熱暴走



 カレンダーの日付を見て、一つ溜息をつく。
 金澤さんの誕生日まで、あと少し。
 だというのに、その日に何を贈ればいいのか、全く決まっていない。
 私の誕生日の時にヴィンテージのワインを贈るという話や、私が欲しい、なんてふざけたことも言っていたけれど、それも何処まで本気か解からない。
 解からないまま日は過ぎて、他に良いものも思い浮かばず、どうしたものかと考えてとうとうあと数日。
 いっそ当人に欲しい物を聞いた方が早いか、と考えて。
 音楽準備室のドアを叩く。
 中に入れば暇そうに窓の外を眺めていた金澤さんが、ちらりとこちらに視線を向ける。
「何だ、お前からこっちに来るのは珍しいなあ」
「そうですか?」
「そうだよ、俺に用があってもお前、校内放送で呼びつけるだろ」
 確かにそうかも知れない。
 此処に来るよりも放送室の方が理事長室に近いというのもあるし、それに何より、この場所は金澤さんのテリトリーという意識があって、どうにも近寄りがたい。
 私の勝手な思い込みではあるのだが。
「で、何か用か?」
「もうすぐ、金澤さんの誕生日でしょう」
「…ああ」
「何か欲しい物はありますか?」
「お前」
 すっと指でこちらを差されて、眉を顰める。
「私は、とうにあなたのものだと、あの時に言ったと思いますが…」
「うんだからな、俺の誕生日、お前が何でも俺の言うことをきくってこと」
「何でも…?」
「そう」
 随分と機嫌良さそうに笑って頷く金澤さんに、どう答えたものかと思う。
 しかし、他に良いものも思い浮かばない。
 何を言われるのかと不安を感じるものの、そう無茶なことも無いだろうとそう高を括った。
「…解かりました」
 頷くと、人の悪い笑みを浮かべているのが、矢張り気になる。
 気にはなるが、もうどうにでもなれ、という気分でもある。だって他には、本当に何も思い浮かばないのだから、それで金澤さんが喜んでくれるのなら、もうそれで良い。



 そして誕生日当日。
 昼間はお互いに仕事があるから、結局祝うのはその日の夜から。食事をして、買っておいたケーキを食べる。
 準備は全て私がして、むしろそれは当然だから言う事をきくも何も無い。
 問題は、ケーキを食べ終わった後、なのだろう。
 食事を終えた食器を片付けてリビングに戻ると、ソファに座った金澤さんに手招きされた。
 近づけばそのままソファに座るように促されて、言う通りに隣に座る。
「手、出して」
「手?」
 一体何だろうと首を傾げながら右手を出すと、違うという風に首を振る。
「両手」
「はあ…」
 言われて両手を金澤さんの前に出す。
 すると、赤いリボンをポケットから取り出して、両手を纏めてリボンで結ばれる。大してきつくもなく、端を引っ張れば簡単に解ける程度の強さで。
「俺が良いって言うまで、外すなよ」
「あの、これは一体…」
「誕生日プレゼントはお前だろ。プレゼントにはリボンをつけないとな」
 にやりと笑う金澤さんに、多分それだけでは無いのだろう、と思う。何か企んでいるのは解かるのだが、言うことをきくと約束してしまった以上何も出来ない。
 若干の不安を感じつつ金澤さんを見返すと、肩を掴まれてキスをされる。
「んっ…」
 最初はそっと触れるだけのものを繰り返して、肩を掴んでいた手が頬に添えられるとするりと舌が口内に入り込んでくる。
 そのまま舌を絡め取られて、深くなっていく口付けに思わず金澤さんのシャツを掴んだ。
「ふっ……んぅ、んんっ…ふ、ぁ…」
 快感を引きずり出すようなキスに、鈍く頭の芯が痺れる。
 どうにも、金澤さんのキスには弱い。いや、キスだけでなく、きっと何もかも、全て。
 頬に添えられているのとは別の手が素肌に触れてくる感触に、いつの間にかシャツのボタンを全部外されていた事に気づく。
 一瞬の冷たさにびくりと震えて、けれどすぐにそんなことも気にならなくなる。
 胸の先端にひっかかるように何度も指が往復した後、きゅっと強く摘まれて腰の辺りに熱がたまる。
「ん……は、ぁ……んんっ」
 次第にそれだけの刺激ではもどかしくなって、腰が揺れそうになるのを必死で堪えていると、胸を弄っていた手が下肢に伸ばされ、ズボン越しにぎゅっと掴まれる。
「あ、ぁあっ」
「もう硬くなってるな」
 キスが解かれ、くすりと笑う。
 その後唇が首筋から鎖骨へと移動して、手で尻を掴まれれば、自然と腰が浮き上がる。
「そのままでいろよ」
 そっと耳元に囁かれて、目を閉じる。その間に金澤さんの手が、下肢に纏っているものを全て取り払ってしまう。
 そして剥き出しになった下肢の前に屈み込んで、そのまま既に熱を持っているそれを口に含んだ。
「ま…っ、か、なざわ、さ……んんんっ」
 恥ずかしがる間も止める間もなく手でしっかりと足を開かれて、唇で扱かれて駆け上る快感に逆らうことが出来ない。
 それでも何とか唇を噛み締めて声を堪えれば、不満そうに顔を上げられた。
「声、出せよ」
 そう低い声で促されても、素直に頷く事は出来ない。けれど、更に続けられた言葉に、唇を解かざるを得なくなる。
「今日は何でも、俺の言う事きくんだろ?」
「……っ」
 そう、確かに、そう約束した。
 だから、逆らえない。
 再び金澤さんが前を咥え込んできて、手で根元を扱かれる。
「あ…っ、ぅあ…あ……」
 声を出せば、楽しげな顔ををして、先端を舌で執拗に嬲られる。じわりと先走りが溢れ出して、それもまた舐めとられて、更に溢れ出す。
「は、ぁ、ああ、あっ」
 ゆるりと腰が揺れる。
 気持ちよくて、もっと感じたくて。
 そんな私の様子に金澤さんはまた笑みを浮かべて、私の先走りに濡れた指をするりと後ろに滑り込ませてくる。
「あ、あ……ふ、ぁ、あ…や、そこ…っ」
 前を唇で扱かれて、後ろを指で擦られて、強い快感に目が眩む。
 今にも達きそうなのに、それでもわざと加減しているのだろう、あと一歩のところで達けない。後ろに突き入れられた指もいつの間にか三本に増やされて、前立腺の周囲をわざと擦り上げる。あと少し、位置がずれるだけでいいのに、決して直接刺激を与えてくれない。
 もどかしさに腰が揺れるのを止められない。
「あああっ、あ、も……かな、ざわ、さん…っ」
「何だ?」
 顔を上げて問いかけてくる金澤さんを見て、唇を開く。
 達きたい。
 でも、それ以上に。
「もう、いれて……ください」
 この人が欲しい。
 欲しくてたまらないから、早く。
 私の言葉に金澤さんは満足そうに笑ってするりと指を引き抜いて身を起こす。それが少し寂しい、と思ってしまうのだからどうしようもない。
 金澤さんはソファの上にしっかりと腰掛けて、私を引き寄せてくる。
「ほら、こっちだ」
 座っている金澤さんに背を向ける形で抱き寄せられて、思わず振り返る。
「金澤さん……後ろからは」
「俺の顔が見えないから嫌、か?」
 頷くが、それでも金澤さんは前を向かせてはくれない。
 ただ笑ってそのまま私に腰を下ろすように促す。
「大丈夫だって、ほら」
 腰を落とせば、指とは全く違う、太くて熱い塊に貫かれてぎゅっと目を閉じる。深く深く飲み込んで、息を吐く。
「は、あぁ…」
「目を開けて、前見ろよ、吉羅」
 耳元でそう囁かれて、ゆっくりを目を開ける。
 目の前には、大きくカーテンが開かれた窓がある。すっかり夜も更けた今では外の景色は見えず、逆に部屋の中の光景を映し出している。
 金澤さんの顔どころか、今の自分の姿も全て。金澤さんに貫かれて、足を開いている、どうしようもなく淫らで浅ましい自分の姿が。
「あ、や…っ」
 目を閉じて顔を逸らし、反射的に足を閉じようとする。
 けれどそれはすぐに金澤さんの手で阻まれる。
「ほら、ちゃんと見ろよ」
「…っ」
「何でもいう事きくんだろ?」
 言われて、再び目を開く。本当は見たくないのに、嫌だと思うのに、逆らえない。こんなのは嫌だと言って、約束は無かったことにして欲しいと、腕にかけられたリボンを外してしまえば良い。本気で嫌がれば、金澤さんだってこれ以上はしないだろう。
 それが解かっているのに、出来ない。
 約束以上に、耳元で囁く金澤さんの声に逆らえない。
「よく見えるだろ、俺を咥え込んでる此処も、はっきり、な」
 金澤さんの指が繋がっている場所をすっとなぞる。
 どうしようもなく恥ずかしくて、身体に力が入ったせいで、金澤さんを締め付ける結果になる。そんな自分の反応が尚更恥ずかしくて、どうして良いか解からない。
「すごい、顔真っ赤だな」
「恥ずかしい、からです…」
「でも、それだけじゃないだろ」
 笑いを含んだ声でそう囁いて、きゅっと指で胸の先端を摘まれる。
「あ…っ」
「中もほら、締まった。解かるだろ」
「っ…う、ぁ…」
「恥ずかしい方が感じる?」
「そんな、こと…っ」
 無い、と言いたいのに。
 確かにいつもより反応している自分の身体に、戸惑う。
 嫌だと思っても、恥ずかしくて堪らなくても、ほんの少し触れられるだけで、金澤さんを締め付けて求めてしまう。
「ほんと、凄いな……いつもよりずっと、気持ち良い」
「そんな、こと…っ」
「俺はこのままでも充分気持ち良いけど。お前は良いの?」
 耳朶をそっと噛まれて息を吹きかけられて、身体が震える。胸の先端を爪で引っかかれて、そんな微妙な刺激ばかりを繰り返される。
 先程も散々焦らされて昂ぶった体には物足りない。自分から動こうにも手を戒められて、足も掴まれている状態では上手く動くことも出来ない。
「な、吉羅」
「良く、な…っ」
「だったら、どうして欲しい?」
 楽しげに、本当に楽しげに笑って問いかけてくる金澤さんが少し恨めしい。
 そう思うけれど、それでももう、限界だった。
 早く、何とかして欲しい。
 恥ずかしいというのなら、今の姿だけでも充分に恥ずかしい。だからもう、形振りなど構っていられない。
「……いて」
「ん?なんだって?」
「動いて、突いて……滅茶苦茶にして、下さい」
「よく言えました」
 くすりと笑って金澤さんの唇がうなじに触れて。金澤さんの手が私の腰を掴んで、そして思い切り突き上げられる。
「あ、ぁああっ」
 突き上げられ、掻き回されて、それがどうしようもなく気持ち良い。がくがくと身体を揺らされ、声を抑えることなど考え付きもしない。
「んぁ、ああっ……もっと……ああ…っ、気持ち、いい…から、もっとっ」
「もっと…、ね」
 窓を見ている余裕も、恥ずかしがっている余裕も無い。
 ただ揺さぶられて、与えられる快楽に声を上げる。もっと、もっと欲しいと。金澤さんで、滅茶苦茶にして欲しいと。
「あ、ああ、ああっ、ん、ぁあっ…かな、ざわ、さ…っ」
「吉羅…っ、ほんと、お前、締め付けすぎ…」
「そ、んな、こと…っ、ああっ…しらな……」
 解からない、自分でもどうなっているのか、解からなくて。
 ただ感じるのは、肉と肉がぶつかり合う音と、中がぐちゃぐちゃと掻き回されることと、そして、中で暴れる金澤さんが酷く熱いということ。
 そして、背中に感じる金澤さんの吐息も、酷く、熱い。
「ほら…いくぞ」
「は、あ、ぁ、ああ…っ、ぁあああっ!」
 手できゅっと前を扱かれて、とうに限界を迎えていたそれはあっという間に達してしまう。それと同時にどくりと中で熱いものが放たれたのを感じて、またぞくりと快感が駆け上がる。
「ぁ…あ、あ…っ」
 どくどくと注がれるそれが、何よりも気持ち良い。
 体中から力が抜けて、自然と金澤さんに凭れ掛かると、そのまましっかりと抱き締めてくれる。
「なあ、吉羅」
「は…」
 息を整えている間に声を掛けられて、返事をしようとするが、上手く声にならない。
「これ、解いて欲しいか?」
 金澤さんが指したのは、腕を拘束しているリボンで。
 そう問われれば、一も二もなく頷く。
 あっさりとそれは解かれてソファの下へとひらひらと落ちていく。それを見送った後金澤さんの方に身体の向きを変えて、そのまま抱きついた。
 手が使えないのは思った以上にもどかしく、何より金澤さんに触れられないのが辛かった。
 ぎゅう、と力を込めて抱きついていると、そっと背中を撫でられる。
「……もう一回するか?」
「今度は、前からが良いです」
「ベッドでな」
 くすりと耳元で金澤さんが笑って。
 楽しそうなら、それで良いかとそう思う。
 今日は金澤さんの誕生日なのだから、金澤さんが楽しめれば、それで良い。
 こんなことで、金澤さんが喜んでくれるというのなら、それで。


 そう、思ったけれど。
 翌朝改めて冷静になって考えれば、矢張りどうしようもなく恥ずかしくなったのだが。



Fin





小説 B-side   金色のコルダ