甘い冬



 手にはいっぱいお菓子の入った紙袋。
 去年も同じように貰ったなあ、大学生になっても、おれってこういうイメージなのかなって考えたらちょっと落ち込むけど。
 でもやっぱりお祝いしてもらえるのは嬉しい。
 それに、今日は吉羅さんとも会えるし。
 大学でプレゼントあげるって女の子に囲まれて、帰るのが遅くなったから、その足で吉羅さんのマンションに向かう。
 早く会いたいから。
 吉羅さんはやっぱり忙しくて、おれも大学で忙しくすることが多くなって、会える日っていうのは、あんまり無くて。
 だから余計に今日会えるのが嬉しい。
 吉羅さんのマンションに着いてインターホンを押すと、すぐに吉羅さんの声が聞こえて、中に入れてもらう。
 おれが部屋の中に入ると、吉羅さんがじっと紙袋に目を向ける。
「どうしたんだ、それは」
「えーと、大学で。誕生日のお祝いにって、みんながくれたんだけど」
「……誕生日?」
 ぴくんと、吉羅さんの眉が跳ね上がる。
 あれ、何か、怒った?
「今日?」
「あ、うん」
「………………はあ」
「あ、あの、吉羅さん?」
「今まで、知ろうとしなかった私にも問題はあるが…」
 手で頭を抑えて、深々と溜息を吐いて、呟く。
 一体どうしたんだろ。
「出来れば早めに教えておいて欲しかったな」
「えーと、誕生日?」
「ああ」
「でも、吉羅さん忙しいし、別におれ、お祝いして貰いたいとか思ってないっていうか、会えるだけで、嬉しいし…」
「君はそれで良いのかも知れないが、私は良くない。それだけ君が多くの人にプレゼントを貰っていて、恋人の私が何もせず、誕生日も知らないというのは…」
 そこまで言ってから、黙り込んでしまう。
 えーと、どうしたら良いんだろう。
 誕生日言ってなかったから怒ってるのかな。おれのこと、お祝いしたかったって事?
「何か欲しいものはあるか?」
「え?えーと……おれ、吉羅さんと居られるだけで嬉しいし…欲しいものって言っても…」
「……そうか」
 あれ、今度は何か、元気無い、ような。
 落ち込んでる、のかな。
 どうしよう。
「あ、あの、おれ、いっぱいお菓子もらったから。ていうか、お菓子しか貰ってないんだけど、吉羅さんも食べる?」
 どうにかして吉羅さんを元気にしたくて、紙袋から慌ててお菓子の箱を取り出した。ポッキーで良いかな。一本ポッキーを取り出して、はい、って吉羅さんの目の前に出して、それからおれ、何やってんだろうって気になった。
 お菓子食べて元気が出るのはおれで、吉羅さんじゃないのに。
 引っ込めようかなって思ったところで、吉羅さんが顔を近づけて俺の持ったポッキーをぱくんって、食べた。
「え」
 俺が手に持ってるポッキーをそのまま、食べた。
「ええええええっ」
「何を驚いてるんだ、食べるかと聞いたのは君だろう」
「それは、そうなんだけど!」
 だって本当に食べるなんて思わなかったし、っていうか、俺が手に持ってるやつで、そこから直接食べるとか…。おれが混乱してる間に、もう一口、おれの手に持ってるポッキーを食べて、唇が俺の指先に触れて、慌てて手を放したのを全部食べちゃった。
 うわ、何かすっごいドキドキする。
 ポッキーを食べる唇とか、伏せた睫とかを思い出して、何かもう、どうしよう。
「顔が真っ赤だな」
 くすりと笑って、そういう顔は好きだけど、何か。
「うう……ひょっとしてわざと…?」
「嫌だったか?」
「ヤじゃないけど!」
 全然そんな訳はないんだけど。でも心臓がバクバクいってておかしくなりそう。
 何とか落ち着かなきゃ、と思って深呼吸する。
「で、でも、吉羅さん、甘い物嫌いじゃないの?」
「何故そう思うんだ?別に嫌いじゃない」
「そ、そっか」
 何か、吉羅さんに甘い物ってイメージじゃなかったから、ちょっと意外。
 でも吉羅さんって結構意外なことって多いから、別に変じゃないかな。それに一緒に甘い物食べられるなら、嬉しいし。
「ああ、そうだ。誕生日プレゼントというにはどうかと思うが…そろそろ渡そうと思っていたんだ」
「へ?何?」
 吉羅さんが棚の引き出しから何か取り出して、俺の手に置く。
「この部屋の合鍵だ」
「え?……いいの、貰っても」
「良いから渡しているんだ。約束していても仕事の関係で遅くなるとエントランスで待たせる事になるし、それなら部屋の中で待っていて貰った方が良いからな。元々渡すつもりだったから、また誕生日プレゼントは別で考えるが…」
 吉羅さんが話しているけど、途中から耳に入らなくなってた。
 嬉しくて。
 凄く嬉しくて。
「有難う、吉羅さん!」
 そのままぎゅうって抱きついた。
「おい」
「有難う、すっごい、すごい嬉しい!!」
「解かったから、放しなさい」
 吉羅さんが呆れた声でそう言ってくるから、おれは渋々吉羅さんから離れた。もうちょっと抱きつきたかったなあ。
「そういえば、吉羅さんの誕生日っていつ?何かお返しするよ!」
「一月三日だ」
「え?」
「聞こえなかったか?」
「聞こえた。っていうか、あと一ヶ月無いし!!」
 うわー、うわー、どうしよう、今からバイトしても、吉羅さんにあげられるようなプレゼントって買えるかなあ、どうしよう。
「ていうか、俺が聞かなきゃ結局吉羅さんも言わなかったんじゃないの?」
「…そうだな」
「どっちもどっちだし!」
 吉羅さんもおれも。
 苦笑いを浮かべる吉羅さんを見て、がっくりと肩を落とす。
「私はもう、祝われるような年でも無いがね」
「おれがお祝いしたいの!吉羅さんが生まれてきてくれて、おれはすっごく嬉しいんだから」
 こうして会えて、恋人になって。
 こんな風にして居られることが、凄く凄く、嬉しいから。
 だからちゃんと、吉羅さんの誕生日もお祝いしたい。
「解かった。解かったから取り敢えず、今日は君の誕生日だろう。そちらが先だ」
「あ、うん」
「夕食は食べたか?」
「ううん、まだ」
「じゃあ、まずはそれからだな。今から作れるものだと限られているが…せめて誕生日祝いらしくしよう」
 そう言って、するりと唇が触れて。
 すぐに離れてキッチンへ行ってしまう。
 うう、ずるいなあ、もっとしたい。
 後で、もっとしても良いか、聞いてみよう。
 吉羅さんが作ってくれた晩御飯を食べ終わったら、今日貰ったお菓子を一緒に食べて、それから、いっぱいキスしたい。
 吉羅さんも、きっと良いって言ってくれるよね。
 冬の寒さなんて気にならないくらい、きっと甘くて、幸せな誕生日になるから。


Fin





小説 B-side   金色のコルダ