一番欲しいもの



 ぐっと奥深くまで貫くと、掴んでいた腰が震えて、きゅっと中が締め付けられる。
 眼前にさらされる綺麗な背中が弓なりに反って、シーツを指が白くなるほど掴んで、枕に顔を埋めて。
「ふっ……く…」
 押し殺したような声で、喘ぐ。
 そんな様子を見ると、もっともっと、あられもなく啼けば良いと、そう思う。
 堪える顔も、好きではあるけれど。
 何も考えられなくなる程、滅茶苦茶になって啼いている時の顔は、もっと好きだ。
 もう一度引き抜いて、突き入れる。
 ゆっくり、ゆっくり、けれど何度も繰り返して。
「…は……う、あ……あっ」
 そうして着実に上がっていく体温を感じて。
 締め付けられる快感に陶酔しながら、どんどんと乱れていく様を、具に見下ろす。
 そろそろ、か。
 サイドボードの上に置いてあるデジタル時計に目をやる。
 見てみれば、丁度夜中の零時を過ぎたところだ。
 その間、俺の動きが止まったのを不審に感じたのか、訝しげな眼差しで振り返ってくる。
「なん、だ…?」
 何か気になることでもあるのか、考え事をしているのかと、その短い言葉と視線で問いかけてくる。が、それに答えるつもりはなく、にっと口の端に笑みを浮かべて。
「別に」
 一言そう告げて、逃げられないようにしっかりと肩と腰を掴んで、ギリギリまで引き抜いて、奥まで貫く。先程までとは、正反対の激しい動きで。
「ぅあ、あっ……く、ぅ―――っ!」
 何度も、何度も乱暴なまでに突き入れて、中を掻き回す。
 ギシギシとベッドが軋み、ローションと俺の先走りで濡れた水音が響く。
 逃げようとする腰を、引き戻して、更に深くまで突いて、掻き回して、肩を掴んでいた手を前に回して握りこむ。
「あ……あ、や、あ……ああっ!」
「すげ、締めてくるな、相変わらず」
 前を扱く度にきつく締め付けられて、気持ちが良い。
 それに合わせるように突き入れながら、徐々に余裕をなくしていく相手を見て、笑みが浮かぶ。
「ほんと、やらしいよな、あんた、俺に突かれて、気持ち良さそうに喘いでさ」
「ち、が……っ、ああ…く、あ――ッ!」
「違わないだろ」
 一番感じるところを狙って突けば、反論も喘ぎに変わる。
 汗の滲んだ背中に浮き上がる肩甲骨。
 綺麗なその背中を見て、背骨をなぞるように舌を這わせて。
「は、う……っ、あ…」
 ふるりと震える背中を見て、空腹にも似た気持ちを感じて。
 奥まで突き込むのと同時に、前を根元から扱いて、綺麗な形の肩甲骨に、噛み付いた。
「くっ、い…ッ、あ、ぁああっ!」
 ガリッと音を立てて、口の中に血の味が広がり、ぎゅっと締め付けられて中に迸りを放った。
 射精の愉悦に目をくらませながら、その背中をしっかりと抱き締めて、目を閉じた。


 朝の光が瞼越しでもきつく届いて、目が覚める。
 そういえば、寝る時にカーテンを閉めていなかったか、と思い出して欠伸をする。
「起きたのなら、いい加減その手を離してくれ」
 起き抜けに、不機嫌そうな声にそう言われて見てみれば、眠る時そうしたように、しっかりと腕を腰に回して背中から抱き締めていた。
 言われて腕を放せば、半ば振り払うようにして体を起こす。その背中を見ればくっきりと昨夜の噛み痕がついている。
「全く、その噛み癖を何とかしろと、いつも言ってるだろう」
 眉を顰めて、これみよがしに溜息を吐いてそう言う。
 そんな事を言う背中を、もう一度引き寄せて、昨夜つけた噛み痕に舌を這わせる。
「ッ!」
「あんただって、噛まれた方が気持ち良さそうにしてるじゃないですか」
「誰がだっ、大体君は……うっ」
 ねっとりと、傷跡に添うように舌で舐めてやれば、体を震わせ、声を詰まらせる。
 こうして、感じているのにそんなことは無い、なんて言ったって全然説得力が無い。
 すでに傷口は乾いて瘡蓋が出来ているところにまた歯を立てる。
「っ、止めろと言っているだろう!」
 そこで思い切り手を振り払われて、流石にこれ以上は手を出さない。
 下手に怒らせれば、本気で殴るぐらいのことはしてくるし。
「なこと言ったって…あんた見てると何か腹が減ってくるんですよね」
「……性欲と食欲を一緒にするな、馬鹿か君は」
「酷いな、もう少し俺に優しくしてくれても良いんじゃないですか?」
「君は、少しでも甘い顔をするとすぐに付け上がるだろう」
「甘い顔された覚えも殆ど無いですけどね」
 最初から厳しいというか、睨まれるか怒られてる事の方が多い気がする。
 まあ、俺も大概怒られることばかりしているからなんだろうけど。でも、何だかんだ言って、許してくれている辺り、ある意味甘いのかも知れない。
「そういえば、先週も泊まって行っただろう、ご両親には何と言ってきてるんだ?本当の事を言って来ている訳じゃないだろう」
「ああ…加地の家に泊まってるってことにしてもらってますよ。加地も口裏合わせてくれるって言ってたし」
「加地君…か」
「別に詳しいことは何も聞いてこなかったけど……多分、気づいてんだろうなあ。まあ、言いふらしたりはしないから別にいいでしょ」
 あるとすれば、俺が多少からかわれる程度の筈だ。
 別に問題は無いだろう。
 知られて困るのはお互い様だから、俺だって気をつけてる。
「だからといって、突然来られても困るんだがな」
「だって、あんた携帯ナンバー教えてくれないじゃないですか」
「生徒には教えない」
「だったら直接会いに来るしかないでしょう」
 まあ、多分教えてもらったとしても、殆ど出てくれなさそうだな、とは思う。
 そうなれば、結局同じことの繰り返しだ。
 俺がそう言えば、サイドボードの引き出しから、何か取り出して俺に渡してくる。カードの形をしているが…。
「何?」
「この部屋の鍵だ。毎回エントランスで待ち伏せされても困るのでね」
「………あんた、俺の誕生日知ってましたっけ?」
 今日の日付と、この鍵を見て、ひょっとして誕生日プレゼントだろうかと思う。勿論偶然って事もあるだろうし、本当に誕生日プレゼントのつもりでも、素直に認めるかは怪しかったが。
 けれど、割と素直に、認められた。
「…転科の手続きの書類に、書いてあったからな」
 ふいと顔を逸らされて視線は合わない。多分、照れているんだろう。
 耳の辺りが僅かに赤くなっているのが見て取れる。
 この人が、俺の誕生日に何かしてくれるとは、本当に思ってなかった。まあ、くれなかったらくれなかったで、勝手に何かしら徴収するつもりでは居たが。
 不意打ちだ。
 引き寄せて、抱き締める。
「おいっ!」
 今度は前から。
 鎖骨の辺りに、一昨日付けた歯型が残っていて、其処にもう一度歯を立てる。
「いっ!」
 ぐぅっと腹の辺りが鳴った。
 食欲と性欲を一緒にするなと言われたが、しょうがない。
 だって、結局どっちも感じるんだから。
 滲んだ血を舐めとって、内股に手を這わせる。
「や、めろと、言ってるだろう!」
「断る。煽ったあんたが悪い」
「誰がだ!君は夏休みかも知れないが、こっちは仕事もあるんだ、いい加減に…っ」
「どっちにしろ、今日は休みだって言ってただろ。それに…」
 内股から、更に奥へと手を這わせると、昨日俺が中に出したものが、溢れてきた。
 そこをなぞるように触れれば、ひくりと誘うように蠢く。
「こっちはその気みたいだけど?」
「ば…っ、か、やめっ…」
 つぷ、と指を押し入れれば、熱い粘膜がぎゅっと締め付けてくる。中に入った精液を掻き回せば、ぎゅっと強い力で腕を掴まれる。
「や、あ……うっ」
「ほら、やっぱ欲しがってる。それにもう、我慢できないんで、諦めてくれよ」
 血の滲んだ噛み痕をぺろりと舐め取って、今度は前から、甘くてとろけそうな体を貪る。
 そして、鍵より何より欲して止まない誕生日プレゼントを。
 思う存分、堪能した。


Fin





小説 B-side   金色のコルダ