The flow of lonesomeness



 遊星学園は一応は平和な様相を保っている。
 元々暢気な学園ではあるのだから、学園長が変わったことによる最初の違和感にも慣れはじめれば何だかんだでみんなもとの日常に戻っていくのだ。
 ただ、榊原乱の着任によって、瀬那の生活は大いに変化してしまったが。
 生物準備室で授業の用意をしていると、背後に人の気配を感じた。振り返ると其処には榊原が立っている。
「榊原先生…いらっしゃるのなら声をかけてくださればいいのに」
「いえ、貴方がこうして働いている姿を見るのも悪くないな、と思いまして」
 少し揶揄を含んだ口調でそう言う榊原に、瀬那は眉根を寄せた。榊原が瀬那にこうしてふざけた物言いをするのは珍しくないが、その内容は色事染みたものが多く、あまりいい気分はしない。
 大体、背後に来るまでわざと気配を消していたのもいただけない。
「何か御用ですか?」
「ええ」
「何です?」
「今夜、部屋に伺わせてもらっても構いませんか?」
「……いつもは許可も取らずに来るでしょう」
「そうするといつも怒られるので」
 口元に笑みを刻んで言う榊原に、瀬那は深々と溜息を吐いた。
「ドアを、閉めてください」
「ああ、失礼」
 この会話を誰かに聞かれていてはたまらない。学生というのは好奇心の塊で、少しでも普段と違うものを見つければ忽ち噂が立ってしまう。何より、全寮制であるために、昼も夜もあわせる顔は同じで刺激に乏しい。だからこそ、余計にそういう刺激に飢えている。
 榊原は悪びた様子もなく詫びて、ドアを閉めた。
「それで、行っても構いませんか?」
「駄目です」
「…」
「と、言えば来ませんか?」
 瀬那の言葉に、少し目を見開いて、それから失笑を漏らした。
「行くかも知れませんね」
「だったら言うだけ無駄です」
 そう言ってまた作業を始めようとすると、不意に背後から抱き締められた。
「榊原先生、離して下さい」
 あからさまに邪険にして瀬那がそう言っても、榊原は気にした様子もなく瀬那の耳を甘噛みする。
「っ!」
 瀬那が少し身体を震わせると、榊原は面白そうに喉を鳴らした。
「離して下さい」
 そう言って榊原の腕を振り払う。振り返って睨みつけても、榊原は気にした様子もなく笑いながらまた瀬那の腰を掴んで抱き寄せた。
「悪ふざけもいい加減に…」
 いい加減にしろ、という言葉はそのまま榊原の唇に飲み込まれた。其処までくれば振り払っても無駄だろう。好きにさせておくしかない。思うように瀬那の唇を貪る榊原に抵抗するのをやめ、受け入れる。すると、調子に乗って口内に舌が潜り込んできた。
「ん…っ、ぅ…」
 執拗に絡み付いてくる舌が瀬那の息を乱す。それでも、横目で時計を見ながら次の授業まであとどれぐらいか計算する。
 元々あまり時間は無い。キスだけで満足してくれればいいが…。
 そう考えているのが伝わったのか、榊原が口唇を離した。
「そう他所事を考えられると、興醒めですね」
「授業があるんです」
 唇を袖で拭いながら瀬那が言うと、榊原も時計を見た。
「では、今夜。先程の分まで含めて戴きましょう」
「そうですか。では、急ぎますので榊原先生も早く出てください」
「つれないですね」
「貴方を相手に愛だの恋だのと言うつもりはありません。あくまでも性欲の処理と気分転換が目的ですから。それ以上を求められても困ります」
 そう言って荷物を纏めると部屋を出る。
「では、これで」
 そのまま次の授業のある教室に向かう。榊原がどんな表情をしているか見た訳ではないが、大体想像はつく。何処か面白そうな、人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべているに違いない。榊原のああいう言動はあくまでも冗談の延長線上にしかなく、本気にするだけ馬鹿らしい。
 榊原と身体の関係を持つようになって、暫く立つが、大分榊原の傾向が解かってきた気がする。
 機嫌のいい時は、執拗に、それこそ嫌と言うほど瀬那を追い詰めてくるし、機嫌の悪い時は愛撫もそこそこに乱暴に抱かれる。元々機嫌の良し悪しに関係なくろくな抱き方をしない。
 恐らくは若林学園長を相手の時はこうまで捻くれた抱き方はしないのだろうが。
 むしろその分の憂さ晴らしが瀬那に回ってきているのか。
 それでも榊原との関係を続けている自分に呆れてしまう。いや、むしろそれを望んでいるのかも知れない。乱暴にされれば、それだけ何も考えずに済むから。
 やめる気もないのに、こんなことは考えるだけ無駄だ、と瀬那は溜息を吐いた。



「んっ……あぁ……」
 榊原を最奥に受け入れながら、今日は一体どうしたのか、と瀬那は戸惑っていた。思いの外優しい愛撫、気遣うような指先。
 何もかもが今までと違う様子に、どうすればいいのか解からなくなる。まるで、恋人にするような優しい仕草、これも榊原の新しい趣向だろうか。
 いつもはあまり乱さない衣服も、今日は上着を脱ぎ捨て、ワイシャツも半ばまで肌蹴ている。まぁ、それでも今の瀬那に比べれば乱れていないと言うべきか。瀬那は疾うに榊原の手で何も纏わぬ状態にされてしまっている。
 榊原の唇が、瀬那の肌を這う。胸元に吸い付かれ、びくりと身体が跳ねた。
「ぁ、あっ!……榊原……先生……」
 緩やかな動きで中を掻き回され、体中が快感で埋め尽くされている。触れてくる手がいつも以上に優しいのが尚のこと瀬那を感じさせる要因になっているのかも知れない。
「ラン…と」
「……え?」
「今は、ランと呼んでくれ」
「……?」
 懇願するような響きに眉を顰める。名前まで呼んでしまえば、本当に恋人同士のようではないか。大体、こんなことを言うのは榊原らしくない。
 けれど、そう言う榊原の自分を見る目は真剣で、取り立てて拒絶する理由も無い。しょうがない、と笑って名前を呼んだ。
「ラン……」
 そうすると、どう思っているのか判断できない表情をして榊原は瀬那を突き上げてきた。
「ぁんっ……あぁ……あふっ……」
 激しい突き上げに、理性が根こそぎ持っていかれそうになる。榊原の背に腕を回して縋りつく。榊原の顔からも理性が消え、雄の本能だけが剥き出しになっているようだった。
「あぁ……ぁ………ラン……ラ…ン……」
「っ……」
 激しい快感に思わず榊原を締め付ける。それに一瞬息を呑んだかと思うと、更に激しく突き上げてくる。突き上げられるままに身体を揺らす瀬那の胸にキスを落としながら、そのまま絶頂まで上り詰める。
「ぅ…ぁ、あ……はぁ……」
「…………セナ……」
「っ!…ぁ、ぁああ!!」
 最後の最後で名前を呼ばれ、驚きに息を詰めたとき、一番奥深くへと突き上げられて達した。それとほぼ同時に榊原も瀬那の中に精を吐き出す。
 息を整えながら、本当に今日は一体どうしたのか、と問おうかと思った。しかし、それを聞くのも何故だか憚られる。何より、榊原に何かあったとしても、自分には関係ない。もともと身体だけの関係で、それ以上でもそれ以下でもない。瀬那がそのことを気にする必要はないのだ。
 気にはなるが、どうしても聞かなければいけないことではない。
 榊原も、乱れた息を整えて瀬那を見ていた。その瞳が不意に暗い光を放った気がした。嫌な予感がして体を引こうとするが、その前に体を掬い上げられた。
「榊原先生っ!何を…っ」
「今はランと呼んでくれ、と言っただろう」
「そんなことはどうでもいいですっ、一体何を考えてるんですか。下ろしてください!」
「中に出してしまったからな、たまには洗ってやろう」
「そんなことは自分でしますっ」
「いつも面倒だと文句を言ってるじゃないか。だから今日は私が」
「別に貴方にそんなことをして欲しくて言ってる訳じゃありませんっ」
 そんなことを言いながらも、確実に榊原の足は浴室へと向かっている。多少瀬那が暴れてもびくともしない。
「いいから、言うことを聞いて大人しくしていろ」
「―――――っ馬鹿力」
 榊原の言葉にこれ以上何を言っても無駄だと思い、最後にそう呟くとくすっと笑う声が聞こえた。大して身長差がある訳でもないのにこうも軽々と抱き上げられると、そう言うしかないだろう。
 そのまま浴室まで運ばれる。ようやく下ろされてほっと息を吐くと、榊原が蛇口を捻り、シャワーを出した。
「…服が濡れますよ」
「じゃぁ、脱いでしまおう」
 瀬那が言うと榊原はそう言って本当に全て脱いでしまった。裸になった榊原を見るのはこれが初めてだった。鍛えられ、しっかり筋肉のついた体を見て、瀬那は目を細めた。
「どうかしたか?」
「いえ…別に」
 問われて、瀬那は視線を逸らす。きっちりと鍛えられた体だとは思ったが、こうも目の当たりにすると、何だかおかしな気分がする。
 紫苑ほどではないが、瀬那よりは腕も太く、力強い。自分とは違う鍛え方をしているのだろう。
「…伊達眼鏡なんですか?」
 服と一緒に眼鏡も外してしまった榊原に問いかける。
「お互い様だな」
「…」
「だから、こうしていてもお前のことがよく見える」
 そう言って瀬那の内股をすっと撫で上げた。びくっと体を震わせると、くすりと笑う声が聞こえた。熱いシャワーが瀬那のいつもは整えている髪を洗い流していく。
 シャワーで濡れた肌に手が這わされる。感じやすい場所にわざと掠めるように触れられて、その度に体を震わせる瀬那を榊原は面白そうに見つめている。
「体を…洗ってくださるのではなかったんですか?」
「だから、洗っているだろう?」
「それのどこが…んっ…」
 言っている傍から胸の突起に触れられて息を詰めた。
「どこが、洗っているって言うんですか…」
 睨み付けてそう言うと、また低く笑う声がした。そしてボディソープを手につけ、また瀬那の身体に触れる。
「これで、文句はないな?」
「…っ」
 確かに、洗っているそぶりは見せるものの、その手はわざとらしく瀬那の感じるところを撫でていく。何より、ボディソープでよく滑るようになった手は尚更瀬那の性感を煽り立てた。
「んっ…ふ…ぁっ」
 唇を噛み締めて声を堪える。感じていることを榊原にあからさまに見せることも嫌だったし、浴室という、音の響く環境で声を上げるのも嫌だった。けれど、その反応が尚更榊原を面白がらせてもいるようだった。
 あちこちに触れている手が、太股の内側を撫で、瀬那の中心に触れた。既に熱を持ち始めたそれを握り込まれて、抑え切れない声が漏れた。
「あぁっ!」
「此処も、ちゃんと洗わないといけないな」
 そう言ってボディソープのついた手でそこを洗う。けれど、ぬめる感触にどうしようもなく感じて、すっかり発ち上がり、先走りを流し始めた。
「ああ、ダメだな。洗っても洗っても汚れていくじゃないか」
 笑みを含んだ声で揶揄する榊原を睨みつけるが、効果がないことは解かっていた。
「誰の、所為だと…」
「お前が淫乱な所為だろう?」
「んぁっ……ん、く…」
 強く扱かれて必死に声を抑えるが、それでも鼻から抜けていく息は甘く浴室に響いた。
「仕方ないな。じゃぁ、こちらを先に洗おうか」
 そうして榊原が最奥へと手を伸ばす。指を二本突きいれ、中身を掻き出すように動かされると、どろりとした液体が、浴室のタイルを汚した。榊原の指は何度も中を掻き回して、わざと瀬那の感じる場所に触れていく。
「あっ……んんっ……ふ、ぁ…」
「いい加減、素直になったらどうだ?」
「貴方に、言われたくな……あ、やぁっ!」
 榊原の言葉に反論しようとすると、感じる場所を指で引っかかれて悲鳴が漏れた。
「今の自分が反論できるような立場だと思っているのか?」
「ん…ぅ、ぁ…」
「素直になったら、もっと優しくしてやれるんだがな?」
「貴方に…優しくされても、気持ち悪いだけですっ」
「ふん」
 榊原は軽く鼻を鳴らすと、瀬那の腰を持ち上げ、其処に自分自身を突きたてた。
「ん、く、んんっ!!」
「強情、だな」
 意地だけで声を堪えると、そう言われた。片方の手で腰を掴まれ、もう片方の手が軽く胸元を撫で上げた後、口に指が押し込まれた。
「は、ぁ……ぁあっ」
「声を出せ、抑えるのは勿体無い」
 そう言うと、榊原は思い切り突き上げてくる。
「ぁあっ…はぁ……あぁ…ぐっ、ぅ」
「っ」
 そのまま榊原のいいようにされているのは面白くない。そう思って思い切り指を噛むと、小さく苦痛の声を漏らして、指を離した。
「全く、油断ならないな。だったら、声を抑えられなくなるまで感じさせてやる」
 そうしてまた深く突き上げられる。何度も突き上げられ、手で快感を煽られる。
「ん、んんっ……ん、く、ぅ…」
 シャワーの音で流せない吐息が浴室に響く。突き上げられるたびに深い快感が背筋を駆け抜けていく。そうして、達する直前まで追い詰められたところで、前を握られ、戒められた。
「や、ぁ!……んんっ!!」
「ほら、素直になれば開放してやるぞ?」
 そう言ってまた奥深くまで突き上げられる。開放されない快楽は瀬那の体中を駆け巡り、放出を促すが、それが許されずにまた深い快感に落ちていく。
「ん、ぁ…はぁ…ぁ……」
 強い快感に、ギリギリ繋ぎとめている理性が切れる。本能的な欲を抑えることはもう出来なかった。
「榊原…せん、せ……ぁあ…」
「ラン、だ。言っただろう?」
「…ラン、ラン……もう……あぁっ!」
 瀬那を戒めていた手がようやく離れる。そしてまた何度も突き上げられ、奥を抉られ、体中が快感に染まっていく。
「良い子だ…それでいい」
「あぁ…あ、んっ…は、ぁ!」
 背中に榊原の唇が触れ、きつく吸い上げられる。チリチリとした痛みさえも快感に繋がっていく。
「ああ…や、ぁ……ふ……あ…もう、い…っ」
「っ!」
「ぁ、あああああっ!!!」
 既に臨界点を越え、思い切り榊原を締め付ける。そして、榊原の熱が自分の中に放たれたのを感じて、瀬那も達する。
 一瞬目の前が真っ白になって、ぐらりと身体が崩れそうになるのを榊原の手が支えた。
「大丈夫か?」
「は…い……」
 優しく声を掛けられるのは不思議な気分だったが、それでも大丈夫なのは確かだった。
 暫く息を整えていると、不意に体勢を入れ替えられた。突然タイルの上に押し倒されて、そのひやりとした感触に肌が粟立つ。
 その体勢のまま、榊原は暫く瀬那の顔をじっと見つめていた。
「…ラン?」
 問いかけると、ふっと笑みが返って来た。そして軽く腰を揺すられた。
「んっ…な、ちょっと……っ」
「昼間の分をまだ受け取っていなかったからな」
「まだ、足りないんですか…」
「ああ、悪いか?」
 そう言って突き上げられる。
 最早文句を言うことも出来ず、思考の全てを快楽の中に沈めていった。
 この行為がいつ終わったのか、その後どうなったのかも全て解からぬまま…。



 気がつくと夜はもうすっかり明けていた。
 身体を起こそうとするが、軋む様な痛みにそれを諦めた。
 今日は土曜日で授業はないからそれはいいのだが、翌日まで支障を来たすような抱き方をするのは矢張り榊原らしくない。
 相変わらず事後処理も、何もかも全て済ませてから帰っていくのはこの際有難い。全身がだるくて暫く動けそうにはなかったし、もし誰か生徒が入ってきて明らかに情事の後が残っていたら言い訳はきかない。
 ベッドから起き上がれないだけだったら、体調不良だろうと何だろうと適当に誤魔化せるだろう。
 それにしても、本当に昨日の榊原はらしくなかった、と思う。
 一つ一つ行動を思い返してみても、何と言うか、統一性のない曖昧な印象ばかりが残っている気がする。まるで恋人同士のように優しく抱いて、名前で呼ばせようとしたり、身体を洗うと言って無理矢理浴室まで連れて行けば執拗に抱く。
 一体何がしたかったのか…と考えて、ふと思いつく。
 もしかしたら……素直じゃない榊原だからこそ、もしかしたら…そうやって無理を押し付けて、それでも受け入れられることを望んでいたのだとしたら。
 甘えたかったのかも知れない。
「まさか…ですよね」
 榊原が自分に、とそう思うことは酷く己惚れている様な気がする。けれど、もしそうだったならば、榊原らしい不器用さには何となく笑みを誘われる。
 もし、そうだったなら、きっと自分はもう、彼に嫌とは言えないだろう。
 心の何処かで染み出した何かが、確かに瀬那の中の榊原に対する感情を変えていっている。その緩やかな時の流れとともに、寂しさを少しずつ溶かしながら。



Fin





小説 B-side   Angel's Feather TOP