甘い唇



 誕生日に吉羅さんに貰った合鍵を使って、部屋の中に入る。
 まだ、帰ってきてないみたいだ。勿論かなり早めに来てるから当然なんだけど。
 普通なら正月でまだまだ休みの人が多いのに、もう仕事をしてるなんて、凄いなあと思うけど。
 あんまり働きすぎて倒れたりしないのかな、って心配にもなる。
 吉羅さんにしてみれば余計なお世話、なんだろうけど。
 兎に角、吉羅さんが帰ってきたらすぐにお祝いできるように、準備しよう。今日は絶対帰って来るって約束したし。
 持ってきた箱は冷蔵庫に入れて、来る途中で買ってきた料理の材料をキッチンに置く。
「よし!」
 吉羅さんの家に泊まっても、いつも料理を作ってくれるのは吉羅さんの方で、それがすっごく美味しいんだけど、今日はおれが作ろうって、土浦に美味しい作り方のレシピとか教えてもらったし。
 練習もしたし。
 さあ、始めるぞ。



 それから二時間ほどした頃に吉羅さんが帰ってきた。
 丁度料理も出来たところで、準備は万端、タイミングはぴったりだ。
「お帰りなさい、吉羅さん!」
「…ただいま。やけに嬉しそうだな」
「へへへ、だって、何かこうやってお帰りなさいって言うと、一緒に暮らしてるみたいだなあって」
 勿論、そんな事出来ないんだけど。
 気分だけでも、何か嬉しい。吉羅さんにお帰りって言えるのが、嬉しい。
「まあ、確かに、私もそういう風に出迎えられるのは随分久しぶりだな」
 薄っすらと笑ってそう言ってくれる吉羅さんも、ちょっとでも嬉しいって思ってくれてたら良いな、なんて思うけど、本題はまだまだこれからだ。
「じゃ、こっちに来てよ、準備出来てるから」
「準備?」
 お祝いする、とは言ったけど、何をするとは言ってないから、吉羅さんは首を傾げる。だけどおれは何も言わずにそのまま吉羅さんの手を引いてリビングに向かう。
 ゆっくりとリビングに続くドアを開ければ、テーブルいっぱいに料理が並べてあるのが見える。
 吉羅さんも少し驚いたように目を見開いて、おれに聞いてくる。
「……全部、君が作ったのか?」
「うん。吉羅さんの誕生日、何を贈ろうかなって考えたんだけど、吉羅さんは欲しいものなんて自分で買っちゃうだろうし、だったら吉羅さんが美味しく食べれるものを作りたいなって。あ、練習はちゃんとしてきたから、不味くはないと思うんだけど…」
「十分美味しそうに出来てる、早速食べてもいいのかな?」
「うんっ」
 それぞれ席について、二人で料理を食べ始める。
 美味しいかな、どうかな。
 気になって、ついつい吉羅さんの方を伺ってしまう。
 吉羅さんが、おれの作ったポタージュスープを一口飲んで、それからおれがじっと見ているのに気づいて苦笑いを浮かべる。
「そんなに気になるか」
「う、うん。どう…美味しい?」
「ああ、十分美味しい」
 そう笑って言ってもらえて、凄く嬉しくなる。
 おれが料理を美味しいって言った時、吉羅さんも嬉しそうに笑ったけど、何かその気持ちが凄く解かった気がする。美味しいって言ってもらえるかなってドキドキしてたから、余計に。
「あまり見られていると食べづらいから、君も食べなさい」
「あ、うん。頂きます!」
 それから二人で、食べた。ほんの少し話をして、何だか吉羅さんも機嫌が良いみたいで、いつもよりよく笑ってた気がする。
「ご馳走様、美味しかった」
「うん、片付けてくるからちょっと待ってて」
「片付けくらいは、私も手伝おう」
「ううん、今日は吉羅さんの誕生日なんだから、座ってて」
 そうして吉羅さんを引き止めて、食べ終わった食器を一旦流しに片付けて。それから冷蔵庫に入れておいた箱を取り出してくる。
 それをテーブルに置けば、吉羅さんが興味をひかれたように聞いてくる。ほんとは、ちょっと中身に気づいてたのかも知れないけど。
「それは?」
「…これは、家で作ってきたやつ。普通のホールケーキは難しかったから、ロールケーキなんだけど…それも難しくて、ちょっと割れちゃってて、クリームで誤魔化してるんだけど…」
 ああ、何か言い訳ばっかになっちゃった。
「あ、でもちゃんと分量どおりに作ったから、不味くはないはずだし!吉羅さんも甘いもの、嫌いじゃないって言ってたし…っ」
「解かったから、落ち着きなさい。折角だから食べよう、切り分けてくれるか?」
「う、うん」
 箱から取り出して、包丁で切り分ける。
 クリームがついてるから、ぱっと見は綺麗に出来てるけど、切ってみると巻いた時に割れちゃったのが見えて格好悪い。
「はい」
 お皿に一つ乗せて、吉羅さんに渡す。
「じゃあ、頂こう」
 フォークを使って一口、吉羅さんが食べる。
 何か、普通に料理を食べて貰った時以上に緊張するんだけど。
 だって失敗してるし。でも練習して作った中では一番良く出来たんだけど。
「ああ、美味しいな」
「ほ、ほんと?」
「まあ、確かに形は多少不恰好だが、味は悪くない」
「ほんとにほんと?」
 気を使って言ってくれてるだけじゃないのかなって、そう思って何度も聞き返してしまうと、吉羅さんが呆れたような顔をして、おれの腕を引っ張った。
「んっ」
 吉羅さんの舌が、おれの口の中に入ってきて、甘い味も、口のなかに広がる。
「美味しいだろう?」
「……甘い、のは解かったけど、よく解かんない」
 突然だし、びっくりしたし。
「だから、もう一回」
 そう言って、今度はおれからキスをして。
 甘い、甘いクリームの味と、ケーキの味と。吉羅さんの味。
 全部を味わって、それから、まだ言ってなかった、って思い出して。
「誕生日、おめでとう、吉羅さん」
「ああ、有難う」
 そう言って笑った顔が、凄く綺麗で。
 ケーキの味ももう解からないけど、もう一度、キスをした。
 だって、吉羅さんのキスの味が、一番、甘いから。


Fin





小説 B-side   金色のコルダ