これから先も



 親戚中が、新年の挨拶にと実家に集まってくるのを見て、ひっそりと溜息を吐いた。
 両親はほぼ一年中忙しいと言ってあまり実家に帰らない息子に、それでも元日くらいは顔を出せ、としつこく言ってくるのだから、今日くらいは帰らない訳にはいかない。
 別に帰るのが嫌という訳でも無いし、両親に対して含むところがある訳でも無い。ただ、親戚連中の相手をするのが面倒だと思うだけだ。
 それくらいなら、元日だろうが仕事でもしていた方が余程マシだとさえ思う。
 しかし、星奏学院の理事長になった以上、誰も放っておいてはくれないし、これも義務なのだろう。少し前までは遠巻きにしていた連中でさえ話しかけてくるのだから余計に疲れる。
 ビジネスとして付き合うのならまだ良いが、身内だから尚更手に負えない。
 挨拶は早々に済ませて退散してしまいたいところだが、親戚は次から次へとやってくる。
 一体何人居るのか、正直全て把握しているとは言い難い。
 ろくに見た覚えの無い者まで居るのだから当然だろうが、旧家というのは面倒なものだと思う。考え方まで古びた者が多いのも、憂鬱の種だ。
 殆ど押し付けるようにして理事長に指名してきた割に、私の経営方針は気に入らないらしい。
 挨拶だけで終われば良いのに、小言までついてくる。
 それを殊勝に聞いている振りをして、大体似たようなことしか言わない連中の話を聞き流す。
 理事会の面々であれば、反論をして説き伏せもするが、こういう者達には何を言っても仕方が無いし、限が無い。
 それでも相手は年長者ばかりだから、失礼にならない程度に相手をしながら、いつ終わるのだろうかと考えていた頃、一際明るい声が聞こえた。
「暁彦さん!」
 名前を呼んで駆け寄ってくる姿に、思わず目を細める。
「明けましておめでとう」
「ああ、おめでとう。お前の家は揃って来たんだな」
「うん」
 桐也の両親は、私の両親の方に挨拶に行ったらしい。弟の幹生は人懐っこさもあってか、親類の大人たちに囲まれていた。
「ねえ、暁彦さん、今新しい曲の練習してるんだけどさ、ちょっと感想聞かせてくれない?」
 腕を引いて、移動しよう、と誘ってくる桐也に、私も頷く。
 未成年の他愛のない我が侭は、此処を離れる良い口実になる。親戚連中の相手ももう十分したところだし、此処で席を外しても問題ないだろう。
 そのまま場所を防音室へと移動する。
 人の体温と暖房で温まっていた広間と違って、ここは肌寒い。
 エアコンのスイッチを入れてから、桐也へと向き直る。
「それで、何の曲を練習してるんだ?」
「ああ、あれ……嘘」
「嘘?」
 ヴァイオリンは持ってきてるけどね、と言いながら、苦笑いを浮かべる。
「暁彦さん、何か疲れた顔してたし」
 どうやら気を使わせたらしい。
 確かに辟易していたのは事実だし、有り難い。
「それで連れ出してくれたのか。助かった」
「いや、まあ、それもあるんだけど。結局、俺が暁彦さんと二人きりになりたかっただけかも」
 素直に、真っ直ぐな瞳でそう言ってくる桐也に、思わず笑みが浮かぶ。
 そういう我が侭なら、こちらとしても歓迎したいし、あの場に居るよりも余程有意義だと思う。
「暁彦さん、どうせ明日からまたいつも通り仕事仕事ってなるんだろ?」
「そうだな、そうなるだろう」
「じゃあ、やっぱり今日のうちに言っとこうかな」
「……何をだ」
「誕生日、二日早いけど、おめでとう」
 そう言って、桐也が私の肩を掴んでキスをして、そのまま抱き締められる。
「桐也…」
「本当は当日言いたいんだけどさ、いっつも掴まらないんだもん、暁彦さん。正月三箇日から仕事ばっかしてるのもどうかと思うよ」
「それは…悪かったな」
 確かに、忙しいと桐也からの電話は無視してしまうことが多い。それでも許してくれるから、甘えている所があるのかも知れないが。
 それに、誕生日はいつも正月の忙しなさに紛れて、いつの間にか過ぎていて、あまり取り立てて意識される事は無い。
 姉さんが亡くなってからは特にそうだ。
 両親でさえ、忙しくて気づくのはいつも後から。
 だからこうして、必死に私の誕生日を祝おうとしてくれているのは、嬉しい。
「ねえ、来年の誕生日、今から予約して良い?」
「今年が始まったばかりなのに、もう来年の話か?」
「だって、今年はもう、どうせ仕事で埋まってるんでしょ」
「それはそうだが…」
 何処か拗ねたような顔で、それでも真剣な眼差しで。
 そんな真っ直ぐな気持ちに、どうしても表情が緩む。
「だから、来年の暁彦さんの誕生日は、俺とお祝い。いいでしょ」
「そうだな……解かった、覚えておこう」
「絶対だからね」
「ああ」
 頷くと、嬉しそうな顔をして、またキスをする。唇が合わさったところから、桐也の熱が伝わってくる気がする。
「…桐也」
「なに」
「ヴァイオリンを、弾いてくれないか。お祝いしてくれるんだろう?」
「うん、解かった」
 頷くと、あっさりと離れていく温もりを少し寂しいと思う自分に苦笑しながら、それでも、幸せだと思う。
 ヴァイオリンを取り出して、桐也が奏で始めるメロディに耳を傾けて。
 こうして過ごす正月も悪くない。
 恐らく、来年も、再来年も、これから先も。
 そうして、桐也の奏でる音を聞き続けられるのなら、悪くない誕生日だと、そう思った。


Fin





小説 B-side   金色のコルダ