有馬かん太様
夜空に満月がぽっかり浮かんでる。 夏から秋に季節が移り始めた夜の風は、プールの水に熱を奪われてアルコールで火照った肌を冷やしてくれる。 オレは何本目かの缶ビールを軽くあおり、それからシオンの上着から失敬してきたタバコを取り出して咥えた。背後に位置する校舎を振り返るように見上げると、その真ん中辺りに小さい明かりが移動してるのが見える。 (よし、予定通り) 時間を確認して、心ん中でオレは呟いた。 さてと。どーやってここに来てもらおうか、なんて考えながらタバコに火をつけて煙を吸い込む。 と――。 「……げほっ!げほっ!げほっ!」 思いっきり咽せてしまった。 (か〜っ。ダッセーの。でもシオンのヤツ、こんなきついの吸ってんのか) 煙が目に染みて、目尻に涙が滲んだ。それを擦りながら校舎を振り返ると、さっき見た明かりが姿を消したのがわかった。 「もしかして、ケガの功名ってヤツかな?」 しばらくするとプールを囲むフェンスの向こうに、目的の人物がこちらに走ってくるのが見えた。 いつも学園じゃネクタイに白衣姿だけど、今は白いシャツにジーンズというラフな格好をしてる。 「誰です?そこで何をしているんですか?」 「こんばんは、水落センセ」 「逢坂……くん?」 咥えタバコで手を振ると、水落センセ――セナは目を丸めて、それからつかつかとオレに近づいてきた。 「どうだ、一緒に一杯やんね?」 開けてない缶ビールを掲げて笑いかけたら、セナはすげー怖い顔を作って、いきなり俺の口からタバコをむしり取る。 「って、おい!何すんだよっ!」 「こういうものを学園内に持ち込むのは、感心しませんね」 言いながらセナは火がついたまんまのタバコを手で握りつぶしやがった。 オレは思わずセナの手首を掴んだ。手を開かせると、くにゃりと曲がった吸殻が現れて、――やっぱ火傷してる。 「バカヤロ、何してんだよ」 そのまま手首を引っ張って、プールの水に手を浸す。セナは逆らわなかった。 「いつもは何も言わねーじゃねーか」 「寮監室は私のプライベートな場所でもありますから、大目に見て差し上げているんですよ。クリストファーさま」 「……ちっ」 オレにされるがままプールサイドにひざをついて、セナはオレの名を――本当の名前を呼んだ。 「でも学園では違いますよ。たとえ本当の関係が王太子と近衛兵であっても、ここではあくまで私は教師で、キミは学生なんですからね、逢坂くん」 わざわざ呼び方変えてやがる。……ったく、嫌味なヤツ。 「ふかしタバコしかできないくせに」 「悪かったな」 「大人の分別でタバコを嗜むのは構いませんが、場所はわきまえて下さいね」 教師の顔でセナがオレを諭すように微笑みかけてくる。 だぁー、今日はやられっ放しだ。 (でも……) オレは間近にある眼鏡の向こうの青い瞳を見詰め返した。 この間、お互い酔っていたとはいえ、セナはキスしても逆らわなかった。 あれは寮監室でのことだけど、ここでならどうする、セナ? オレはセナの項に手を回して、唇を押し付けた。 「……っ!」 一瞬セナは身体を引こうとしたけど、不意に身体が揺れたせいで逆らうのを止めた。急に動くとバランスを崩して、手首を掴んでいるオレもろともプールに落っこちると思ったんだろう。 セナが逆らわないのをいいことに、オレはキスを深くする。項に回したその指先で首筋を撫でてやると、セナの身体がびくっと震えた。 「ん……ふっ……」 鼻に抜ける吐息が何もない夜空に甘く響く。 首筋から耳に触れるままに辿っていくと、セナの体温が上がった気がした。 (……うゎ……ガマンできっかな……?) ぐっと体重をかけると、セナはペタリと座り込んだ。その隙に足の間に身体を割り込ませ、セナが頭をぶつけないように気をつけながら、身体をゆっくりとプールサイドに押し倒した。 「クリストファーさま……っ」 「ここじゃ、『逢坂くん』だろ?水落センセ」 「……っ!」 水に浸した手首を捉えたまんま、反対の手でひとつずつシャツのボタンを外していく。 「この間は、相手してくれるよーなこと言ってたじゃねぇか」 「ですが、ここは学園内で……んんっ」 「こんなの、みんなやってるコトじゃねーか。それとも、センセと生徒は寝ちゃいけない――ってか?」 耳元を掠めて囁きを吹き込むと、セナの頬が赤く染まった。 「……逢坂くん」 セナの手がオレの髪をふわりと撫でて、それから――。 「ってぇーっ!!」 耳を思いっきり引っ張られた。 「何すんだよっ!」 「それは私の台詞ですよ、逢坂くん」 思わずその手を振り払い、身体を起こしたオレの下から、セナはするりと抜け出した。 「今日は宿直で、今私は見回りの最中なんです」 「セナ……」 「職務時間でなければ、いくらでもお相手して差し上げますよ」 セナはすばやく立ち上がると、しれっとした顔でオレを見下ろした。そして、さっさと背中を向けて立ち去ろうとする。 「おい、待てよ」 「何ですか?」 「ホントに、次は相手してくれるんだろうな?」 乱れたシャツもそのままに、セナは妙に色っぽい、誘うような……それでいて少し困ったような瞳で笑った。 「貴方がそれをお望みなら」 「……」 オレも負けじとセナを睨み返した。けど、次があるんなら今度は――。 「わかった。今日は諦めるよ、水落センセ」 「ちゃんと片付けておいてくださいね、逢坂くん」 両手を挙げて降参のポーズをとるオレに、セナは周囲に散らばるビールの空き缶を見て、教師の顔で笑って言った。 <END> 二人の掛け合いがとても素敵です。 この二人の大人っぽいような子供っぽいようなやり取りが好きです。 素敵な小説を有難うございました。 |