夢の庭4.5



 部屋のドアを開けると、ベッドの上で眠っている瀬那の姿が目に入った。
 軽く目を見開き、笑みを零す。此処に来たばかりの頃は眠ることすらも出来ないで居た。進歩と呼ぶべきか、後退と呼ぶべきかは怪しいが。
 ランがベッドまで近づくと、ふっと瀬那が目を覚ました。
「起こしたか」
「……」
 沈黙して答えないまま、瀬那は身を起こした。
 ランはそのままベッドに腰掛ける。瀬那の頬に手を伸ばし、視線を合わせる。
「眠れるようになったか」
「こうして、遠くなっていくんですね」
「…お前が決めたことだろう?」
 未だに後悔の残滓が瀬那を苛む。それを解かっていながらランは問いかけた。瀬那は強く拳を握り締め、唇を噛んだ。
 これ以上期待したくないから此処に来たのに、けれど彼らから離れた後悔は瀬那を苛み続けている。そして、その痛みを忘れるために、何も考えないようにと思考を段々と鈍くしていく。
 これは、後退なのだろうか。
 瀬那はランの腕を掴んで縋る。
「貴方を殺せば、また戻れるのでしょうか・・・」
「お前に、俺が殺せるのか?」
「…っ」
 言ったのは自分なのに、ランが返せば、怯えたように視線を上げた。ゆるゆると首を振り、ランから手を離してベッドの上を後退る。
 解かっている。今ランを失くせば、それこそ瀬那は縋りつくことも出来ず、居場所を失ってしまうだろう。ランは瀬那の腕を掴み、囁いた。
「来い、忘れさせてやる」
 ランの言葉に、一瞬の戸惑いを見せた後、瀬那は縋るように腕を回してくる。
「抱いて、ください…」
「ああ」
 笑みを浮かべ、髪を撫でると、何処かほっとしたような、泣きそうな顔で笑った。愛してやると約束した。そして紛れも無く、自分は瀬那を愛している。決して、同じだけの愛情を瀬那が持っていなくとも、こうして瀬那が自分だけのものであるのならば、いくらでも愛してやれる。
 瀬那にキスをすると、薄く唇を開き、誘ってくる。舌を割り込ませ、口内を嬲ると、瀬那は背を震わせてもっと近くへと誘うように抱きついてくる。
「んんっ…ふ…」
 漏れる吐息は甘く、ランを誘う。愛しいと思う分だけ抱いてやろう。そうして、抱いていてやる間だけは、彼らのことを忘れられるのだから。
 ゆっくりとベッドに押し倒し、Yシャツの裾を捲り上げた。瀬那が普段着ている軍服は、外に出るときは着ているものの、この部屋に居る限りは殆どYシャツにスラックスだけだった。ランも、それ以外の着替えは用意していない。
 どうせすぐに脱がすことになるからだ。
 瀬那の肌の感触を確かめるように触れながら、ゆっくりと性感を煽っていく。首筋に噛み付くとびくりと身体を震わせて、目を瞑る。
 下肢に纏っているものはさっさと取り払い、太股に触れる。吸い付くような肌の感触に、笑みを零しながらゆっくりと撫で上げると瀬那は熱い吐息を零した。
「…ラン……は…あ…」
 ゆるやかに愛撫を繰り返しながら、瀬那を追い上げていく。次第にもどかしげに身体をくゆらせる瀬那に、意地悪く笑いかける。
「どうした?」
「お願いです…もっと……」
「もっと、何だ」
「強く、して……焦らさないでください」
「焦らしているつもりはないがな」
 不満げな表情の瀬那に笑いながら、軽く足を撫でてやるとまたびくっと震える。
「これでも十分感じているだろう?」
「忘れさせてくれると、言ったでしょう…?これでは、足りません……」
「我侭だな」
「愛してくれると、言ったでしょう?」
 縋って、縋って…他に何にも縋るものがないから、瀬那は強くランを欲するのだ。切実な願いが込められた言葉に、ランは笑みを返して、望んだように言葉を返した。
「愛している。心配せずとも、永遠に変わらぬ愛をお前にやると約束したんだからな」
「だったら、もっと…」
「仕方ない」
 そう言うと、瀬那の中心を掴み、扱き上げた。直接与えられた快感に瀬那はランの背にしがみ付き、甘い喘ぎを零した。
「んっ…あ、ぁ…」
「こうしている時のお前は、可愛いな・・・」
「あ…っ、ラン…ラン……!」
 瀬那は強くランに縋りつき、そのまま快楽に身を任せ、理性を手放した。
 そうすることでしか、生きられなくなっていた。



 ウィンフィールド城に身を置いて数日、瀬那の姿を見るものは誰もがその姿に惹かれ、欲を持った眼差しで見つめるようになった。
 それだけの色香を撒き散らし、けれど誰も手出しをしないのは、それがランの物だと知っているからだった。
 けれど、解かっていながらランの居ぬ間に近づく輩も多い。
 何よりも、ランは普段レイヤードの傍に居ることが主で、瀬那の近くに居る時間は夕方から夜にかけての間ぐらいだ。昼の時間を狙えば容易く瀬那に近づける。
 まぁ、だからと言って簡単に手を出せる相手でもないのだが。
 瀬那の部屋の前に着いた時に、バタンッと勢いよくドアが開かれ、黒い翼の兵士が一人慌てて飛び出してきた。
「ひッ、ひぃ〜ッ!!」
 逃げ腰で壁際に尻餅をついて怯えているその兵士の様子に、ランは軽蔑の眼差しを向ける。一体何があったかは想像に難くない。
 ドォンッと大きな音を立て、建物全体が揺れる。
「人のものに手を出そうとするからだ」
 呟き、部屋の中に足を踏み入れる。その瞬間に攻撃魔法がランを襲う。予期していたそれを軽く弾いて止める。
「さっさと去れ。二度と手を出さないなら今回は大目に見てやる」
「は、はいぃッ!!」
 ずっと部屋の外で尻餅をついていた男にそう言うと慌てて頷いてその場から逃げ去ってしまう。
 瀬那の様子を見ると、ベッドの上でYシャツの前を右手でしっかりと掴んで、怯えと怒りの混じった表情でランを見た。どうやらYシャツのボタンは飛んでしまっているらしい。
「セナ、部屋ごと壊すつもりか?」
 名前を呼ぶと、びくっと身体を揺らした。瀬那に近づき、頬に手を添えると、表情が緩みランに抱きついてくる。
「私は、貴方のものです。貴方だけのものです」
「…ああ」
「貴方以外には、抱かれたりしない」
「それでいい。お前は俺のものだ」
 瀬那を抱き返してやりながら、そっと背を撫でる。解かっている、男に襲われること自体が怖ろしいのではない。他の男に身体を許したことで、ランに見限られるのが怖ろしいのだ。
 ランの独占欲を正しく理解しているからこそ、こうして言葉にして縋り付いて来るのだ。
 抱いていた腕をゆっくり解くと、何処か縋るような眼差しで瀬那がランを見つめた。
「新しいシャツを用意しなければな。これはもう使えん」
「ラン…」
「抱いてやろう。その後、新しいシャツを持ってくる」
「……はい」
 ランの言葉にほっとしたような顔をして、瀬那は頷いた。



 ゆるりと中を掻き回すと、それに合わせるように瀬那も腰を揺らした。
「あ…は……ぁ…」
「イイか?」
「…はい……でも、もっと……」
「足りないか。貪欲だな」
「んっ…ぁあっ!」
 低く笑ってランが奥まで突き上げると、瀬那は甘い喘ぎ声を漏らしてランの背にしがみ付いてくる。片方の手で瀬那の身体を抱いてやりながら、更に奥までと自身を突き進める。
「う…く…ぅ……」
「苦しいか?」
 問いかければ首を横に振って、逆にランの腰に自ら足を絡めて更に深くと求める。
「ふっ…ぁ…」
「苦しいぐらいがいいか」
「や…っ、あ…んっ」
 瀬那の感じる場所を突くと、甘く啼いてランの背に爪を立てる。潤んだ眼差しでランを見つめるその表情に、理性が揺れる。
 もっと強く、激しく抱いて欲しいと、その瞳が言っている。瀬那の全てを奪ってしまう程に強くと。瀬那が求めるままに、ランは一度ぎりぎりまで引き抜いて、それを追うようにしてくるのを見計らって一息に突き上げた。
「ひっ…ぁ、ああっ!!」
 それから、何度も何度も、激しく突き上げる。あらん限りの力でランに抱きついてくる瀬那をしっかりと抱き締めながら、深く、奥へと突き上げ、全ての理性を奪い去っていく。
「…っ、セナ…」
「あ、ぁ…ラン……あぁ……あ…」
「愛している……ちゃんと、愛している…」
 そう言葉にして伝えると、不意に瀬那の瞳から涙が溢れ出す。何より、そうして愛を伝えることだけが、瀬那を此処に繋ぎとめていく方法なのだから。こんな状態が長く続く筈はないと解かってはいても、それでも今、瀬那を手放すことは考えられない。
 ただ只管に愛情を求める、幼い子供のような無垢さと、人の汚さ、狡さを知りながら、己の内にそれを見出し、解かっていながらそれを認める、むしろ、それだけ澄んだ心。
 出来る事なら、その心が何にも染まっていないうちに己の色に染め上げることが出来たなら良かったと、そう思わずには居られない。過去に見えた時に、どうして奪い去っておかなかったのだろう。
 今更言ってもどうしようもないことだが、そう思わずには居られない。
 何をもってしても、瀬那の心の中にある彼らの影を消すことは出来ないと解かっているから。
「んっ…ぁ…ラン……?」
 呼びかけられて、苦笑いを漏らす。瀬那はランが何を思っているのか知らないまでも、何処か感じ取ったのだろう、ふわりと笑みを浮かべた。
「離さないでください、このまま…ずっと」
「ああ…」
 このまま、ずっとこうしていられれば、自分はもう他に何も要らないのかも知れない。己の中に抱いていた野心すらもこうして瀬那に触れている時を思えば意味のないことに思えた。
 けれど、それは何よりずっと自分を支えていたもので、瀬那を失くした時にそれが無ければ己はそれこそ全ての理性を取り払い、世の全てを恨むだろう。
 この歪んだ関係を、それでも一分でも、一秒でも長く続けていたいと願う自分は、愚かだと、自嘲する。
「ラン……今は、何も考えないで……」
「…」
「愛して、ください…」
「ああ…」
 瀬那が、それを求めるのならば。
 また深く突き上げる。今度は何も考えぬまま、欲のままに何度も何度も、突き上げた。
「あぁ……はっ……ふぁ…あ…」
「セナ…っ」
「…あ…ぁ…ラン……も…っ…ぁあ…」
 限界を訴える瀬那に強く締め付けられ、ランも息を詰める。
 そして、今にも達してしまいそうなのを抑えて、一番奥まで突き入れた。
「っ…あ、あああぁっ!!」
「…っく」
 一際擦れた甘い声で啼いて達した瀬那の中で、ランも自分を解放する。
 そのままベッドに倒れ込みながら、乱れる息を整え、瀬那を抱き締めた。

 解かっている。
 長く続く筈がないということも、それが、何も生み出さない関係だということも全て。
 それでも、もう暫く、もう少しだけ、このままで……。



Fin





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