ひかる・かいがら


神無月風様


 高天原という不思議な夢をきっかけにして、相模圭麻には新しい友人が増えた。同じクラスの日向泰造や、1組の若狭結姫、因幡颯太、和泉那智、そして甲斐隆臣。

 甲斐隆臣は、仲間たちの中で唯一、仲間の証である勾玉と2つの生の記憶を持っていなかった。そのためか双方の世界の彼は、同一人物とも思えない、異なった性格を有していた。
 常に穏やかで優しい、中ツ国の甲斐隆臣と、乱暴で協調性のない、高天原の隆臣。同じ魂に2つの性格。
 他の仲間たちは、那智のように性別が変わっても、高天原と中ツ国の性格自体に違和感はない。中ツ国の隆臣と高天原の隆臣、一体どちらが本当の彼なのか。それは圭麻にも分からなかった。  もともとクラスが違う上に、仲間に加わる時期が遅かったせいもあって、圭麻と隆臣はあまり接点を持たなかった。ところが、ある日の結姫の発言がきっかけで、2人は親しく話をするようになった。

★☆★☆★

 昼休み、たまたま給食室で、圭麻と一緒になった結姫が、ふとこぼした。
「隆臣くんの様子がヘンなの」
「ヘンって言いますと? 今朝も校門前で会いましたけど、いつもと変わらず元気そうでしたよ?」
「なんだか毎日、ぼんやりしてるの。休み時間や放課後には1人で屋上に行ってるみたいだし。どうしたのって聞いてみても、なんでもないとしか言ってくれないし」
 結姫は隆臣のことが心配でたまらない様子だった。いつも隆臣の一番近くにいる結姫は、他の者が気づかない微妙な変化も分かるのかもしれない。恋する者特有の勘が効く場合もある。そう思って圭麻はたずねてみた。
「なにか、思い当たることは?」
「…わかんない。…やっぱり1人だけ勾玉がないことや、高天原の記憶がないことを気にしてるのかな。それとも転校しちゃうせいなのかな」
 確かに結姫の仲間のうち、1人だけ勾玉と記憶を持たない高天原の隆臣は、そのために仲間たちと距離を置いているふしがあった。中ツ国での隆臣は、あまりそのことには触れないが、彼とて気にしていないとは限らない。
 おまけに、甲斐隆臣は家の事情で、もうすぐ転校することになっていた。いろいろ気ぜわしい時期だけに、悩みごとのひとつやふたつあっても、おかしくはなかった。
 ため息をついて圭麻は言った。
「分かりました。オレが隆臣に当たってみます。違うクラスのオレのほうが話しやすいかもしれないし」

★☆★☆★

 放課後、圭麻は学校の屋上に出向いた。結姫の言った通り、屋上では隆臣が1人、ぼんやりとたたずんでいた。
 隆臣は小雨のそぼ降る中、傘もささずにフェンスにもたれていた。階段を登って来た圭麻にも気づかず、どこか遠くの空を見つめている。その横顔はひどく寂しげだった。
「風邪ひきますよ」
 圭麻が傘をさしかけると、ハッと隆臣は振り向いた。無防備な姿を見られたことを恥じるように、照れた笑みを浮かべる。そして礼を言って、傘を受け取った。
「ありがとう」
 この礼儀正しさ、穏やかさは高天原での彼には考えられない態度だった。別人のような性格を内心、面白く感じながら、圭麻はたずねた。
「なにを見てたんですか?」
「雨だよ。よく降るなあって思って」
 どう言おうかと考えて、圭麻は小細工を使わず、単刀直入に切り出すことに決めた。
「結姫が心配してましたよ。この頃、隆臣が元気ないって」
「…そっか。心配かけてごめん」
 しょんぼりする隆臣に、圭麻は「それはオレじゃなくて、結姫に言ってあげてください」と穏やかに答えた。そのまま黙りこみ、校庭に降り注ぐ雨へと視線を移す。
 無言の圭麻から、『無理に事情を聞き出すつもりはない』という心遣いを、隆臣は感じ取ったようだった。小さく吐息をつくと、思い切った様子で口を開く。
「本当にごめん。大丈夫だから心配しないでって、ちゃんと結姫に言うよ」
「それがいいですね」
 うなずくと、「でも」と圭麻は言葉を続けた。
「毎日、屋上にいてもつまらないでしょう? たまにはオレと街を歩きませんか? 面白いですよ」
「面白い…?」
 隆臣の不審げなまなざしに、圭麻は独特の、無邪気そうで、なにかたくらんでいるようでもある、不思議な笑みを返した。やがて隆臣は笑い出し、降参した。
「うん。一緒に行くよ」

★☆★☆★

 それから圭麻と隆臣は時々、一緒に帰るようになった。
 ただし他の仲間たちにはナイショである。結姫や那智が事情を知れば、一緒に行くと言い張ったに違いない。だが圭麻は、他の仲間が一緒に来れば、隆臣は気を遣って、かえって疲れてしまうのではないかと考えた。
 好きなだけ物思いにふけることができ、ついでにもうすぐ引っ越してしまう街の様子を見られたら、隆臣も楽しいのではないか…。そういう圭麻の気遣いから、この奇妙な寄り道は続けられた。
 圭麻の言う“面白い物”とは、その日によって違った。街を一望できるビルの屋上に昇ったり、昔の城跡などの旧跡に立ち寄る時もあれば、通学路に飼われている、ひとなつっこい子犬を見に行ったり、また学校裏の池に、鯉やあひるを眺めに行く日もあった。
 圭麻は町のちょっとした情報にとてもくわしく、ゴミ拾いの手伝いを覚悟していたらしい隆臣も、ホッとした様子だった。
 ある日の放課後、圭麻は昇降口で待ち合わせた隆臣を、街の化石探検に誘った。
「市役所の玄関前には、アンモナイトの化石が埋まってるんですよ」
 その日も薄暗い寒い日で、おまけに雨が降っていた。だが、どしゃ降りを物ともせずに、傘を差した2人は興味津々で、市役所の玄関を覗きこんだ。
 石の中に、うっすらと残る化石の跡を、隆臣は不思議そうに眺めた。
「アンモナイトって、グルグル巻いた貝の形なんだ。かたつむりみたいな生き物だったのかな?」
「いえ、実際は海に棲む、イカやタコに近い動物だったらしいです。恐竜が絶滅した時に、一緒に滅んでしまいましたけど」
「結姫が教えてくれた、高天原の玉髄貝に似てるね。高天原では、中ツ国にはもういない、大昔の生き物も生きてるんだ」
 さらりと高天原の話題を出す隆臣に、圭麻は内心、考えこんだ。
 一緒に街に出るようになってから、少しは気晴らしになっているのか、中ツ国の隆臣は以前ほど暗い表情をしなくなった。それは圭麻も気づいていて、いい傾向だと思っている。
 だが、隆臣が元気をなくした原因が、いまだに圭麻には分からなかった。
『高天原のことが気になってるなら、こんなにあっさりと話題には出さないだろうし。結局、原因は分からないままかな。…まあ、隆臣が元気になったら、結姫も喜ぶし、それでいいか』
 そんなふうに圭麻は考えていた。

★☆★☆★

 翌日の放課後は珍しく、隆臣から圭麻を誘った。
 隆臣が行きたがったのは、街中の小さな画廊だった。この日、画廊では星空の写真展が開かれていた。意外な趣味を見つけた気がして、圭麻は驚いた。
「星が好きですか?」
 圭麻の質問に、隆臣はニッコリ笑ってうなずいた。
「兄さんが天体望遠鏡を持ってるんだ。夏休みに家族で山へ遊びに行った時とか、兄さんと一緒に一晩中、星を見てるんだよ」
 写真の中の、闇に散りばめられた光の粒に、隆臣はじっと見入っていた。圭麻が星について教えて欲しいと頼むと、隆臣は写真の星を指差しては、星座名を上げていった。
 中央に、ぼんやりとした光の束が写っている写真のところに来た時、その束を指さして、隆臣は説明した。
「これは天の川。たくさんの星が集まって、宇宙を流れる大きな光の川のように見えるんだ」
 圭麻は闇の中にぼんやりと光る、無数の星たちをまじまじと眺めた。
「…そう言えば、颯太が日本神話にも天の川が登場するって言ってました。天の川は高天原を流れる川で、その河原で神様たちが集まるって、本に書いてあったとか」
「そうなんだ。…やっぱり高天原って遠いんだね」
 写真の宇宙と、窓の外の雲に覆われた空を見比べて、隆臣は小さく呟いた。遠い目をする隆臣を見て、圭麻はずっと気になっていたことをたずねた。
「高天原の記憶がないのって、やっぱり気になりますか?」
「うん。オレもみんなみたいに、勾玉が欲しかったな」
 素直にうなずきながらも、隆臣の赤紫色の瞳は、そのまま輝いている。
「でも、結姫たちの話を聞いていると、とっても楽しいんだ。それに最近、ふしぎな夢を見るし。覚えてないけど、いつもみんな一緒でとっても楽しい、そんな夢のような気がするんだよ」
 明るい隆臣の様子に、ホッとして圭麻は「そうですか」とうなずいた。そして再び、天の川の写真を見やった。
「雲が晴れたら、本物の天の川も見たいですね」
「じゃあ、オレ、兄さんに天体望遠鏡を借りるよ。みんなで学校の屋上に集まって、天体観測会をしようよ」
「面白そうですね! ぜひ、やりましょう!」
「うん。約束だよ」
 嬉しそうに笑う隆臣に無理をしている様子はない。仲間たちと違う自分を寂しくは思っても、そうしたコンプレックスを隆臣が心の中で、きちんと整理しているのを圭麻は感じた。

★☆★☆★

 その夜、高天原の飛空船の中で圭麻が目覚めると、まだ辺りは暗く、仲間たちは寝静まっていた。
 ひとつだけ、隆臣の布団がぬけがらになっている。天井の辺りで、誰かが身じろぎした時の、かすかな物音がした。圭麻は起き出して、屋根に登った。
 東のほうから白みかけている空に、まだ星が瞬いている。ブルースカイブルー号の屋根に登った隆臣は、ぼんやりと次第に消えていく星たちを眺めているようだった。
「おはようございます」
 声をかけると、「早いな」と隆臣は肩をすくめて答えた。
「星を見ていたんですか?」
「別に。目が覚めたから、風に当たってただけだ」
 ひょいと隆臣の隣に腰を降ろすと、圭麻は笑って言った。
「中ツ国の隆臣は、星を見るのが好きだと言ってましたよ。昨日はいろいろ星について教えてもらいました。今度、みんなで星を見ようと約束したんです」
 「関係ない」とつき放されるかと思ったが、隆臣はぼそりと答えた。
「空を見るのは好きだ。教えるような知識は、オレにはないけどな」
 そのまま2人は黙って、明けていく空を見守っていた。空は黒から濃い青、薄い青に変わって行き、曙光が東の空を赤紫色に染めた。
 やがて完全に夜が明けると、足元で仲間たちが起き出してくる気配がした。もぬけのからの布団を見つけたらしく、圭麻と隆臣の名前を呼ぶ声がする。
「降りましょうか?」
 圭麻の言葉にうなずくと、隆臣は夜明けと同じ色の瞳を細めて、小さく笑った。
「圭麻は好きなだけ放っておいてくれるからな。…隣にいられても楽だ」
 そして、隆臣はさっさと下に降りていった。続いて降りながら、圭麻はこっそり思った。
 今のセリフは、隆臣にしては精一杯のほめ言葉だったのではないかと。

★☆★☆★

 それから数日後の放課後、2人で駅前の商店街を歩いていた時、圭麻はふと空き地に目を止めた。
 通りに並んでいた店の中で、1軒が取り壊されて、空き地に変わっている。ロープで仕切られた土地には、コンビニの建設工事を予告する看板が立っていた。何気なく通り過ぎてから思わず立ち止まり、圭麻は考えこんだ。
「あれ? ここはなんの店でしたっけ?」
 振り返ると、少し悲しそうな顔をした隆臣と目が合った。
「確か、駄菓子屋さんだよ。お婆さんが1人いた」
「そういえば子供好きの優しいお婆さんでしたよね。…いつのまにかお婆さんがいなくなって、ずっとシャッターが降りていたんでしたっけ」
 低学年の頃には、遠足前などにおこづかいを握り締めて、この商店街までお菓子を選びに来たことを圭麻は思い出した。
 そう思って見回してみると、この小さな商店街も、少しずつ様変わりをしていることに圭麻は気づいた。同じ通りのおもちゃ屋は携帯のモバイラーズショップになっているし、映画館は駐車場に変わっている。
 いろいろな思い出もあったのに、なくなってしまえば、そんな店があったことすら、いつの間にか忘れていたのだった。
 コンビニの建設予定の看板を見ながら、隆臣は寂しげに呟いた。
「気づかないうちに、いろんな店が建って、また消えて…。そんなふうに、どんなものでも消えてしまえば、そのまま忘れられてしまうものなのかな…?」
 その言葉にひっかかるものを感じ、ハッとして圭麻はたずねた。
「もしかして、ずっと元気なかったのは、転校した後で、みんなに忘れられるのが心配だったせいですか…?」
 圭麻は辛抱強く、隆臣の次の言葉を待った。やがて、そっと打ち明けるように、隆臣は語った。
「…うん。オレが転校してしまえば、クラスのオレの席も、オレが住んでた家もなくなってしまうから。…この街にオレがいた“あかし”みたいなものが少しずつ消えてしまって、友達もみんな、オレを思い出さなくなって、…いつか忘れられてしまうのかなって。そんなことを考えてた」
「忘れませんよ。オレたちが隆臣のことを忘れるわけないじゃないですか」
 高天原で結びついた仲間を、もっと信用して欲しいと訴える圭麻に、隆臣は小さく首を横に振った。
「ありがとう。…でも、ずっと同じ気持ちではいられないだろう? …結姫だって、きっと」
 人はどんな出来事でも、『過去の記憶』としていつかは処理してしまう。そうでなければ長い年月を生きてはいけない。隆臣が恐れているのは、みんなにというより、たった1人の少女に忘れられることなのだと、圭麻は悟った。
 離れてしまえば、結姫が隆臣へ今、向けている『想い』も、いつか『思い出』に変わってしまうのだろうか? それはどうしようもないことなのだろうか。
 うつむく隆臣の体が小さく見える。いつも穏やかで優しい隆臣が、ひどく頼りなげに圭麻の目には映った。そしてその姿は、なぜか高天原の隆臣と自然に重なった。
 孤独ゆえに、乱暴な態度で優しい心を隠す、高天原の隆臣。そして優しさゆえに、穏やかな態度の内に孤独を隠し持つ、中ツ国の隆臣。同じ魂を持つ2人の隆臣は、どちらも自分の孤独を理解し、癒してくれる、たった1人の少女、結姫を想っている。
 中ツ国でも高天原でも、隆臣は同じ魂と想いを持つ1人の人物なのだと、圭麻は改めて理解した。
 圭麻は隆臣に向かって、片手をさしだした。
「話してくれてありがとう、隆臣。…まだ、あきらめるには早いですよ。明日、結姫やみんなにきちんと話しましょう。そして、みんなで一緒に考えましょう。隆臣のこと、高天原のことを、ただの思い出にしない方法を。みんなで考えれば、きっといい方法が見つかります」
 圭麻の手を取った隆臣は、ふわりと微笑んだ。その顔に浮かんでいるのは、抱えていた辛さを理解してもらえた、安堵と喜びの表情だった。
「ありがとう、圭麻。……ごめんな」
 隆臣を元気づけられる物はないかと考えた後、圭麻はポケットを探り、布につつんだ物をさしだした。
「そうだ。…これ、あげます。引っ越し祝いに」
 隆臣は少しためらった後、お礼を言って布を開いた。
 それは指先くらいの大きさの、乳白色の二枚貝だった。隆臣の手の中で、貝殻は虹色にきらめき、見る角度によって色を変えた。隆臣はその輝きに見入り、ため息をもらした。
「キレイだね」
「シェルオパール。宝石化した貝の化石ですよ。何万年も地層にとじこめられてる間に成分が入れ替わって、貝がオパールになるんです」
「宝石っ!?」
 驚いた拍子に取り落としそうになり、隆臣は慌ててシェルオパールを握り締めた。そのまま圭麻に返そうとする。
「そんな高価な物はもらえないよ。圭麻の宝物なんだろう?」
「気にしないでください。小学生のオレが、高価な宝石を持ってるわけないでしょう?」
 そう圭麻は笑い、断固として受け取らなかった。そして考え考え、告げた。
「隆臣の言葉を借りれば、化石は古い時代に、そこにいた“あかし”そのものだと、オレは思います。条件さえ満たせば、雨や波の跡も何万年も残るし、琥珀やシェルオパールのように化石が宝石に変わることもあります。…記憶だって、きっと方法さえ見つければ、輝く姿で永久に残せるんじゃないでしょうか」
「消えるだけじゃなくて、形を変えて残ることもある…?」
 それは問いかけでなく、確認の口調だった。圭麻は確信を持って、強くうなずいた。
「あきらめなければ、きっとできます。結姫だったら、そう言うと思いませんか?」
 そしてつけ加えた。
「結姫なら、記憶を輝く宝石に変えることもできますよ。彼女はオレたちの希望の象徴なんですから」
「うん。…そうだね」
 うなづく隆臣の瞳には、夜明けの空そのものの、希望に満ちた輝きが蘇っていた。

★☆★☆★

 翌朝、登校するとすぐ、圭麻は慌てた様子の那智と颯太に出会った。圭麻を見つけると、2人は同時に怒鳴った。
「圭麻! 大変だよ! 隆臣が転校しちまった! 今日が転校日だったんだ!」
「この学校は昨日までだったんだ!」
 そのまま2人は、結姫にこの話を伝えるべく、走って行ってしまった。
「今日って…まさか」
 圭麻は驚きで立ちすくんだ。昨日の隆臣との会話が脳裏に蘇る。
『明日、結姫やみんなにきちんと話しましょう。そして、みんなで一緒に考えましょう。隆臣のこと、高天原のことを、ただの思い出にしない方法を』
『ありがとう、圭麻。……ごめんな』
 握手した時の、隆臣の手の温もりを思い出しながら、圭麻は唇を噛み締めた。
「…“明日”はもう学校に来ないって、隆臣は分かってたんだ…」
 一緒にいろんな物を見て、笑ったり、話したり。少しずつ元気を取り戻していく隆臣を見ていると楽しかった。それは隆臣も一緒だと信じていたのに、裏切られた気分だった。
 みじめな思いのまま、圭麻はのろのろと下駄箱を開けた。すると、紙を丸めて筒状にした物が、上履きの上に置かれているのが目に入った。
「…なんだろう?」
 手に取って、紙を広げてみる。それは1枚の天体写真だった。闇の中にきらめく星たち、そして天の川。即座に圭麻は、誰が置いていったのかを理解した。
 引っ越し祝いのお礼のつもりなのか、それとも守れない約束をしたお詫びのつもりなのか。圭麻には判断がつかなかった。高天原の隆臣に聞いたら、彼はなんと答えるだろう。それを期待して、圭麻はその夜、眠りについた。
 だが、高天原で目覚めた圭麻に知らされたのは、隆臣が仲間たちから離れ、神王宮へ先に向かったことだった。
 …そして、高天原の隆臣は、そのまま帰らぬ人となった。中ツ国の隆臣の行方も分からないままになってしまった。

★☆★☆★

 高天原での出来事が全て終わった後も、中ツ国の圭麻にはひとつの習慣ができた。
 夜明けに夢から覚めると、部屋の窓から白みかけた空と、またたく星をぼんやりと眺める。そして、中ツ国のどこかにいる隆臣のことを考える。
 中ツ国で天の川の写真を見ていた隆臣と、高天原で白みかけた空を眺めていた隆臣、それはどちらも同じ心で見つめていたはずだと、そのたびに感じる。そして、あの時の言葉を、もう1度、心の中で繰り返す。
『忘れませんよ。オレたちが隆臣のことを忘れるわけないじゃないですか』
 いつか中ツ国でまた会えたら、その時は、みんなで天の川を眺めよう。かつて仲間たちが集った高天原を、中ツ国から見つめよう。思い出をいっぱい語りながら。その時は、隆臣も夜明け色の瞳で、明るく笑うに違いない。そう圭麻は一途に願う。
 夜明けの空を見つめる圭麻の瞳の奥で、消えゆく星がにじんでぼやけ、オパールのようにきらめいた。



おわり



 神無月様から頂きました、圭麻と隆臣の小説です。
 二人が仲良くしていれば幸せ、という言葉を元に書いてくださったようです、有難う御座います。
 少し切なくもあたたかいお話でした。
 圭麻と隆臣は、なんだかんだで仲が良いと嬉しいです。



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