夜闇に紛れて



 イタリア車が夜の海岸沿いを走り抜ける。
 窓を開けるともうすぐ四月になるというのに、風はまだまだ冷たい。だけど、横浜の夜景が瞬いて綺麗だ。
「風邪をひくぞ」
 運転する暁彦さんにそう声を掛けられるけれど、窓は開けたまま、そちらに視線を向ける。
「大丈夫だよ、風は冷たいけど、気持いい」
「すぐに身体も冷える。閉めなさい」
「…はーい」
 ちらりと視線を投げかけられて、そう窘められれば言うことをきくしかない。
 窓を閉めて、運転する暁彦さんの横顔を眺めることにした。
 今日は俺の誕生日で、何とか暁彦さんに約束を取り付けて一緒に過ごしている。正直、今日実際に会うまでドタキャンされるんじゃないかって気が気じゃなかったけど。
 俺が希望したイタリアンレストランで食事をして、そのまま真っ直ぐに帰るのは嫌で海までドライブしよう、と暁彦さんにお願いして。
 車内に居る間、沈黙の方が圧倒的に長い。
 それでも、そうして暁彦さんと二人きりで居られる空間が嬉しいし、運転する暁彦さんの姿を見るのも好きだ。凄く様になってて、格好良い。
 外車を運転してても嫌味じゃなくて様になるのって、凄い。
「俺も、早く免許とりたいな」
「自分で運転したいか」
「暁彦さんの助手席に乗るのも好きだけどね。運転してる暁彦さんて格好良いし。でも、俺が運転して、隣に暁彦さん乗せて走ってみたいなって」
「初心者の助手席に乗るのは遠慮したいがね」
 くすりと笑ってそう言われて、思わずむっとする。
「勿論上手くなってから乗ってもらうよ。俺器用だから、絶対上達も早いよ」
「それじゃあ、期待しておこう」
「うん。…って言っても、俺誕生日も遅いから後二年も先なんだよね…」
 呟いて、溜息。
 解かってはいることだけど、こういう時に年の差を感じる。
 海岸沿いを走っていた車は、埠頭の先で停まった。周囲には人影も無く、街灯も殆ど無くて一際暗い。
 波の音と、遠くで船の警笛の音が響く。
「海とは言ったけど、何で浜辺じゃなくて埠頭なの」
「この時間なら人も居ないし、車が停めやすい」
「浜辺だって人は居ないと思うけど…」
「海には違いないし、それに、本当に海に来たかった訳でもないだろう」
 確かにそれはそうだ。
 二人で居られるなら何処でも同じだとは思うのだけど、てっきり浜辺の方に行くと思っていたから、気分が削がれた。
「それに此処なら、通りかかる者も居ないだろう」
 そう言って笑って、キスをされた。
「誕生日おめでとう、桐也」
「……有難う」
 やっぱり、暁彦さんはずるい。
 でも、暁彦さんの思うままなんだと解かっていても、どうしようもなく嬉しくて。
 今度は俺から引き寄せて、キスをした。
 夜の闇に紛れて、きっと誰にも、見つかることはないから。


Fin





小説 B-side   金色のコルダ