溶かして、消して



 ずっ、と熱の塊が体内の奥深くまで埋め込まれる。
 内臓の粘膜を擦られ、その熱の塊から伝播するように、内側からこちらも熱くなる。
 背後から回された手はしっかりと腰を掴んで、どれだけ熱を持っているのかを示すかのように汗ばんでいる。
「暁彦さん…っ」
 切羽詰った声で名前を呼ばれ、しかし、それに応える声は持ち合わせていなかった。
 何をやっているのだろう。
 こうして行為を重ねる度にそう思う。
 相手は、自分の年より半分も下の、まだ、子供だ。
 その子供に、背後から貫かれ、抱かれている。
 ベッドシーツを握り締め、膝を突き、まるで獣のように交じり合う。
 そんな行為を、もう何度繰り返したのだろう。
 例えばそれが、互いに想い合う故ならば、まだ良い。その気持ちが、免罪符にもなるだろう。
 けれど、私は。
「あっ……く…」
 ゆっくりと引き抜かれた熱が、再び奥深くまで埋め込まれる。
 それだけで、痺れるような快楽が身の内に湧き上がり、熱が溜まっていく。思考が一瞬途切れ、何を考えていたのか、解からなくなる。
 『好きだ』と何度と無く告げられた。
 それでも『受け入れられない』と何度も断った。
 けれど、告げられる度に降り積もった何かが、結局こんな関係に行き着いてしまった。
 多分、私があの人に恋をした年に桐也が近づき、熱を帯びた眼差しが、幼くただ真っ直ぐに想っていた頃の自分と重なって、拒絶出来なくなった。
 受け入れることも出来ないのに。
「暁彦、さん…」
 『暁彦』と、私を呼ぶ桐也の声に重なるように、あの人の声が再生される。
 それがぞくりと、今まで以上の快感を呼び起こす。
 駄目だ。
 あの人と、桐也は、全然似ていない。
 重ねるような事は、出来ない、してはいけない。
 例え心の奥底で、それを望んでいるのだとしても。
 それが、せめてもの……どうしようもなく、傷つけることしか出来ない、私の。受け入れることも出来ないまま、こんな関係になってしまった、させてしまった、私の。
 せめてもの。
「何、考えてるの、暁彦さん」
 不意に、耳元で声が響く。不機嫌そうな声にゆるりと振り返れば、熱を帯びた眼差しが、不満気に私を見ている。
「何も」
 嘘を吐く。
 全く、意味の無い、嘘だと解かる嘘。
「嘘つき」
 だから、そう返されるのも当然だ。
 解かっている。
 それでも、何を考えていたか、などと言葉にする事は、出来ない。
「うあっ」
 急に、動きが早くなる。ギリギリまで引き抜かれては、最奥まで貫かれる。急に激しくなった動きに、慣れる余裕は無い。
「あっ……まっ……て……き、りや……あ、あぁ……っ」
「待てない」
 低くめられた声が、告げる。低く、けれど濡れた声。
「暁彦さん、俺のこと、好きじゃなくてもいい。……好きじゃなくても、いいから、今だけは…俺のことだけ、考えて」
 ぽつりと、背中に落ちた雫は、汗なのか、それとも涙なのか。
 振り返る余裕もなく、そして、振り返る勇気もなく。
 ただ、強く与えられる刺激に翻弄されて、全ての思考を手放した。




 目を開ければ、幼い寝顔が目の前にあった。
 辺りは暗く、時間はまだ深夜を脱していないようだった。
 シャワーでも浴びたいところだが、桐也の手がしっかりと腰に回されて、離してくれそうもない。
 ふと息を吐いて、体の力を抜く。全身がだるい。
 ぼんやりと、ただ目の前で眠っている顔を見つめる。
 矢張り、幼い。
 普段は年より大人びて見えるが、こうして見れば、矢張り子供だと思う。
 しかし、子供であるが故に真っ直ぐで、熱い。
 私はもう、この子のような熱はなくしてしまった。
 それなのに、消えない。
 消えることが無い想いを、どうすればいいのか解からない。
 昔は想えば満足で、恋をしているという実感が心地よくて、ひたすらにあの人を追いかけることが目標だった。ふと向けられる視線や優しさが嬉しくて、そんなことに一喜一憂していた。
 今はもう、そんな風に激しく心が動くことは無い。
 慣れてしまったのかも知れない。
 ただ、膿んでしまったかのように、鈍い痛みがじくじくと奥底にあるだけだ。
 ふと見せられる優しさは嬉しいけれど、それ以上に痛い。
 想いを告げる勇気もなく、今の関係を続けることを選んだのだから、当然の結果。今更、言えるはずも無い。
 だからこそ、真っ直ぐに告げてくる桐也が眩しい。
 何度も、めげることなく、言葉にして告げてくる勇気が羨ましい。
 そして期待した。
 桐也の、この熱ならば、この、どうしようもない想いを消してくれるのではないかと。
 その熱で、溶かして、消してしまうことが出来るのではないかと。
 期待して、けれど、未だにそれは叶わない。
 相変わらず消えない想いと、そしてどうしようもない罪悪感に痛みは増すだけだ。
「暁彦さん?」
 気づけば、桐也も目を覚ましていたようだった。
 強い瞳がこちらを見透かすように射抜いてくる。
 桐也は、とうに気づいているだろう、私の中にある想いも、罪悪感も。
「また、難しいこと考えてる?」
「いや」
「…嘘つきだね」
 桐也の手が、私の顔に触れる。指が頬をすべり、頭の後ろに回されて、引き寄せられる。
 抵抗はしない、する気もない。
「んっ…」
 合わさる唇が、再び熱を齎すのを待っている。
 熱くて、溶けてしまいそうなキスを。
 求めてやまないのだと、そう確信できるキスを。
 そうして与えられる熱を、待っている。
 段々激しくなる口付けに応えながら、そう願う。
 その、熱い、熱い桐也の熱で、このどうしようもなく凝り固まった想いを。
 溶かして、消して。
 ずっとそう、願っている。



Fin





小説 B-side   金色のコルダ