新しい生活



 旅に出ていた瀬那がウィンフィールドに戻ってきた。
 それはとても喜ばしいことだし、紫苑にとっても来栖にとっても嬉しい出来事だった。
 そんな感動の再会もつかの間、現在瀬那と来栖は膠着状態に陥っている。そんな二人の様子を見ながら、紫苑は深々と溜息を吐いた。

「だから、近衛兵に戻るってんなら、近衛連隊長か国王付きになれって言ってんだよ。そうでなきゃ近衛兵になるな」
「そんな無茶苦茶な」
 来栖の言葉に瀬那が非難がましく言う。実際瀬那の言葉も尤もだ。けれど、来栖には来栖なりの理由がある。それを知っている紫苑としては何も口を挟むことは出来ない。
「何が不満なんだよ。近衛連隊長だぜ?大出世じゃねぇか」
「そういう事には興味はありません。大体、私が近衛兵だったのも子供の頃の短い間で、経験にも乏しいんです。そんな私が連隊長になどなれる筈がないでしょう。それに、古参の近衛兵だっているんでしょう?そちらの方が適任です」
「その古参の近衛兵もお前が連隊長ならいいって言ってんだよ。いつまでも連隊長の席空けとく訳にもいかねえし」
「ですから、私はお断りします」
「平からやり直したいってのはぜってーダメだからな」
「何故です?」
「お前が平からなんて誰も納得しねえんだよ。お前、自分じゃ解かってないだろうけど、かなりの有名人なんだぜ?白い翼の国王と共に黒い翼から平和を取り戻した、若干十二歳という異例の若さで近衛兵になり、前王弟殿下子息を守った射撃の天才ってな。そりゃーもう、国民の間では有名有名」
「私が近衛兵になったのは養父がロベール殿下付きになったので特例で認められただけで、私の実力自体が主体ではありませんよ」
「んなもん、みんな知る訳ねぇだろ。真実がどうとかってのは関係ねえの。大体、あとは事実なんだし?そういうヤツが新米兵と一緒になるなんてそれだけで問題有りなんだよ」
 さっきからずっとこの調子だ。
 来栖も瀬那も全く譲らない。というか、どっちもどっちで両極端ではあるのだが。
「そんなことは関係ないでしょう。実際私は近衛兵としてはほとんど新米と変わらないんですから」
「だーかーらーっ、今度入る新兵にはレオンだって居るんだぜ?レオンが黒い翼だってのはもう皆知ってるし、士官学校から一緒だったヤツは大体レオンの人柄も解かってるし、実力も認められてる。黒い翼を城内に迎え入れるのだって苦労してんだ。信頼できる兵卒だって足りないし、実際黒い翼の力は惜しいんだよ。もしレオンが認められれば他の黒い翼も入れやすくなる。でもな、あんたと兄弟だってのが解かったら、コネだとか贔屓だとかって言われかねないんだよ。今までの苦労が全部パア。何のためにダナイと親子だっていうことも伏せて士官学校に入れたのか解からなくなるだろうが。一緒に新兵としていたらそれだけで接する機会も多いしバレやすくなるんだよ。連隊長としていれば新米なんてそうそう会う機会もないし安全だろ?」
「それは……私とレオンの派遣先を遠くに変えればいいだけではないんですか?私が遠方の機関に行っても構いませんし」
「お前が遠くに行くとシオンが嫌がるだろ」
「クリストファー様、そこで俺を話に入れないでください」
 急に自分の名前が出てきて思わず突っ込む。
「なんだよ、実際そうだろ?今まで離れてたんだ、これから出来るだけ近くに居ればいいじゃねえか。遠方なんて行ったらまたそうそう会えなくなるぜ?」
「この場合、個人的事情は考慮に入れないでくださいませんか」
 紫苑の言葉に、来栖は盛大に溜息を吐く。
「セナのこれだって十分個人的事情だろ」
「う…っ」
「それは…」
 来栖の一言に二人とも言葉に詰まる。確かに、国王自ら認めているのだからそれを断り新兵と一緒に働きたいというのは瀬那の個人的事情に他ならない。
 それでも、いきなり国王付きや連隊長というのはあんまりだと思うが…。
 反論する言葉を失い、瀬那は迷いを見せる。それを察して、この話は打ち切り、とばかりに来栖は軽く手を振った。
「兎も角、今すぐ答え出せなんて言わねえからさ、考えといてくれよ。シオン、あとの説得はお前がしろよ」
「クリストファー様、俺に押し付けないでください」
「お前が適任だろ?」
 そう言って来栖は欠伸をしながら部屋を出て行った。



 来栖があの場をお開きにしてしまって取り残された二人は、結局紫苑の私室へと向かった。
 部屋に着いた途端、瀬那は深々と溜息を吐いた。
「そんなに嫌なのか?連隊長になるのが」
「嫌…という訳ではありませんが…」
 そう言って瀬那は言葉を濁す。
「どうした?」
「……自信がないんですよ。いきなり連隊長だなんて」
「それは、まぁ…」
 確かに無茶ではある。けれど、連隊長という役職に就ける人間もまた、瀬那以外にはいないと思っている人間は大勢居るのだ。
「大体、私は士官学校だって卒業していないんです。近衛の仕来りや礼儀に対しては、むしろ新兵以下でしょう。その私が連隊長だなんて無理です」
「セナ…」
「それに、今ではもう、ウィンフィールドで過ごしてきた時間よりも、人間界で過ごした時間の方が長い。今の私には、ウィンフィールドのことでも解からないことだらけです。けれど、連隊長になって解からないでは許されないでしょう?」
「何も解からないというのなら、クリストファー様だって同じだろう」
「でも、クリストファー様は国王です。他に代わり等居ません。連隊長の代わりなら他にいくらでもいるでしょう?」
 これは、来栖の前では敢えて言わなかった事なのだろう。実際、今の瀬那にはウィンフィールドのことも、城の内部のことも解からないことが多いに違いない。それで連隊長などと、不安になるのも無理はない。
「クリストファー様は、意地っ張りなところがあるから、そんなことは言いはしなかったが、ようするにお前に傍に居て欲しいんだ」
「え?」
「幼少の頃にウィンフィールドを離れてからずっと人間界に居たクリストファー様には顔見知りなど少ない。古参の近衛兵だってクリストファー様には顔も覚えていない者が殆どなんだ。近衛連隊長は近衛兵を纏め上げ指揮をする者。それは何より信頼出来るものでなければならない。だからこそ、人柄もよく知っているお前になって欲しいんだ」
 瀬那は驚いたように目を見開き、紫苑を見つめている。その様子を見て、紫苑は穏やかな笑みを浮かべた。
「何より本当は、お前が戻ってきた時のために、クリストファー様は敢えて連隊長の席を空けていたんだ」
「そんな…っ」
「これからもまだまだ、大変なことが沢山あるだろう。だから、お前にも近くで一緒に戦っていって欲しいんだ」
「ですが、私は……」
 紫苑の言葉に、心を動かされながら、瀬那は尚も迷いを見せる。
「私は、この国の一番大変な時に、のうのうと旅に出ていた人間です。そんな私が、連隊長になどなっていい筈がない…」
「全くお前は…」
 紫苑はそれ以上の言葉を発することはせず、瀬那を抱き締めた。
「え…?」
「その旅がお前に必要なものだったということは、俺もクリストファー様も解かっている。その事に対して誰も文句など言っていない。お前はどうも、気にしすぎるな」
「ですが…」
 瀬那は言葉を詰まらせる。紫苑に抱き締められたまま、解くこともせず、けれど、抱き締め返すことも出来ずに居た。
「それに、クリストファー様の言葉じゃないが、俺はお前に傍に居て欲しい。やっと戻ってきてくれたお前をもう遠くへやりたくはないんだ」
「……そんな言い方は、ずるい…です。貴方にそんな風に言われて、断れる筈がない」
 そう言って、瀬那は顔を隠すように紫苑の肩に額を乗せた。その控えめな仕草が愛しい。
「ずるくて結構。これが俺の本音だからな」
 苦笑いを浮かべて言う紫苑に、瀬那は薄く頬を染める。
「やっぱりずるいです。結局私の方がずっと、貴方を好きなんですから」
 瀬那の言葉に紫苑は軽く目を見開いた。それからすぐに笑みを浮かべる。
「本当にそう思うか?」
「え?」
「俺がどれ程お前を想っているか、教えてやろう」
 紫苑はそう言うと瀬那にキスをする。瀬那は驚いて目を見開いた。
「あ……んっ…んん…っ」
 啄ばむような軽いキスから、段々と深く、長くしていく。そうして何度もキスを繰り返していると、瀬那も紫苑の背に腕を回し応えてきた。
「ふぅ……ん……ふっ……あ…」
 漏れる吐息が甘い。舌を絡めとり口内を味わう。何処か甘いと感じる瀬那の口を余すところなく嘗め回す。瀬那の口の端から飲み下しきれなかった唾液が漏れて伝う。その様が何とも淫靡で、紫苑の欲を誘った。
 ようやく唇を離して瀬那を開放すると頬を赤く染めて息を乱している。
 此処まで来てこれで終わり、という事など出来るはずもない。初めからそのつもりもなかったが。


 瀬那をベッドに押し倒して、もう一度キスをする。
「んっ……ふ…」
 瀬那の口から漏れる息は先を期待してか熱を帯びている。今日は思う存分瀬那を感じさせてやりたい。いつも余裕がないのは自分の方だったが、今回はそうはいかない。
 瀬那の服に手を掛けると、はっとしたように紫苑の手を押さえた。
「あ、自分で…」
「いいから、俺にさせろ」
「…はい」
 大人しく頷いたのを確認して、もう一度瀬那の服に手を掛ける。纏っているものを全て脱がせると、瀬那の引き締まった体が露になる。
 ゆっくりその肌の感触を確かめながら触れていく。初めてではないにしても、馴染む程触れたという訳でもない。けれど、それが何より愛しいと思う。
 掌であちこち触れながら、ゆっくりと瀬那の性感を煽っていく。瀬那はただ為されるがままに紫苑の手を受け入れている。緩やかな愛撫を味わっている。
 しっとりと吸い付くような白い肌にキスを落とす。鎖骨の辺りに吸い付くと、ぴくっと体が震えた。その白い肌に付いた赤い証が嬉しい。
 そうやってゆっくりと触れていると、次第に瀬那の体が汗ばんでくる。文句を言わないまでも瀬那は少しもどかしげに体をくゆらせた。
 それを見て紫苑は目を細める。そして瀬那の中心へと顔を移動した。発ち上がり始めているそれを銜え込むと瀬那の体はびくりと痙攣する。
「シオン…中将っ」
 名前を呼ぶ瀬那に何も言わずにそのまま愛撫を続ける。大きく銜え込み、唇で扱いてやると瀬那の口からは耐え切れない喘ぎが漏れた。
「は…ぁ……シオン中将…っ…まっ……ぁあ…」
 紫苑の頭に手を置いて、何とか顔を退かせようとしているらしいが、感じて力の入らない腕ではどうすることも出来ない。
「ゃ…あ……ダメです……待って……」
「何がダメなんだ?」
 ようやく顔を上げて尋ねると、瀬那は快感に瞳を潤ませて紫苑を見る。
「これでは…私ばかりで……」
「ああ、そんなことか」
 自分ばかりが感じているのが申し訳ないのだろう。こういう時ですら妙に律儀な瀬那に笑みが零れた。
「気にすることはない。俺がお前の感じている姿を見たいんだ」
「ですが…」
「いいから、言うとおりにしていろ。今日は俺がどれだけお前を愛しているか教えてやると言っただろう?」
 そう言ってもう一度瀬那のモノを口に含む。
「あ…っ、はぁ……ぁ…んっ」
 溢れてくる先走りと唾液で段々と濡れてくる。それを指で掬い取り、後ろに塗り込む。ゆっくりと馴染ませながら指を一本其処へ押し入れる。蠢きながら奥へと誘い込む内壁をゆるゆると広げながら、前は口での愛撫を続けていく。
「んっ…ぁ…はぁ……あ…」
 途切れ途切れに漏れ聞こえる吐息が熱い。そこも張り詰めて大きくなり、限界を訴えている。後ろに入れた指も二本に増やして少しずつ中を掻き回し、瀬那の感じるところを探る。後ろと前を同時に攻められ、けれどイく程の強い快楽は与えられていない。
「ぁあ……シオン…中将……もう……っ」
 強請る声を上げる瀬那に、それでも紫苑はそれ以上の愛撫を与えない。もっともっと瀬那を感じさせてやりたい。どれ程自分が瀬那を想っているのか、その体に刻み込むために。
 中を探っていた指が、瀬那の感じる場所に触れる。少し掠めただけでも瀬那は甘い悲鳴を上げる。
「ゃ、あ!……あぁ…はぁ……んっ」
 全身がびくびくと震えて瀬那の感じている快感の強さを表している。けれどまだイかせない。根元を戒めて感じる場所に指を強く擦り付けた。
「はぁっ……ぁああ!……もう……ゃ…」
 中で感じる場所に指をこすりつけ、前は口で愛撫を続ける。茎の裏側を舐め上げくびれの部分に歯を立てると、もう我慢できないとばかりに腰を揺らす。
「お願い…です……もう、もう……ぁあ…」
 そろそろ、いいだろう。あまり焦らし過ぎるのもいけない。夜はまだ長いのだ。紫苑は瀬那の感じる場所を指で強く擦り付け、そこを搾り取るように吸い上げた。
「は……ぁっ、ぁああああっ!!」
 其処はびくびくと痙攣し、紫苑の口の中に迸りを放つ。苦味のあるそれを飲み込み、瀬那を見ると、力尽きたようにぐったりとしている。荒い息を整えようとする口が薄く開き、頬は快楽の名残で紅潮している。いつも冴え冴えとした綺麗な青い瞳は涙をたっぷりと含んでいた。
 その瀬那の様子を見るだけで、どうしようもなく紫苑の劣情は呼び起こされる。
「セナ、うつ伏せになれ」
「え……?」
 先ほどの余韻で反応が鈍くなっている瀬那は、紫苑を見上げて聞き返す。
「うつ伏せになれと言ったんだ」
「あ……でも…」
「いいから、ほら」
 そう言って瀬那の腕を掴んで促すと、むすっとした表情をした。
「それじゃぁ、貴方に触れないじゃありませんか」
「だから言ってるんだ」
「私だって、貴方に触りたいのに…」
「ダメだ。今日は俺の言うとおりにしろと言っただろう?」
 不満そうにする瀬那にもう一度言って促すと、しぶしぶ言う通りにした。
 瀬那の腰を掴んで持ち上げ、先ほど解していた其処に唇を寄せる。
「こういう恰好もいいな。此処がよく見える」
「そういうことを…言わないで、ください…」
 紫苑の言葉に顔を赤く染めて言う瀬那に笑みが零れる。そして其処に舌を這わせる。紫苑の唾液と瀬那の先走りによって解された其処は既にひくついて更なる愛撫を待っているようにも見えた。ゆっくりと舌を這わせ、唾液を塗り込めながら、もう一度指を差し入れる。指で其処を広げながら、舌も奥へと伸ばしていく。
「ふっ……んっ……」
 瀬那の口からまた熱い吐息が漏れ始める。低く掠れて響くその声がたまらなく色っぽい。指と舌でそこを弄い、瀬那を煽っていく。
 瀬那はベッドのシーツを掴んで必死に快感に耐えている。その姿がまた、紫苑の劣情をそそる。
「はぁ……ふっ……あ……」
 くちゅくちゅといやらしい音が辺りに響き、その音さえもが瀬那の快感を煽っていく。先ほど放ったばかりの其処もまた次第に立ち上がってきていた。
 丹念に舌で中を嬲りながら指を奥へと進めていく。熱く蠢く其処は指を奥へと飲み込もうとする。いや、それ以上にもっと他のものが欲しいと言っているようだった。
 二本の指で中を掻き回して瀬那の感じる場所を刺激していく。足が震えて、今にも崩れ落ちそうな瀬那の腰を掴む。瀬那を見れば、その双眸から感じすぎるが故か、涙が溢れ出してきていた。
「あ……は……あ、ん……シオン中将……ゃ…ぁ…もう…」
 もう、と次を強請る瀬那の声を無視して指を三本に増やす。そうしてもう一度其処に舌を這わせる。紫苑の唾液で濡れた其処はいつでも受け入れられるだろうが、それではつまらない。
「ぃや…ぁ、……もう…お願い…です……あぁ…っ」
「まだだ。もっともっと感じてくれ。嫌と言うほどに」
「あ…っ、もう、何度も言って……や……ぁっ!」
「いや、まだ足りない」
 そう言って、ぐっと瀬那の感じる場所を突く。
「は…ぁっ、あ……んっ…」
 シーツを掴む手にぐっと力が篭る。腕も、足も震えて全身が瀬那の感じている快感の強さを表している。生理的な涙が止め処なく溢れてシーツを濡らす。
 そうして、瀬那を自分の手で感じさせているのが、紫苑にとっては何よりの喜びになる。
「ふっ…ぅ……ん……はぁ……っ」
 そうして瀬那の全身が快楽に染まって、自分以外の事など考えられなくなればいい。こうして瀬那を感じさせているのは自分だとちゃんと瀬那に刻み付けたいのだ。
 紫苑以外の人間など目に入らぬように。
「ゃ……あ、おねが……も……おか…しく、な……っ」
「俺の手でなら、いくらでもおかしくなればいい」
「シオ…ンちゅ……あぁ…っ、もう…入れ……」
 言葉も上手く紡げなくなった瀬那に笑みを浮かべる。もう、そろそろいいだろう。何より、自分も我慢できなくなってきた。
 瀬那の姿態を見ているだけで感じて、紫苑のものももうすっかり張り詰めている。それをそのままの体勢でゆっくりと押し入れた。
「はっ……ぁ!…ぁああっ…」
 瀬那は吐息のような喘ぎを漏らして紫苑を受け入れる。ようやく求めたものを与えられて其処は蠢き、もっと奥へと紫苑を誘い込もうとする。熱くじっとりと濡れた其処に締め付けられ、紫苑は短く息を漏らした。性急に動きたいのを押さえ込んで、緩く腰を揺する。
「あぁ………もっと……動いて……くださ…」
 この程度では全然足りない、と瀬那は腰を揺らす。
「そう言うな。まだ夜は長いんだ」
「で…も、もう……」
 濡れた瞳が振り返り、紫苑を捉える。終わりのないような快感が瀬那を揺す振っているのが解かる。けれど、それでもまだ応えるつもりはなかった。
「もっともっと、お前を愛したいんだ」
「シオン…中将……」
 乱れた息の下で自分を呼ぶ瀬那にそっと笑いかけて、紫苑はまた少し腰を揺する。瀬那は耐えるようにシーツに顔を埋める。
 瀬那の背中にキスをすると、びくっと体が震える。背骨のところを舐め上げると、体が痙攣するように震え、中の紫苑を締め付けた。
「う…っ…ふ……ぅ……」
「…セナ?」
 瀬那の声の調子が変わって、訝しく思って名前を呼ぶが、応えはない。ぎゅっとシーツを握り締めて、顔を隠している。
「こっちを向け、セナ」
 そう言ってシーツを握り締める瀬那の手を掴んで自分の方を向かせる。そのまま体勢を変えて正常位にする。腕を顔の前に交差させて隠そうとする瀬那の手を掴んで退ける。瀬那の顔から溢れる涙は、先ほどまでの生理的なものとは少し違うようだった。
「どうしたんだ?」
 問いかけても瀬那は首を振るだけで答えない。一体どうして泣いているのかが解からない。確かに随分焦らしているが、その所為だとも思えない。
「セナ…?」
「知ら…な…こん、な……」
 もう一度問いかけると、涙で詰まった声で答えが返ってきた。
「こんな……今まで…だって、なん…ど、も……ある…のに…」
 まるで幼い子供のようにしゃくり上げながら話す瀬那の言葉を聞き漏らすまいと、耳を澄ませる。
「…おかし…ぃ…です、こんな……感じ……なん、て……こんな…知らな……っ」
「…セナ」
「ふっ…ぅ……おか…しい…です」
「何も、おかしいことなんてない。おかしくはないんだ、セナ」
 ようやく、瀬那の言いたい事を理解して紫苑は言う。
「これが当たり前なんだ。お前が俺を好きで、俺もお前を好きで、ちゃんとそうやってお互いに理解して、実感しながら抱き合っているから、そんなに感じるんだ」
 瀬那の涙を拭ってやりながら、紫苑は言葉を続ける。
「ちゃんと愛し合っているから、嬉しいんだ。悦びになるんだ、全てが。大丈夫だから、俺も、お前と同じように感じているから」
 別に何もおかしい事なんてない。むしろ、この場合不幸だと思うことは、本当に誰かを愛して触れ合うことを覚える前に体だけのセックスを覚えてしまった状況にだろう。愛し合うことと体だけを繋げることは別なのだと、そう実感するよりも前に、空虚な行為に慣れてしまったことだろう。
 誰かを愛すること、誰かから愛されることを、同じように感じて抱き合うことが出来なかったことだろう。
「大丈夫だ、何もおかしくなんかない」
 今まで知らなかったのなら、これから知っていけばいい。本当に愛し合いながら抱き合うことの快感を。
「ふ…ぅ……シオン、中将……」
「俺となら、そんな風になっても構わないんだ、セナ」
 そう言って瀬那を抱き締める。繋がったままだからこそより近くに感じるその温もりを。瀬那がしゃくり上げて肩を揺らすのを止めるまで、そのまま抱き締めていた。
「シオン中将…」
「もう、大丈夫か?」
「はい、すみません」
 しっかりと紫苑に焦点を合わせて瀬那が頷く。それでもまだ涙で濡れている瞳が光って綺麗だった。瀬那という男を知れば知るほど愛しいと思っている自分に苦笑する。
 瀬那が思うよりもずっと、自分は彼を愛しているのだ。
「動くぞ」
「え…あ、はぁっ」
 そう言って深く突き上げると、瀬那は掠れ声で答え、涙を一つ零した。
 先ほど限界まで焦らしていた所為か、落ち着き始めていた息もすぐに乱れてくる。また絶え間なく涙が溢れ始めて、瀬那の頬を濡らした。
「や……ぁ、あ……あぁ…ふ…っ」
 紫苑の背にしがみ付いて強い快楽に耐える表情はたまらなく色っぽい。その表情を見ているだけで感じて、もうこれ以上押さえている余裕もなかった。
 荒々しく何度も突き上げて、奥深くへと穿つ。
「あぁっ……あ、ん……もう…あぁ…」
「セナ…」
「あ、ぅ…ぁああああっ!!」
 とうに限界まで来ていた瀬那は、容易く達してしまう。そして紫苑も、収縮し締め付けられた瀬那の中に精を放った。
 ぐったりとしている瀬那の髪をかき上げて額にキスをする。
「大丈夫か?」
「…はい」
 掠れ声で、けれど薄く微笑んで瀬那は頷く。
 荒くなった息を整えながら瀬那はしがみ付いていた手をゆっくり紫苑から離そうとする。体温が離れていくのが惜しくて、紫苑は瀬那を抱き締めた。
「シオン中将?」
「ん?」
「どうしたんです?」
「いや……ただ、お前に傍に居て欲しいだけだ」
「……」
 黙り込んでしまった瀬那の顔を覗き込むと、真っ赤に染まっている。その様子が可愛くて瀬那の顔を上げさせてキスをする。
「ん…っ」
 瀬那は何も言わずキスに応えてくる。また愛しさが溢れ出して、紫苑はゆるりと腰を揺らした。
「あ、ん…」
 思わず、と言った風に甘い声を漏らす瀬那の首筋に口付ける。
「シオン中将っ」
「すまんな、どうも、一回では足りなかったらしい」
「……もう、焦らさないでくださいね」
 苦笑して言う紫苑に瀬那は頬を赤く染めながらそう言って受けいれた。
「ああ、もう、そんな余裕もないからな」
「ぁっ……はぁ…ん」
 甘い息を漏らし始めた瀬那に笑みを浮かべて紫苑は突き上げる。
 そうして長い夜は、瀬那が気を失うまで続いた。




 紫苑が目を覚ますと瀬那はまだ眠っている。しっかりと腕の中に抱き込んだ愛しい温もりをもう一度しっかりと抱き締める。
 昨夜は髄分無理をさせた所為だろう、幾分顔が青い。けれど表情は安らかなものでその何処か幼い表情に笑みを誘われる。
 どうせ今日は来栖に無理矢理休みにさせられているし、瀬那が起きるまでこうしていてもいいだろう。この温もりを手放すのは勿体無い。長い旅を終えて戻ってきた恋人を、今日一日ぐらい独り占めしても誰も文句は言わないだろう。
 来栖もそのつもりで休みにしたのだろうし。
 そして、瀬那の安らかな寝顔を見ているうちに、時間も忘れてしまう。
 随分時間がたったのか、一瞬だったのかも解からない時間が経ち、瀬那がゆっくり身じろぎする。そしてゆっくりを目を開いて、紫苑を捕らえる。
「お早う、セナ」
「……っ」
 言葉を発そうとして、けれど声にはならなかった。
「ああ、無理をしなくていい。昨夜散々啼いたんだ、声など出ないだろう」
 そう言って頭を撫でてやると少し顔を赤くして瀬那は頷いた。
「今水を持って来よう」
 そう言ってベッドから出て立ち上がる。窓の外を見ればもう随分日も高いところまで上がっているようだった。
 コップに水を入れて持って来てやると、瀬那は体を起こそうとするが、思うように体が動かないらしく、少し体を上げて顔を顰めた。
「無理をするな。起き上がるのも辛いんだろう」
 そう言ってコップに入れた水を口に含み瀬那に口移しで飲ませた。
「んっ……」
 ゆっくりと水を嚥下して、瀬那はふぅ、と息を吐いた。
「すみません」
「謝らなくていい、無理をさせたのは俺なんだからな」
「私も、望んだことです」
 まだ声は少し擦れていたが、それでもしっかりとした答えが返ってくる。
「まだ、水はいるか?」
「起こしてくださいませんか、自分で飲みます」
 紫苑の問いかけにそう応える瀬那の背を支えて抱き起こす。そうして水に入ったコップを手渡すと、両手で持って飲み干した。
「シオン中将…」
「ん?まだ水が欲しいか?」
「いえ、今日はお仕事はよろしいんですか?」
「ああ、気にすることはない。今日の俺の任務はお前が連隊長になるように説得することだからな」
 そう言って笑うと、瀬那は少し表情を曇らせる。
「受け入れてくれるんだろう?」
「それは……………はい」
 紫苑の問いかけに随分と迷っていたが、それでも諾の答えが返ってきてほっとする。
「それじゃぁ、これからよろしく頼むぞ、セナ准将」
 そう言って新しい階級つきで呼ぶ紫苑に瀬那は少し笑みを浮かべた。近衛連隊長は准将以上のものでなければなれない。つまり、今まで特に階級を持たなかった瀬那も連隊長を受け入れたことによって必然的に一番下位でも准将になる。
「こちらこそ、よろしくお願いします。シオン補佐官」
 そして瀬那も紫苑を新しい役職名で呼んだ。
「でも…やっぱり私の方が好きだと思います」
「まだ言うか…昨夜嫌と言うほど教えた筈だが、まだ足りないか?」
「そういう、訳では……んんっ」
 不満そうに漏らした瀬那に笑って紫苑はキスをする。瀬那は知らないだろう、この愛情が増えていくばかりで、自分でもどうしたらいいか解からないほど瀬那を愛しいと思っていることなど。自分の感情すら持て余してしまうほど愛しているなど。
 それこそ、四六時中触れていたいと思うほど。
「解からないのなら、もう一度教えてやる」
 そう言って太股を撫で上げると、瀬那は慌てて腰を引く。
「え…ぁ、待ってください、いくらなんでも、もう…」
「そうは言っても、まだ解かっていないんじゃな。また教えてやるしかないだろう?俺がどれ程お前を愛しているか。愛しているからこそ、こんなにもお前が欲しいんだと」
 瀬那をベッドに縫い付けて首筋に唇を寄せ、吸い付いた。昨夜の名残が全身に散らばり、それがまた紫苑の欲を刺激した。
「教えてやる。何度でも何度でも。そしてその度にお前が好きになるんだから」
「あ…んっ……はぁ…っ」
 紫苑の愛撫に最早言葉で応えることは出来ずに、瀬那は喘ぎ声を返した。
「俺がこの世で一番愛しているのはお前で、この世で一番お前を愛しているのは俺だと、忘れることなく刻み付けてやるよ」
 これからも、きっと増えていくばかりの愛だから。
 二人の新しい生活は此処から始まって、もっともっとお互いのことを知っていくのだから。



Fin





小説 B-side   Angel's Feather TOP