った書類をまとめながらシオンが言う。
空をみればまだ陽も高い……何せさっき昼食を取ったばかりだ。
だったら行くきゃねぇだろ?
「そっか。んじゃ出かけてくる」
 と、立ち上がった俺に、
「明日の夕方までにはお戻りください」
 と、レイヤードが答える。
「ごゆっくり」
 と、シオンまで。
 ……明日?
 今日の夕方じゃなくて?
「……行っていいわけ?」
 思わず聞き返してしまう俺。
 言ってはみたものの、こうも快く承諾されると何か裏がありそうでコワイ。
 どうやらそれが顔に出ていたらしく二人とも苦笑する。
「ええ、そのために頑張って頂いたのですから」
 それはそれで「何でだ」と突っ込みたくなるけど、まあいい。
 なにも反対されたいわけじゃねーしな。
 にこにこと……ある意味不気味だ……微笑みを浮かべた補佐官達が見守る中。
 引き出しからナイフを取り出すと、いつものようにワープホールを開いた。
「じゃ行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」

「とっ」
 出口は当然セナの部屋。
 ……セナは旅を終えた後、俺の元はおろかウィンフィールドにも帰らなかった。
 今は人間界にあるレイヤードの研究所の職員として、黒い翼の暴走の研究に一役買っている。
 住んでるトコもごくフツーのワンルームマンションだ。
 俺との仲がばれたらまずいからと、セナはこれからもウィンフィールドには戻らない。
 じゃあ俺がいなくなったら戻れるのか、って冗談で聞いたことがあるけど「貴方が居ないウィンフィールドには戻っても意味がないでしょう」って返された。
 結局俺が円満に王様をやめるまで、ずーっと遠距離恋愛が続くらしい。
 まあ、セナのそんなところもカワイイからいいんだけどさ。
 ワープホール開かなきゃ行き来できないんだから、俺が会いに行くしかねぇだろ?
 あいつらに頼むなんてゴメンだしな。
 だから忙しい仕事の合間を縫って恋人の元へ通ってるんだ。
 が、セナは窓の外を眺めたまま振り向かない。
 ……おい、大丈夫かよ?
 普通は……いや、普段のセナならいきなり人の気配がすれば振り返るだろ?
 別に気配消してるわけでもないし。
 そんな心配を更に煽るように切なげにため息をつくセナ。
 それは何に起因するため息なんだ?
 声を掛けるタイミングを逸してただ見つめる。
 すると、窓にでも俺の姿が映ってたのか、不意にセナの焦点が近くなって振り向いた。
「クリス?」
 驚いたようなセナの声。
 そりゃあ、驚くだろうな。
 何せワープホールが開いたことすら気が付かなかったんだから。
 ……でも、なんでだ? さっきまでの切なげな雰囲気が消えた。
「よっ! 仕事の区切りがついたんでな、俺の花を愛でに来た」
 セナの方に寄りながら、ことさら明るくそんなことを言ってみる。
 花とセナを掛けて。
 すぐに分かるならそれも良し、分からないなら……気が付くまで説明しない。
「……花見ですか? ウィンフィールドには桜はありませんでしたね。……ですが、1週間遅かったですよ。……もう散ってしまいましたから」
 案の定、セナは言葉の意味に気付かなかった。
 そして残念そうに窓の外を見る。
 ?
 つられて窓の外を見る……なるほど。
 この部屋からは道路の両側にある桜並木がよく見える。
「あー、本当だな。葉桜通り越して立派な若葉だな」
 とは言ったものの桜に興味がある訳じゃない。
 俺の興味は目の前のセナ。
「今年は満開になったと思ったら強風で雨でしたから。あっという間に花が終わってしまいました。……けれどクリス、花を見に来た……と言った割には残念そうではありませんね? それに「俺の花」というのは?」
 なんて切り返してくる頃には、あの空気は綺麗さっぱり消えていた。
 ……もしかしたらおっさんたちはセナのこの状態を知ってたから、俺がこうして会いに行くことを許した……ってことか?
 研究所内でもセナがこんな感じなら……色々不都合もあっただろう。
 こいつが私事で仕事をないがしろにするわけないけど、なんといってもセナは研究所のマドンナだ。
 恋人がいることは知られているらしいが。
「クリス?」
「ああ、わりい。ちょっと考えごと」
「仕事が忙しかったのでは?」
 いつものことだけど、なんで恋人との時間より仕事を優先させたがるんだ?
「休暇だ。明日の夕方まで」
 きっぱり言い切る。
 補佐官二人が承知したんだから嘘じゃねえ。
「そうですか」
 ちょっとホッとした感じで微笑むセナ。
 俺だってそうそう仕事をさぼっちゃ来ねーよ。
 大体そんなこと続けようもんならおっさんかレイヤードからバレて、最悪身ぃ引くだろアンタ。
 そんなのゴメンだっつの。
 あれ?
 待てよ、もしかして……。
「もしかしてアンタさ、俺に会えないのが寂しくて元気がなかったワケ?」
 とりあえず直球で聞いてみた。
 するとセナは、申し訳なさそうに微笑んだ。
「ちょっと疲れていたようで、色々考えてしまったんです。でも貴方の顔を見たら吹き飛んでしまいました」
 なるほど、俺の花は愛情不足だったワケか。
「そう言ってもらえると、頑張って仕事を片づけてきた甲斐があるってもんだぜ」
 二人して顔を見合わせて笑う。
「それで「俺の花」というのは?」
 話をそらそうとしてもそうはいきませんよ? と楽しそうにセナが言う。
 そらす気はさらさらないけど……さすがだな、そのあたりには気が付いたか。
 どうせなら「俺のセナ」と書いて「俺の花」と読む……ってあたりに気が付いて欲しいんだけどな。
「貴方が桜を植えた……などという話は聞いたことがありませんが……」
 当然だ。
 俺は木を植えた覚えはない……卒業記念植樹ならあった気がするけど。
「確かに木を植えた覚えはない。……けど、綺麗な花がいるからな」
 もちろんセナの笑顔のこと。
 あえて「いる」と言ってみたんだが気が付くか?
「綺麗な花が咲くんですか? いったいどちらに?」
 うーん、ここまで言ってもダメか……。
 それはそれで……面白い。
 が、そろそろ気が付いて欲しい頃合いでもある。
「ここに」
 それだけ言って俺はセナに口づけた。
 最初は触れるだけ。
 啄んで……深く求める。
 しばらくその柔らかさを堪能した後、離れると目を潤ませて頬を染めるセナがいた。
 ……誘ってくれるじゃん……。
 ああ、待て待て。
 ここでその誘いに乗るわけにはいかないんだよ。
 今のセナはすごく艶めかしくて美味しそうなんだが……本人無意識なところが痛い。
「……よくもまあ……そんな事が言えますね」
 どうやら一連の言葉を指してのことらしい。
「私が貴方のものというのは分かるんですが……綺麗な花というのは……」
「アンタの笑顔」
 簡潔に答えてやると絶句した。
 ……顔が真っ赤だ。
 こんな素直な反応してくれるんだったら、言ってみる甲斐もあるってもんだな。
「ふーん? 言うのは慣れてても言われるのは慣れてないってコト?」
「当たり前です。誰が……私にそんな事を……」
 強がっていても顔は赤いまま。
 いや、言いたい奴は意外に多いと思うぜ? 研究所の奴らとか。
「カワイイよ」
 ぎゅっと抱きしめて耳元に囁く。
「……そんなことを言うのは貴方だけですよ」
 苦笑して体を俺に預けてくる。
 セナの温もりを服越しに感じる。
「当然。俺以外の男に言わせるなよ」
「……ですから、貴方だけです。貴方だけの私でありたい……そう思います」
 そう言って、恥じらいながら微笑んで俺の胸に顔を埋める。
 ったく……カワイすぎ。
 そっと髪を梳けば心地よさそうに目を閉じる。
 うっとりと幸せそうな表情……そっか、幸せってこんなコトなんだよな。
 愛する人が腕の中にいる。
 いつも気を張ってるセナが安心して、全てを委ねてくれる。
 こんな時間を護りたい。
 ……大切な人を護りたい。
 俺は黙ったままセナの髪を梳く。
「クリス?」
 黙ったままな事を不審に思ったのか、セナが顔を上げる。
 どこか不安げな表情で。
「幸せってこういう事かなって考えてたんだよ。恋人を抱きしめてその温もりを感じるって事がさ」
「そうですね。こうして貴方に抱きしめられて……幸せですよ」
 セナは控えめに、だけどすごく嬉しそうに笑った。
 ……やっぱり花だな。
 セナを何かに例えるなら。
 俺の……俺だけの花。
 愛情を注げば注ぐだけ、より美しく咲き誇る。
「愛してる、セナ」
 そして、その言葉は何よりも肥料になるらしい。
「私もです」
 そう答えて笑うセナの顔が一番綺麗だから。




FIN




 松波友梨花様からリンク記念に頂きました、来栖×瀬那小説です。
 来栖の気障なところが素敵ですね。
 二人とも気障さでならどっちもどっちだと思います。



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