告白


銀の夜 SS:みかた秋音様 イラスト:すばる様



初めて足を踏み入れた相馬のマンション。
それなのに、あの頃と変わらない景色が窓の外に広がっていた。
くすり、と微笑った瀬那をまるで咎めるように、背後から相馬が瀬那の肩に腕を回してくる。
「…何を笑ってるんだ?」
「いえ、相変わらず高いところが好きなんですね、と…。」
あの一緒に暮らしていた頃とはまったく別の場所であるにもかかわらず、あの頃と同じ雰囲気を感じるのは、やはり住人の個性が滲み出るものだからだろうか。 あの後、縁を切れと言った相馬とはまったく連絡が取れなくなり、また、一緒に暮らしていた家も直後に処分されていた。
けれどこの空間は、共に過ごしたあの場所と同じ空気を感じる。 そう思って出た感想があれでは、真意は伝わらないだろうと思うが。
「好きっつーか、その方が色々と都合がいいからな」
少しだけ憮然とした表情で、相馬は答えてくれる。
まぁ、相馬の言葉の意味もわからないこともない。
再会後に聞いた話では一緒にいた当時ほどの身の危険はなくなったようではあるけれど、それでもまったくないわけではないようだし、それならば忍び込む方法が絞り込めるような場所の方がいいとでも言うのだろう。
――――― もっとも建物自体が壊されてしまえば手のうちようもないとも思うのだが。
現在と過去。――――― 十年という月日は長かったのか短かったのか。
とてもよく似た、けれど確かに違うこの場所。そして…。

ひょい、と目の前に差し出される小さな箱。
「なんですか?」
と、訝しげに相馬を振り返る瀬那に
「…今日が何の日かなんて、おまえがわかっているはずもないか」
まぁ、そんなもんだろと苦笑されるが、その意味がわからない。
とりあえず箱を受け取り訊いてみる。
「開けてもいいですか?」
「好きにしろ」
そう答えられて包みをほどくと、そこに納まっていたのはチョコレート、だった。
「…あ、バレンタイン?」
ふっとシニカルに笑んだ相馬のその表情は、照れ隠しなのかもしれない。
こんな小さなものがとても嬉しくて、だからこそ、申し訳ない気分になって。
「すみません」
「あ?なんだ?」
「何も用意してなくて」
と謝る自分に、相馬は
「そんなもんだろ」
と繰り返し、
「想定の範囲内だ」
と笑う。一緒にいた頃には見ることのなかった表情を何度も見せられて、少しだけ面食らう。
「食えなくはないだろ?」
と、相馬は箱の中からチョコレートをひとつぶつまむと、瀬那の口元へと差し出した。

好きかとは訊ねずに食べられるだろうと訊いてくる。
瀬那が食べるという行為にさほど興味がないことなどお見通しだったわけだ。

好きも嫌いもなく、必要最低限の栄養がとれればいい、そんな態度が透けて見えていたのかもしれない。
見抜かれていたことには苦笑するしかないが、一緒に暮らしていたのだから当然と言えば当然のことではあるだろう。
「ありがとうございます」
と言いながら瀬那は口を開く。
忍び込んでくるチョコレートと相馬の、指。
相馬は瀬那の口にチョコを引き渡すと、指先で瀬那のくちびるを撫でる。
洋酒の効いたチョコレートは甘さの中にほろ苦さを含ませていて。
まるで誰かのようだと自然に笑みが浮かぶ。
「なんだ?」
「いいえ。何も」
そう言った瀬那に、もうひとつぶチョコが口元へと運ばれる。
そしてその指は意地の悪い意思を持って瀬那の口腔をまさぐる。応えるように瀬那の舌先が相馬の指に絡みつく。
「…んっ」
思わずこぼれた吐息は思う以上の艶を含んでいて。
これだけじゃ物足りないと、瀬那は相馬の眼を見つめる。
すっと指が引き抜かれ、相馬はそのまま瀬那にくちづけた。
執拗なほど長いくちづけ。
ようやっと解放されると相馬がぽつりと言った。
「…甘いな」
そのままソファへと押し倒されて、思わず
「ここでですか?」
と訊いた瀬那に
「ベッドまで辿り着けるのか?まぁ、抱きかかえて行ってやってもいいが」
たったこれだけのことなのに体にうまく力が入らない。
確かにこれでは自分でベッドまで辿り着くのは難しいかもしれない。 そんな自分が情けなくもあるし、けれど幾分彼の方ががっしりしているとはいえ、体格に大差のない相馬に抱きかかえられる自分の姿というのも情けない。
少しだけためらった後、軽く拗ねた表情で
「…いいです。ここで」
と言った瀬那に、見たことのないほどやわらかな相馬の笑みが返ってきた。
「…十年、経ったんだな」
こぼれた相馬のつぶやきに、瀬那は視線だけで問いかける。
「昔のおまえなら表情も変えずに、『おまかせします』とでも言うくらいだろうからな」
そうかもしれない。あの頃の自分にとって相馬の言うことは絶対だった。それに従うのが当然だと思っていたし…楽だった。
確かにあの頃と違う自分がここにいる。けれどまた、それは自分だけではない。
「それを言うのならあなたもでしょう?」
こんな風にやわらかな表情をする相馬を瀬那は知らない。
「ん?ああ。俺も青かったからな」
「青いって…」
「見せらんねぇだろ。色々と」
若かったからな、と苦笑する相馬はそれ以上のことを言うつもりはないようだったけれど。
そう口にできること自体が時間が経ったからこそなのだろう。
周りに向けて鋭さを放っていた気はなりを潜め、凄みは増しているけれど不必要な気は発していない。それは十年という時間が彼にもたらした深みとでもいうのだろうか。
いま、もう一度向き合って。
あの別れは必要なことだったのだと実感する。
もしもあの頃、ふたりの想いが重なっていたのだとしても、あのままのふたりの先には破綻しか見えなかった。
けれど。いまならば。きっと。
「あなたが好きです」
想いを込めて、再会して告げた言葉をもう一度繰り返した。
「…俺も愛している」
それは過去から現在において、瀬那が初めて聞いた相馬の告白、だった。


−Fin−


 ほぼ日参しているサイト、銀の夜様の一万ヒット記念フリーSSです。

 ラブラブで両思いな相馬×瀬那に感激しきりです。
 何よりも、大好きな方のイラストと、大好きな方のSSがセットでいただけるなんてどんな奇跡でしょうかと言いたくなります。
 一万ヒットを見事踏んだ自分を褒めてやりたいです。
 有難う御座いました。これからも頑張ってください。



小説 B-side   頂き物 B-side