世界の消失の果てで



 ジョンという一人の少年が齎した情報は、僕や涼宮さんにとって大きな変化を齎すものになったのは間違いない。
 兎に角、宇宙人、未来人、超能力者の存在を切に願う涼宮さんの事だから、こういう展開になるのだろうな、とは思っていた。まあ、流石にこの寒くてどうしようもない時期に体操服に、しかも赤の他人の、使用済みのものに着替えさせられるとは思わなかったけれど。
 文芸部と書かれた部屋に、涼宮さんが乗り込み、引っ張ってこられた朝比奈みくるという二年生はおろおろと辺りを見回している。
 まあ、行き成り涼宮さんに引っ張ってこられたら、当然かも知れない。
 元々文芸部の部室にいた女生徒は、長門有希というらしい。パソコンの画面を睨みつけるようにしているジョン氏と何やら会話している。
 彼の言っていることは、荒唐無稽と言えばそれまでだが、実のところ、少し納得しても居た。涼宮さんに初めて会った時に、強い既視感を覚えたのは、そのためだったのかと。そして、矢張り僕は、涼宮さんのために生きているのだと。
 それを何の疑問も無く受け入れた時点で、僕は彼の言葉を認めたことになるのだろう。
 その事を素直に彼に教えるつもりはないけれど。
 涼宮さんを笑顔にする事が出来るのが、僕で無い事は、少しだけ悔しいから。でも、正直彼女を笑わせてくれるのなら、誰でも良い。彼女が幸せになるのに僕が邪魔ならば、居なくなったって構わないと、本気でそう思っている。
 そして、そのジョン氏が来た世界の彼女が、常に笑っているというのなら、恐らくはそちらが正しい世界なのだろう。
 彼の話を認めた時点で、僕の中でパラレルワールドに迷い込んだか、この世界が間違っているか、二つの可能性のうち、この世界自体が間違っているという答えの方が正しいと理解した。いや、間違っているという言い方は自己を否定するようであまり良くない。
 ただ、少なくとも彼が元居た世界が基盤になって今の世界が出来ている事は事実なのだろうし、そして恐らく彼は、元の世界に戻そうとするだろう。
 そして、今彼の目の前のパソコンに、その方法が映し出されているのではないのだろうか。だって彼はきっと、そのために涼宮さんと僕を捕まえ、荒唐無稽とも言えるような話をしてまで、この北高にまでやってきたのだから。
 もし彼がこの世界を元に戻す決断をしたのなら、僕達はどうなるだろう。
 ちらり、と涼宮さんに視線を向ける。ジョン氏を見ながら何をしてるんだと顔を顰める彼女を見て思う。彼女もまた『間違った』涼宮さんなのだろうか。
 そんな事はどうでも良い。
 例えそれが間違っていたのだとしても、僕にとっては彼女が涼宮さんで、それ以外の誰でもないのだから。僕がこの世で、一番愛しいと想う人である事は事実なのだから。
 恐らく、彼の決断次第で、この世界はあっさりと消えてしまう類のものなのだろう。ひょっとしたら、今まで僕が経験してきたものは全て、この世界を変えてしまった誰かが作ったものなのかも知れない。けれど、それでも僕が僕として生きていることには変わりは無いのだ。
 僕はそっと、涼宮さんの手を握った。
 彼には気づかれないように。
 涼宮さんは一瞬驚いたような表情で僕を見て、それから笑った。僕も笑い返す。
 僕はずっと、あなたのその顔が見たかった。
 例え、もうすぐこの世界が消えてしまうのだとしても、彼が彼女にこの笑顔をくれたのなら、それで良いのかも知れない。
 彼が、パソコンのキーボードを押した。
 この位置からどれを押したのかは解からないが、瞬間、ぐらりと世界が揺れた気がした。
 消える。
 そう思い、強く涼宮さんの手を握る。
 涼宮さんも、僕の手を握り返した。
 周りのものが崩れて、歪んでいく。薄暗い空間に突然、放り出されたような感覚を覚える。強い眩暈がするような感覚に思わず目を閉じると、今度は涼宮さんが僕の手を強く握り締めた。
 例えこの世界が消えても、その最後の時まで、僕は彼女の手を離すつもりはない。そして、恐らく彼女もそうなのだろう。
 きっと、どんな世界に変わろうとも、僕達は離れたりしないから。
 繋がっている。
 僕はそれを、強く実感していた。
 ゆっくりを目を見開く。
 目の前に涼宮さんの顔があって、笑みを形作る。
 周囲を見ても、他には何も無く、真っ暗だ。それでも良い。彼女が此処にいるのなら、それだけで僕には充分だ。
 涼宮さんの手が強く僕を引き寄せ、抱きついてくる。僕もそれを受け止めた。
 元々、人に触れられるのは余り好きではないのだけれど、涼宮さんは特別だった。強く抱き締めながら、融けていくような感覚を覚える。
 ああ、このまま一つになれれば良いのに。
 僕の思考も融けていく。
 それでも良い、それでも構わない。
 最後の瞬間も、彼女が側にいるのなら、それで構わない。
 次に世界が揺れた瞬間、僕から全ての思考が消え去った。ただ、彼女の強い存在を感じながら。








 何だか一瞬、夢を見ていたようだった。
 どこか切なくて、それでも楽しい夢だったような気がする。
 目の前のベッドには彼が寝ていて。その向こう側には彼女が寝ている。
 不思議だ。
 もう少しすれば、彼が目を覚ますような気がする。
 僕は林檎を手に取り、切り始めた。


Fin





小説 R-side   涼宮ハルヒ R-side