古泉一樹の災難



 さて、どうしたものか…と現在の状況を思い返す。
 俺の部屋で、何故か古泉と二人きり。
 ネクタイを緩め、第三ボタンまで外して古泉の様子を伺う。ああ、固まっているなあと、ぼんやりと思う。
 いつものデフォルト笑顔も今はなりを潜めて、完全に困惑している。まあ、俺も実際はそうなんだけどな。ただ、古泉があんまり困っているから逆に冷静になるってだけだ。
「どうしたんだよ?そんな風に固まってたら何も進まないぞ」
「ええと…本気、ですか?」
 どうやらまだ気持ちが定まらないらしい。暫くは待っていてやるかと一旦ベッドに寝転び、古泉の様子をそれでも眺めていると、やっぱりそわそわと視線を逸らしている。
 ある意味で貴重な光景だろう。
 この場合仕方が無いのかも知れないが。というか、むしろ俺が落ち着いていることの方が問題なのかも知れないな。
 などと考えつつ、十分も経過すると、流石に焦れてくる。
「ああもう、そうやって突っ立ってたってどうにもならんだろ。自分でどうにか出来ないなら俺がやってやる」
 そう言って古泉の腕を引っ張ってやると、あっさりと俺の上に落ちてきた。流石に直撃する前に自分の体を支えたようだが。古泉の全体重が俺の体に掛かるのは嫌だしな。
 そして古泉がバランスを崩して唖然としているところを、そのまま位置をひっくり返して押し倒す。 「ちょっと、待ってくださ…っ」
「お前がその気になるのを待ってたら、終わるものも終わらん」
「いや、ですが…」
 古泉の文句は聞かず、タイを解き、ボタンを外していく。そうすると、男にしては矢鱈に白い肌が露になる。何となく倒錯的な気分に陥りながらボタンを全部外し終えると、古泉が本当に困っています、と言うような顔で俺を見るもんだから、もっとからかってやりたくなった。
「此処でキスするのもありかな」
「え、いや、其処までする必要は…っ」
「黙ってろよ」
 身長は古泉の方が高いが、今は俺が上になっているから押さえつければこちらの方が有利だ。それに、古泉は俺に余り乱暴な事は出来ないのも計算済みだ。
 押さえつけたまま顔を近づけると、ぎゅっと目を瞑る。おい、まさかファーストキスまだだったりしないよな?何だこの初々しい反応は。
 ああでも、その反応は結構可愛いな。からかうだけのつもりだったが、いっそ本当にしてやろうか。
 そう思って更に顔を近づけると、勢い良くドアが開かれた。
「ちょっとキョン!其処までしろなんて言ってないでしょ!!」
「ちっ」
 良いところで邪魔が入った。
「お前、リビングで待ってるとか言ってなかったか?何で覗いてんだよ」
「そりゃあ、もちろんアンタが古泉くんに変な事しないか見張るためよ」
「この構図を作ったお前の言う台詞じゃねえな」
 今も現在進行形で俺は古泉を押し倒している訳だが。何の事はない、これも全部ハルヒの要望故の事だ。
 何だか知らんがネットを徘徊していたハルヒが、男同士の同性愛モノに興味を持ち、身近でやってみたらどうかと俺と古泉を指定して、「実際脱いで絡んでみて!」とか言い出すもんだから、古泉は妙に意識するわ、朝比奈さんは卒倒するわ、長門は長門で何故か興味深そうに俺と古泉を交互に見つめるわで大変だったのだ。
 それも朝比奈さんや長門の目の前でやれと言うのだから溜まったものでなく、結局俺が抗議して、結果俺の部屋で、ハルヒが何処かから持ち出してきたビデオカメラを部屋にセットし、それで撮影する事になった。
 まあ、ようするにそういう訳である。
「だから、別に其処までしろなんて言ってないでしょ。ちょっと脱いで押し倒したら良いだけなんだから」
 それを「だけ」というお前の神経が信じられんがな。まあ、俺も古泉にキスしようとしていた時点で人の事は言えんが。
 そして相変わらず俺の下で固まっている古泉は、ハルヒの目の前に晒された事で余計に混乱の局地に達しているらしい。案外初心なんだな。やたら顔は近づけてくるわでそれっぽい仕草をしてくるくせに、中身はノーマルな上に純情か。
「実際脱いで押し倒しただろうが。で、どうなんだよ、結局」
「え?そうねー、今度の映画の内容は女性向けでそういう方面も行こうかと思ったけど、止めとくわ。アンタと絡ませたら、本当に古泉くんの貞操が心配になってくるし」
 失敬な。
 俺だって男に興味はない。
「さっきキスしようとしてた人間が言う台詞じゃないでしょ。ところで早く古泉くんの上から退きなさいよ。固まって動かないわよ、さっきから」
 そりゃお前が出てきたからだ。
 まあ、確かに押し倒したままではどうしようもないから体を起こして古泉を解放する。
「おい、古泉?大丈夫か?」
「は、はい」
 ぺちっと頬を叩くと、漸く意識が覚醒したのか、返事が返ってきた。
 どうやら、男に押し倒されたという事実が、古泉には相当ショックだったらしい。いやまあ、俺が逆の立場でもダメージ大なのは間違いないが。
「あれはただの冗談だ。だから気にするなよ?」
「はい、解かっています」
 其処で漸くいつものにやけ面が戻ってきた。
 それにしても。
 前回の映画撮影でも脱いでたくせに、何で今更俺の前で脱ぐのを躊躇うのか疑問だ。夏には水着姿も満たし、冬休みは一緒に風呂にまで入ったというのに。
 やっぱりそうと言われると意識するものなのだろうか。
 まあ、意外な古泉の表情が見れた分、役得だったのかも知れない。


Fin





小説 B-side   涼宮ハルヒ B-side