入学祝い



 チリン、とガラスのコップが氷とぶつかり音を立てる。
「入学おめでとう」
「ありがと、暁彦さん。このコップの中身がお酒だったら、尚更言うことないんだけど」
「馬鹿を言うな」
 勿論冗談だから、暁彦さんも本気で受け止めている訳では無いだろう。
 暁彦さんの部屋で二人、入学祝いをしてもらう。
 と言っても、すでに入学してから一月近く経っているんだけどね。都合が合わないと断られ続け、ようやく今日だ。
 暁彦さんはいくらこちらが甘えてもなかなか甘やかしてはくれない。
 それでも何度も何度も食い下がれば、たまには折れてくれるから、俺はそうして暁彦さんと会う約束を取り付ける。
 ほんと、メールを送っても全然返って来ないし、約束してもすっぽかされるし、愛想も無いし、言い訳はさらっと流されるし。
 なのに、どうしてか俺は、この人が好きで仕方無い。
 いつ、どうして好きになったのかなんてもう覚えていなくて、気がついたら好きだった。物心ついた頃には格好良いなあなんて憧れもしたけれど、それとはまた別の感情を今は持っている。
 それを積極的に示しても居るけれど、相変わらず反応は素っ気無い。まあ、俺がまだまだガキだからかも知れないけど。
「それにしても、私と二人だけが良いなんて、お前も物好きだな」
「物好きってことはないと思うけど」
 暁彦さんと二人で食事したい、なんて人はあちこちに居ると思う。ただ、ガードが固いから言い出せる人がなかなか居ないだけで。
 顔良し、頭良し、家柄良しなら、それだけで寄って来る女の人とか、結構居そうなもんだしな。まあ、それだけで釣られた人はすぐに無理だって悟るだろうけど。
「それにしても、もう入学して一ヶ月だよ。入学前からお祝いしてって言ってたのにさ」
「予定がつかなかったんだ、仕方無いだろう」
「少しも、悪いとは思わない?」
 そう問いかければ、暁彦さんは少しだけ眉を顰める。俺が何を言いたいのか察したからだろう。
「……それで?」
「入学祝い、頂戴」
「何が欲しいんだ」
 それを聞いてきたからには、くれるつもりがあるって事だろう。まあ、内容次第だろうけど。やっぱり、少しは悪いと思ってくれてるってことかな。
「暁彦さんからの、キス」
「……」
 言った途端、深々と溜息を吐かれた。うわあ、ちょっとその反応、傷つくなあ。俺が暁彦さんを好きだっていうのは、とっくに気づいてると思うんだけど。
 それでも暁彦さんは、しばらく考えた後、俺に向かって頷いた。
「解かった、目を閉じなさい」
「え、ほんと!?」
「要らないなら別にいいが」
「要る、要ります!」
 実際、ほんとにしてくれるとは思ってなかった。出来る訳無いだろう、って一睨みされて終わりかと思ってたんだけど。でも嬉しくない訳が無い。
 期待に胸を高鳴らせながら、目を閉じる。
 目を閉じると、余計にドキドキしてきた、俺今すごい顔真っ赤なんだろうなあ、なんて思うけど。
 暁彦さんの気配がゆっくりと近づいてきて、俺の肩を掴む。
 俺の顔にほんの少し吐息がかかって、更に近づいてきているのが解かる。
 そして、暁彦さんの唇の感触が、俺の、
「って、何でほっぺた!?違うでしょ、ここは違うよね!!?」
 明らかに俺の要求が口と口とのキスだって暁彦さん本人も解かってた筈だし。それなのに、頬にキスなんて、普通に親愛のキスじゃんか。アメリカに居たときにも友人たちに嫌というほどされたし。
「文句を言うな。今はこんなものだ」
 抗議する俺の頭に、暁彦さんはゆっくりと手を置いて撫でてくる。それで大人しくなると思ってるに違いない。
 …なるけど。
 しかも、結構優しい笑顔つきだったら、尚更。
 ああもう、ほんとにずるい。
 でも「今は」って言うぐらいなら、「これから」は解からないってことだよな。
 今は従弟としての親愛しかなくても、これからは、もっと違う気持ちになるかも知れないって、そう思っていいんだよな?
 そう、勝手に思うから。
「覚悟しといてよ、暁彦さん」
「それは楽しみだな」
 それでもまあ、絶対、勝てる気はしないんだけどね。


Fin





小説 B-side   金色のコルダ