幸せな時間



 夜、遅くなって部屋に戻ると、部屋の前にクリスが居た。
「クリストファー様?こんな時間にどうなさいました?」
 クリスがこの部屋を訪ねてくるのは珍しい事ではないが、こんな時間ともなると話は別だ。もう日付も変わっている。
「おう、ちょっとな。入れてくれよ」
「ああ、はい。どうぞ」
 クリスの言葉に頷き、部屋に招き入れる。
「でも、本当にどうしたんですか?」
「お前さ…」
「はい?」
「シオンと付き合ってんの?」
「えっ?」
 クリスの言葉に驚いて、セナは目を見開く。
「やっぱりそうなんだな?何で隠すんだよ」
「それは…」
 負い目があるからだ。紫苑は初め、クリスが好きだった。それがいろいろあって、セナを好きだと言ってくれるようになった。だからこそセナはクリスから紫苑を奪ってしまったように感じてしまうのだ。紫苑はクリスに正直に言おうと言ったが、セナは躊躇い、黙っていて欲しいと頼んだのだ。
 気づかれずに居られる筈はないと解かってはいても。
「セナ?」
 クリスは真っ直ぐセナを見つめてくる。セナはクリスと視線を合わせられない。
「そんな顔してっと襲うぞ?」
「え?」
 突然のクリスの言葉にはっとして顔を上げると、避ける間もなくキスされる。
「クリストファー様?何を…」
「なぁ、あんなおっさんやめて、俺にしねえ?」
 そう言ったかと思うと、クリスはセナを近くのソファに押し倒した。あまりに突然で予想外の事態に、セナはついていけず、クリスのされるがままになる。
 そしてもう一度キス。今度は先刻のよりも深く。抵抗しなければならないと本能的に思っているにも関わらず、理性は状況についていけず、身体は動かなくなってしまう。
「クリストファー様…。ご冗談は…」
「冗談じゃないぜ?俺は本気だ。お前が好きだ。セナ…」
 その言葉と共にまたキスが下りてきて、そこから唇はセナの首筋、鎖骨へと向かっていく。セナはその感触にびくりと震えた。抵抗らしい抵抗も出来ず、セナはぎゅっと目を瞑った。
「クリストファー…様っ」


 そしてその頃の紫苑はと言えば…。
 宿舎の廊下を彷徨っていた。腕を組んで考え込みながら廊下を歩く。
 もう夜も遅い時刻だ。こんな時間に部屋を訪ねるのは非常識だろう。しかし恋人同士なのだから別にこんな時間でも構わないだろうか。セナならきっとどんな時でも歓迎してくれるに違いない。しかし、だからこそ疲れていても顔には出さないだろう。
 その恋人がクリスに襲われているとは露知らず、さっさと部屋に行けばいいものを、考え込んで廊下を歩いている。それでも足はセナの部屋に向かっている。歩くスピードがとてつもなく遅いだけで。
 見るものが見れば、国の政治か何かの事で真剣に思い悩んでいるのだろうと思うだろう。この事実を知ればシオンに憧れて近衛兵に志願した約半数が失望するだろう。そして、セナに憧れて近衛兵になった者の九割近くを敵に回すことになるだろう。残りの一割は激しく共感するかも知れないが。
 ある意味国政を二つに割れさせかねないが、幸か不幸かそのことは誰にもしられることはない。
 そして何だかんだと考えながらとうとうセナの部屋の前に着く。
 それでも部屋に入るか思いあぐねていると、部屋の中から妙な物音となにやら人の言い争うような声が聞こえた。
 何かあったのだろうか?
 セナにもしものことがあればたまらない。紫苑はドアを開けた。
「セナ?何かあっ………」
 そして中の様子を見たとたんに紫苑は固まった。
「ちっ」
 クリスの舌打ち。それでも紫苑は動けない。思考が停止している。
 それも無理はないだろう。愛しい恋人がかつての想い人に押し倒されている姿など、誰も見たくはあるまい。
「邪魔が入ったか」
 この場で一番平然としているのはクリスである。セナの上に乗っていた身体を起き上がらせながら呟く。
「しゃあねぇな。セナ、また今度な。乗り換えるんならいつでもいいぜ」
「あ、あの…」
「シオン、そういうことだから、負けねぇぜ?じゃあな」
 そう言って元凶のクリスはあっさりと部屋を出て行った。
 紫苑はあいも変わらず固まっている。
「シオン中将…大丈夫ですか?」
 セナは紫苑を気遣い、声を掛ける。普通なら立場は逆である。なんとも情けない。
 紫苑はようやく冷静な判断を取り戻してきた。
「いや、お前の方こそ大丈夫なのか?」
「ええ、私は平気です」
 セナは少し微笑んでみせる。ふと、紫苑の視線がセナの胸元を捉える。其処につけられたキスマーク。所有印。
「シオン中将?どうかなさいましたか?」
「いや、思ったより腹の立つものだと思ってな」
「え?」
 疑問を返すセナの胸元に紫苑は口唇を寄せた。
「シオン中将…?あのっ…」
「キスマーク。こんなものをつけられて…」
 そう言って紫苑はその上に吸い付く。セナはびくりと震えた。
「クリストファー様にこんなことをされて、お前は感じたのか?」
「そ…れは…っ」
「感じたんだな?まぁ、お前は感じやすいからな」
「シオ…ん、んっ…」
 口付けられ、セナは思わず目を閉じる。舌を絡めとられ、何もかも飲み込まれるようなキスに、セナは紫苑の背に縋る。
「セナ、お前は俺のものだ。違うか?」
「いいえ、違いません。この身も心も全て、貴方のものです」
「だったら、誰にも触れさせるな。例えそれがクリストファー様でも」
「シオン中将…。ひょっとして、嫉妬してくださったんですか?」
「ああ、そうだ。悪いか?」
 憮然とした顔をして言う紫苑にセナは笑みを零した。
「いいえ、嬉しいです」
「嬉しい?」
「ええ、貴方が私を想っていて下さるのだと、感じることが出来ますから」
 紫苑は怒っていた筈なのに、セナが本当に嬉しそうに言うものだから、もうどうでもいいという気分になる。
「当然だろう。俺はお前の恋人なんだ」
「ええ、それはそうですが…」
「俺はいつもお前に会いたいと思っているんだ。毎日、いや、一日中ずっとお前をこの腕に抱いていたい」
「シオン中将…」
 紫苑の言葉にセナは薄く頬を染めた。その様子が堪らなく愛しい。
「セナ…」
 名前を呼びキスをすると、セナは目を閉じて積極的に応えてくる。シャツの下に手を滑り込ませると、セナの滑らかな肌を撫でた。
「シオン中将、あの、ここで…?」
「嫌か?」
「いえ、でも、すぐ隣に寝室が…」
「我慢できない」
 そう言ってソファに押し倒した。セナは一瞬慌てるが、それでも抵抗はしない。それに気をよくして、セナの着ている服を全て脱がせた。
「あの、明かりを…」
「このままがいい」
「でもっ…んっ、…ぁ…」
「お前の感じている顔をよく見たいんだ」
 中心に触れると、セナは思わずという風に目を閉じた。頬を赤く染め、睫を震わせている。
 それが可愛くて、もっと感じている顔が見たくて愛撫を強くする。
「んぁ…っ、シオン…中将…っ」
 紫苑の名前を呼び、薄っすら潤んだ瞳を見せた。それが紫苑の理性を根こそぎ剥ぎ取っていく。
「セナ…っ」
 指を最奥へと向かわせる。一本そこへ潜り込ませると、じっとりと汗で濡れている。熱く蠢く其処に性急に指を二本に増やした。
「んっ…ふ…」
「辛いか?」
「いえ、大丈夫です」
 セナは少し眉を潜めながら、それでも微笑む。紫苑は性急に進めたいのを押さえ込んで、ゆっくりと指を動かし解していく。
「シオン中将…もう…お願いです」
「まだ早いだろう」
「でも、もう我慢でき…なっ…」
「しかし…」
「お願いですから…」
 セナの切なげな声に、紫苑は頷く。実際紫苑ももう我慢できないところまできている。
「じゃぁ、行くぞ」
「はい」
 頷くセナに、紫苑はゆっくりと自身を押し進めていく。
「んっ…ぅ…は、ぁ…」
 きつそうに眉を顰めながら、それでも受け入れようと息を吐く。汗が滲む額にキスをしながら、全てを納める。
「大丈夫か?」
「ええ…。大丈夫…です、から。動いてください」
「ああ」
 紫苑は頷き、動き始める。セナの感じる場所を掠めるようにしてやると、辛そうに吐いていた息が次第に甘いものに変わっていく。
「ああ…っ、ん、ふっ…ぅ…」
 甘く掠れた声が紫苑を高ぶらせる。それに突き動かされるように、動きを激しくしていくと、背に腕を回して縋り付いてくる。
「あっ、あぁ…、んっ…あ、ぅ……シオン…中将…っ」
「セナっ」
 紫苑はセナをしっかりと抱きしめる。薄く開かれた唇にキスをすると、舌を絡ませる。深く、一番近いところに繋がっている快感に、抱きしめる腕を強くする。
「ふ…んんっ…ぅ…」
 セナの視線が紫苑を捉える。涙の滲む瞳から、セナも同じように感じているのが解かる。
「シオン中将…」
 セナは嬉しそうに微笑みながら紫苑を呼ぶ。前に触れて扱いてやると、セナはしっかりと銜え込んでいる紫苑を強く締め付けてくる。
「んっ…あ…シオン中将…もうっ…」
「ああ。セナ、イっていいぞ」
 動きを更に激しくして、最後に思い切り突き上げた。
「ぁ、ぁあああ…っ!」
 セナが一際高い声を上げて達すると同時に紫苑もセナの中で果てる。
 ぐったりとして余韻に浸っているセナを抱きしめ、頬にキスをする。セナはそれに応えるように微笑み、それから目を閉じてそのまま眠ってしまった。
 紫苑は眠ってしまったセナをベッドに運び、自分もそこで一晩を過ごした。



 翌朝セナが目を醒ますと、キッチンの方からいい匂いが漂ってきた。
「セナ、起きたのか。朝食の用意をしたんだが、食べるか?」
「あ、はい。すみません、ベッドに運んでいただいたのに、朝食の用意まで…」
「気にするな。昨夜は無理をさせたからな。身体は大丈夫か?」
「ええ、平気です。それにあれは私も望んだ事ですから」
 微笑んで言うセナが可愛くて、思わず頭を撫でてやると、今度は照れたようで頬を薄っすらと染めて俯いてしまった。その様子に紫苑は微笑む。
「今から暖めなおすから、先にシャワーを浴びて来い」
「はい」
 セナは頷いてベッドから降りて立ち上がるが、ふら付いてしまう。紫苑はそれを支えてやりながら言った。
「何なら、浴室まで抱いていってやろうか?」
「なっ…」
 紫苑の発言にセナは顔を真っ赤に染めた。
「一人で行けますっ」
 少し拗ねたような顔がまた可愛くて、紫苑はセナにキスをする。
「シオン中将…」
「何だ?」
「誤魔化されたような気がします」
 頬を染めながら、セナは困ったように言う。
「そんなことはないさ」
「そうですか?」
「ああ」
「じゃぁ、それはそれでいいですから、もう一度キスしてくださいませんか?」
 セナのその言葉に紫苑は笑みを深くする。
「ああ、いくらでもしてやるよ。お前にならな」
 紫苑はそう言ってセナにもう一度キスをする。
 そして二人は甘い朝の時間を過ごしたのだった。



Fin





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