「水落先生、何してるの?」 ひょいっと手元を覗き込むと、テストの採点をしているようだった。 「見てはいけませんよ、凪くん」 「はーい」 瀬那の言葉に素直に返事をする凪に、微笑を浮かべて、またテストの採点に戻った。凪は近くの椅子に腰掛けてその様子を見る。 その様子を見ているだけでも飽きない。 時々溜息を吐いたり、髪をかき上げたり、少し嬉しそうにしたり。テストの採点一つでも喜んだり落ち込んだりするんだなぁと、妙に感慨深く思ってしまう。 「何処のクラスのテスト?」 「私が受け持ってるクラスですよ」 「じゃぁ、櫂のテストもその中にあるんだ。何点?」 凪の問いかけに、瀬那は苦笑いを浮かべる。 「テストの点数もプライベートですからね、いくら凪くんが櫂の親友でも教えられませんよ。本人に聞いてください」 「今知りたいのに」 「櫂が悪い点を取っていると思いますか?」 「思わない」 「だったら、いいでしょう?後で本人に聞きなさい」 聞き分けのない子供に言い聞かせるような言葉に、少しむっとしながらも、凪は頷く。瀬那の言っている事はもっともだし。 でも、瀬那が思っているほど子供でもないんだけど。 「僕のクラスのテストの採点はもうした?」 「ええ、終わってますけど…」 「何点だった?」 「凪くん…」 問いかけると、瀬那は困ったように深々と溜息を吐いた。いや、どちらかというと呆れているのだろうか。 「別にいいでしょ?僕のやったテストなんだし」 「テストが返って来るまで待っていなさい」 「えーっ」 「一人だけ特別扱いも出来ないでしょう」 「…してないの?」 瀬那の言葉の揚げ足を取るように言うと、凪は椅子から立ち上がって傍に行く。 「凪くん…」 「僕のこと、特別じゃない?」 「それは…」 瀬那は心底困ったような顔をして凪を見つめる。 ちょっと子供っぽい、意地悪な言い方かな、とは思ったけれど、こうでもしないと言ってくれないのだから仕方ない。瀬那の頬に手を添えて軽く上を向かせると、顔を近づける。 「こういうことをするのは、許してくれるのに?」 「…んっ…ふ…」 キスをすると、思ったとおり、瀬那は抵抗しなかった。軽く触れて、一度離して、次は少し深くして…そうしているうちに、瀬那の息が上がってくる。 「凪…くん…」 薄く頬を染めて自分を見上げてくる瀬那が、とても綺麗だと思った。 「セナ、凄く綺麗だ…」 「…凪くん…」 「ね、僕のこと、特別じゃない?」 「…」 「答えてよ、ね?」 「…特別、です」 頬赤く染めて言う瀬那を、凪はぎゅっと抱き締める。そんな一言が、とても嬉しかったから。けれど、僕に抱き締められながら、水落先生が言った。 「でもね、凪くん。それと、テストの点数を教えるのは、また別なんですよ?」 「…セナの…ケチ…」 「ケチで構いません。それが普通です。明日凪くんのクラスで授業が入っていますから、その時に返します。あと半日ぐらい大人しく待っていなさい」 「解かった」 しぶしぶ頷くと、瀬那は苦笑いを浮かべる。やっぱりこういうところで、子供扱いされている気がする。 でも、これで大人しく引き下がったらそれこそずっと子供扱いされかねない。 「テストの点数は我慢するけど、こっちは我慢しないからね?」 「凪…くんっ…」 首筋に唇を寄せると、瀬那はびくっと震えた。 「好きだよ、セナ」 そう耳元で囁くと、瀬那の顔がかぁっと赤く染まる。 「大好き」 もう一度言ってキスをすると、セナも答えてくれる。それが嬉しくてたまらない。 「凪くん…」 「なに?」 「テストの採点が、まだ残っているんですけど…」 「…!! だったら早く終わらせてよ…」 「解かりました」 苦笑いを浮かべ、もう一度机を向かった瀬那に、結局お預けをくらった凪はその後ろ姿を眺めた。 でも、こうやって見ているだけでも嬉しいのだと、そう思う。 一番大好きな人のそばに、こうやって居られるだけで。 Fin |