Family's portrait



「ただいま」
 そう言って玄関を上がる。
 けれど、返って来る声はない。今日は瀬那は仕事が休みで家に居る筈だ。何より鍵も掛かっていなかったのだから。
 訝しく思ってリビングに入ると、来栖は苦笑を漏らす。
 瀬那はソファに横になって眠っている。少し背を丸めて足を曲げて身体を縮めているのが何だか可愛らしい。そうでもしなければ長身の瀬那がソファに寝ることなど出来ないだろうが、それでも何だか子供のようで笑みを誘われる。
 瀬那に近づいて、起こさないようにそっと髪を撫でた。さらさらとしたその赤い髪を手で梳くのは、来栖の気に入っている遊びの一つだ。
 起きている時にすると恥ずかしがって顔を真っ赤にして、それはそれで可愛いのだけれど、寝ている時に穏やかな顔を見つめながらするのも楽しい。
 けれど、あんまりしていると起きてしまいかねない。そう思って手を引くと、玄関の外からパタパタと軽い足音が聞こえてくる。来栖はそれを聞いて笑みを浮かべた。
 バンッ、とドアの開く音がして、元気な声が聞こえた。
「ただいまっ!」
 そう言って来栖に駆け寄って抱きついてくる。
 その少年は外見も髪の色も、瀬那にそっくりだった。ただ、一つ違うのは、瞳の色が金と緑のオッドアイということだけ。
「おかえり。でも少し声のヴォリューム落とせよ」
 そう言って瀬那を示すと、少年は慌てて口元を押さえて、小さく頷く。
 その仕草が可愛らしい。
 この少年は、来栖と瀬那の「子供」だ。と言っても当然男同士だからどちらかが産んだなんてことは有り得ない。この子は突然櫂が連れてきたのだ。
 曰く、「来栖と瀬那のDNAを合わせて作った最高傑作」なのだそうだ。いつの間にそんなことをしていたのかとか、技術的にも非常に難しいと言わざるを得ないことをどうしてそうあっさりとやってのけてしまうのかとか、そういう突っ込みをしても無駄なのは解かっていても考えてしまう。
 連れてこられたのはもう既に七歳前後の姿に成長させられていて、しかも、いつの間に刷り込まれていたのか来栖を「お父さん」、瀬那を「お母さん」と呼んだ。
 例え作られた命でも子供に罪はない。ない…が、戸惑いは隠せない。そんなもの突然つれてこられてどうしろと言うのか。
 けれど、何だかんだで瀬那似の可愛い、自分のDNAも入っている、正真正銘自分たちの子供なのだ。来栖としてはむしろ、それを邪険にしろと言う方が難しい。結局のところ二人で引き取ってこの子を育てることになった。
 名前は瀬李(せり)と言う。
 無邪気なその姿は、来栖も瀬那も過去の己と、相手の姿を重ね合わせてだからこそより愛しく思う。最初のうちは戸惑いは隠せなかったものの、気持ちの上でも正真正銘の親子になるのに然程時間はかからなかった。
「お母さん、寝てるんだ…」
「ああ、だから静かにしてろよ」
「はぁい」
 そうやって可愛らしく頷いてから、来栖を上目遣いに見つめる。
「ん?」
「でも、お腹すいた…」
「ふ…っ」
 お腹を押さえてそう言うのが可愛くてついつい笑い出してしまう。
「何で笑うのっ」
 何故笑っているかは解からなくとも、自分が笑われているのは敏感に感じ取って瀬李が睨みつけてくる。それすらも可愛くて仕方が無いのだが。
「悪い悪い。すぐ何か作ってやるよ。夕飯が出来るまでセナは寝かせててやろうな?」
「うん。お父さんが料理作るの久しぶりだね。僕、お母さんよりお父さんの作った料理の方が美味しいから好き」
「ははは…セナが聞いたら落ち込むぞ」
 苦笑いを浮かべてから来栖はキッチンへと向かう。
 基本的に食事の用意は早く帰ったほうがすることになっている。が、仕事の関係で瀬那が早く帰ってくることの方が多く、大体料理を作るのは瀬那の役目になっている。が、料理センスの差か前よりはマシになったと言っても来栖の方が料理が上手い。
 けれど、来栖は何だかんだで帰りが遅くなることが多く、作る機会も滅多にない。今日のように瀬李より早く帰ってくること自体が珍しいのだ。そういう瀬李も小学校の友達と遅くまで遊んできたようだが、あまり心配はしていない。
 同世代の子に比べれば流石に二人の子供だけあって頭も良く、運動神経も良い。何より紫苑や翔、直人などに武道の指南も受けているので中学生ぐらいまでの相手なら余裕で勝てるだろう。来栖が心配なのは一つだけだ。
(誘拐犯に誘拐と気づかずに着いていきそうなんだよなぁ)
 見た目と性格の可愛さは周囲も認める程である。小学一年生でも此処まで無邪気で可愛らしい子はそうそう居ないだろう。が、その可愛さ故に悪戯目的で誘拐される可能性は高い。
 いくら何でも大人に勝てるほど力がある訳もない。それを考えると少しばかり心配になるが、この周辺の町内でも瀬李は有名でみんなに可愛がられているからそうそう滅多なこともないだろう。
 もし何かあったとしても、来栖や瀬那は勿論、翔や櫂、紫苑たちも黙っていない。何かあれば犯人は間違いなく半殺しの目に合うだろう。
 そんな命知らずはそうそう居ない。居てもすぐに思い知る羽目になるし、瀬李の無邪気さに接していると、どんな人間でも甘くなってしまうのも瀬李の特性の一つだ。
 彼に辛く当たる人間は居ないに等しい。
 来栖が野菜を炒めていると、瀬李がぱたぱたと走ってくる。
「お父さん」
「ん?」
「何作ってるの?」
「オムライス。好きだろ、瀬李」
「うんっ」
 ぱっと顔を輝かせて瀬李が頷く。
「ん…っ」
 微かに呻く声が聞こえて振り返る。瀬那が起きたようだ。
「よっ、お目覚めだな」
「…クリス?」
「お早う、お母さん」
 そう言って瀬李がぱたぱた走って瀬那のところに行き飛びつく。
「瀬李…。ああ、少し昼寝するつもりで…こんな時間まで。すみません、夕食を…」
「いいよ、日頃の疲れが出たんだろ?座って待ってろよ」
「でも、クリスだって仕事帰りで疲れているでしょう?」
「気にすんなって」
 瀬那は優しく瀬李の頭を撫でながら言う。こうして二人が並んでいる姿を見るだけでどうしようもなく幸せだと思う。
「瀬李はお母さんと一緒に遊んでな」
「はーい」
「ちょっ…」
 からかい染みた来栖の言葉に瀬那の顔が赤くなる。瀬李は無邪気で全く気づいていないが、瀬那は「お母さん」と呼ばれることに非常に抵抗を感じているのだ。当然だが。
「瀬李…その、お母さんと呼ぶのは、やめてくれませんか…」
「どうして?だって、お父さんとお母さんは夫婦で、僕はその子供で、それでお母さんはお父さんの奥さんだからお母さんで……あれ…?」
 話している途中で理屈が絡まったのかうーっと唸って瀬李は考え込んでしまった。
「いや、だからそもそも、私とクリスは夫婦じゃないですから…」
「えーっ、でも夫婦じゃなきゃ親にはなれないって言ってたよ?」
「誰が…?」
「櫂お兄ちゃん」
 その答えを聞いて瀬那ががっくりと肩を落とす。
「あと、間違いなくお母さんはお父さんの奥さんだからって。逆は有り得ないって」
「………」
「ふっ…はははっ」
「クリス!!」
 料理をしながら話を聞いていた来栖がたまらず笑い出す。瀬那が顔を真っ赤にして文句を言うが、あまり効果はない。
「そうだよなぁ、オレが奥さんにはなれねぇよなぁ」
「だから、男同士では結婚も出来ないし、夫婦にもなれないんですっ!!」
「えーっ、でも櫂お兄ちゃんは僕と結婚してお嫁さんにしてくれるって言ってたよ?」
「え……?」
「御園生が…?」
 瀬李の発言に流石の瀬那と来栖も固まる。
「うん。僕が櫂お兄ちゃんのお嫁さんになりたいって言ったらいいよって言ってくれたもん」
「あの…瀬李は、櫂のことが好きなんですか?」
「好きだよ。カッコいいもん。あ、でも翔お兄ちゃんや紫苑おじちゃんもカッコいいから好き。あと、レオンお兄ちゃんも僕をお嫁さんにしてくれるって…」
「そう、そうか…」
 結局のところ肝心なことは何も解かっていないらしい。とりあえず危ないのは周囲の大人だろう。
「でも、叔父と甥は結婚できないよなぁ。血は繋がってなくても」
「いや、問題は其処じゃないでしょう?」
 来栖の言葉に瀬那が突っ込む。
「でもそうか、御園生のやつ何で瀬李を作ったのかと思ったら…最初からこういうつもりだったのか」
「え…?」
「何のこと?」
「どうやってもセナはオレのだからな。いっそのことセナそっくりの子供でも作って自分のにしようと思ったんだろ」
「いや、何もそこまで…」
「するだろ。あいつなら」
 否定できないところが少し悲しい。
 櫂は一歩間違えば何をするか解からない。
「それに、あいつなら自分のために日本の法律も変えてしまいかねないしな」
「……止めてください、そういう怖いことを言うのは」
 瀬那は半ば本気で言う。
「…僕、櫂お兄ちゃんと結婚できないの?」
「え、いや…」
「瀬李、そういうのは、もう少し大人になってからな」
「えー?」
 何となく納得のいかない顔をしている瀬李に、二人は何とも曖昧な笑みを浮かべた。来栖はコンロの火を止めて瀬李の前にしゃがみ込む。
「瀬李、結婚っていうのはな、この世界で一番好きだって思う人とするんだぞ?ただ普通に何人も好きだって言ってるようじゃ出来ないんだ」
「一番好きな人?」
「そうだ」
「だったら、僕お母さんと結婚するっ!」
「え?」
「は?」
「だって僕、お母さんが一番好きだもん」
 その言葉に喜ぶべきなのか突っ込むべきなのか、瀬那は戸惑う。此処は素直に喜んでおくべきなのだろうか…。そう瀬那が悩んでいると、来栖がにっこり笑って言う。
「セナはオレの奥さんだから結婚出来なんだぞ、瀬李」
「えーっ。さっきお父さんとお母さんは夫婦じゃないって言ったじゃないっ」
「あれはお母さんが照れてただけだからな。だからお母さんはダメだぞー」
「クリス…」
 瀬李にそう言い聞かせる来栖に、瀬那は思わず頭を抱える。顔は笑顔だが間違いなく不機嫌になっている。
「何をそんなに子供にムキになってるんですか」
「いーや、この辺はきっちりしとかねえと。大体、常に周囲にあいつらが居るんだぞ。今後一体何を刷り込まれるか解かったもんじゃねえ」
「それは……」
 否定できないのが何とも痛い。瀬那は苦笑する。
「それにしても…もし借りに瀬那と瀬李が結婚したとして、どっちがお嫁さんになるんだろうな…?」
「クリス〜…」
 瀬那ががっくりとうな垂れる。そんな考える必要もないことを考えてどうするのか。
「じゃぁ、僕誰と結婚できるの?」
「お父さんとお母さん以外で一番好きな人だな」
「お父さんとお母さん以外で一番好きな人……う〜〜〜」
 来栖の言葉に瀬李が本気で考え込む。その様子に瀬那は苦笑する。
「今焦って考えることも無いでしょう。何にしても瀬李が結婚できる年になるのは十年も先ですよ。その頃には自然と一番好きな人が解かる様になっています」
「お父さんとお母さんもその頃には解かってたの?」
「その頃は、まだ私はクリスと出会っていませんでしたから」
「そうなの?」
「はい」
 瀬那がにっこりと微笑んで頷く。
「きっといつか、瀬李にも解かりますよ。本当に心から愛する人が出来たら」
「うん」
 優しく、愛しげに微笑みかけて瀬那がそう言うと、瀬李も真っ直ぐ視線を返して頷いた。来栖はそれを見てまたコンロに火を入れた。



 夜も九時を過ぎると瀬李はベッドに入ってしまう。最近の子供は遅くまで起きていることが多いから、それと比べれば随分早い就寝時間になるかも知れない。
 それは来栖や瀬那も変わらない。殆どの場合には十一時頃にはもう布団に入っていることが殆どだ。遅くまで起きていても見たいテレビがある訳でもないし、仕事も朝が早い。だから自然と就寝時間は早くなる。何より来栖にとって睡眠は何より憩いの時間である。
 瀬那は瀬李の様子を見に行っている。来栖はベッドに座って本を読む。この家に置いてある本は全て瀬那のもので、意外と量が多い。別にジャンルに問わない暇潰しなので本棚の端から読んでいっている。今日読んでいる本は「料理の進め」である。作り方自体には興味はないが、見ているだけでなかなか目が楽しめる。
 というか、これを瀬那が買ったと思うと思わず笑みが浮かんだ。
「楽しそうですね」
 声を掛けられて顔を上げる。
「瀬李は寝たのか?」
「ええ、よく眠っています」
 そう答える瀬那を来栖は手招きする。
「? 何ですか?」
 疑問符を浮かべて近づいてくる瀬那の腕を掴んで引き寄せ、膝に乗せる。
「クリスっ!?」
「昼間はお父さんとお母さんやってるけど、夜は恋人同士の時間だろ?」
 そう言って瀬那の太股を撫でるとびくっと身体を震わせる。
「何言ってるんです、瀬李が起きてきたら…」
「何言ってる、ってのはこっちの台詞だ。んなの気にしてたらいつまで経っても出来ないだろうが」
「でも…」
 尚も反問しようとする瀬那の中心を布越しに掴む。
「んっ…ク…リス」
「お前は、我慢できんの?」
「それ…は…」
「オレは出来ないぜ?こうやって一緒の部屋に寝てんのに、ずっと出来ないってのは」
 そう言って手をズボンの下に滑り込ませて直接触れる。もう片方の手はパジャマの裾を捲くり上げる。瀬那の胸に舌を這わせて、握り込んだ中心を扱く。
「あ、んっ」
「な?シたくない?」
「ん…ずるい、です。此処までしてそれを聞くのは」
「ずるくて結構。シたいのか?シたくないのか?」
「…したいです」
 来栖の問いかけに、瀬那は顔を赤く染めてようやく頷く。
「じゃぁ、しようぜ」
 そう言って瀬那の首の後ろを掴み、キスをする。
「んんっ……ん、ぁ…」
 鼻から抜けていく吐息が甘い。それだけで否が応でも来栖は興奮した。パジャマのボタンを外し、直に手を這わせる。胸の突起を摘み、捏ね繰り回す。
「ああ…っ、あふっ」
「相変わらず、感度良好、だな」
「…っ」
 からかうように言うと、瀬那はむっとした顔をして来栖をベッドへ押し倒した。
「うわっ」
 肩を押さえ込まれて睨みつけられる。その視線がまた、たまらなく色っぽい。そんなことを思っていると、瀬那は下肢に纏っているものを全て自分で脱ぎ捨てた。
「積極的だな」
「いけませんか?」
「いや、最高」
 来栖が瀬那の腰を掴んで軽く持ち上げると、瀬那はローションを指につけて、自分で慣らし始めた。片手で身体を支えながら、もう片方の手で自分の最奥へ指を入れる。
「ん…っ…ふ…」
 多分、本当はこうしているのは恥ずかしいのだろう。常よりも赤くなっている顔がそれを証明している。けれど、その様子が可愛くて、来栖は暫く瀬那のしたようにさせる。
 そうして慣らしている間にも高ぶった体が反応するのか身体を支えている手が震え始める。けれど、自分の手で感じていることはあまり見せたくないのか、ただ無言で、其処を解しながら熱くなる息と、指とそこから発する水音だけが当たりに響く。
「ぅ…ぁ……く……っ」
 そろそろ、瀬那も限界だろう。恋人にこれ以上させるのも男として問題がある。そう思って腰を支えていた手を最奥へと伸ばした。
「あっ!……ん、ぁ」
 瀬那が驚いたように来栖を見る。それににやりと笑って、ある程度解された其処へ指を進入させた。
「お前は両手でちゃんと身体支えてろよ」
「ぁ、んっ…はぁっ」
 そうして指を動かすと、瀬那はたまらず両手をついた。中で指を動かすたび、感じる場所に触れるたびに、瀬那は甘い声を漏らす。
 そして、快楽に染まった表情が何よりも来栖の快感を煽った。
「クリス……もう…」
「ああ…」
 擦れ声でそう囁く瀬那に来栖が頷く。瀬那が来栖のズボンのベルトを外し、前を開ける。瀬那の姿態を見ているだけで感じた来栖のモノはもう十分すぎるほどに勃起している。それを見て瀬那は微笑を浮かべ、ゆっくりと腰を落とした。
「んっ……ぁあ…」
 襲ってくる熱さと狭さに、来栖は僅かに顔を顰める。そうして一番奥まで納めると、瀬那はゆるりと腰を揺らした。
「っ…」
「…ぅ、あ……あぁ……」
 そうして腰を揺らしながら、瀬那は熱い吐息を零す。その様子がまた、たまらなく色っぽい。
「…ふ、ぅ……イイ、ですか?」
「ああ、良すぎるぐらいだな。あんたの色っぽい顔も、声も、あんたの中も熱くて、最高」
 挑発するように笑っていた顔が、来栖のその言葉を聞いた途端に赤く染まる。否、顔だけではなく、全身が朱色に染まった。
「ぁ…っ」
「ったく、そっちの方がよっぽどそそるな」
「ぇ、ぁ!…んぅっ」
 来栖は苦笑いを浮かべて寝ていた身体を起こし、其処からすぐに体勢を入れ替え、瀬那を押し倒した。中に当たる角度が変わったためか、瀬那は息を詰めた。
「く…っん…!」
 背を撓らせ、喉を鳴らす。露になった首筋に吸い付いた。
「ぁ、あっ!…やっ……」
「さっきまで、散々オレを煽ってたと思ったら、あんな顔するんだからな。性質が悪いぜ」
「ぅ…く…んんっ!」
 瀬那がリードするに任せていたが、あんな顔を見せられて、これ以上欲を抑えられる筈もない。悦びと、恥ずかしさに潤んだ瞳と赤く染まった全身がこれ以上ない色香を放っていたのに。
 そして、来栖は欲のままに瀬那を突き上げる。足を掴んで大きく開かせ、容赦なく律動を繰り返す。来栖を受け入れ、強い快感に翻弄される瀬那が来栖の背にすがりついてくる。
「あぁ…や…あ…」
「セナ…」
 快感故の涙で濡れる瞳にキスをして、熱い吐息を漏らして名前を呼ぶ。
「ぁあ……もう…」
 限界を訴える瀬那に、来栖は笑いかける。
「イきたい?イっていいぜ」
「で…も……あなたが…」
 来栖も十分に感じてはいるが、まだイくほどという訳ではない。それを感じ取ったのか、瀬那は少しだけ申し訳なさそうな顔をする。
「良いから、先にイけよ」
 そう言って奥まで突き上げる。
「ぁあっ」
「我慢なんて、しなくていいからさ」
「あっ…や、ん!」
 喉を引き攣らせ、我を失って来栖の背に爪を立てる。
「クリス…クリス……ま…っ…」
 瀬那の射精を煽るかのように突き上げる来栖に待ってくれと懇願してくるが、応えるつもりはなかった。我慢などしなくてもいい。イきたいのなら、イけばいい。
「ほら、イけよ」
「んっ、ぁ、ああああっ!」
 瀬那の一番感じる場所に捻じ込んでそう言うと、声を上げて達した。それと同時に中が収縮し、来栖を締め付ける。
「っ…」
 イきはしなかったが、限界に近いところまで持ってこられて息を吐く。
 自分の下で荒い息を吐く瀬那を見て、瞼にキスを落とす。何処か恍惚とした表情がまた、たまらなく色っぽい。
「クリ…ス…」
「ん?」
「クリスが、まだ…」
 荒く息を吐きながら、それでも来栖のことを気にする瀬那に笑みが浮かぶ。
「いいよ、すぐにイくから」
「え、ぁ…ぁあっ!」
 そう言って軽く腰を引いて突き上げると、瀬那は甘い声を零してまた来栖にしがみ付く。達した後の身体はより一層深く快楽を伝えて、瀬那の瞳から涙が伝い始める。
 そうしてまた軽く腰を引いて、今度は瀬那をうつ伏せにする。
「クリス…ぁ、ん…」
 角度が変わって瀬那はまた呻く。手は縋るものを探して枕を掴んだ。それを見て笑みを零して、また突き上げる。
「はぁ…っ、ぁ…あ…」
 突き上げる度に漏れる吐息は艶やかで、中は来栖を締め付け限界へと導いていく。瀬那は枕を抱き込んで強烈な快楽に耐えている。その様子が可愛くて、愛しくて、瀬那をしっかりと抱き締めた。
「ん、ぁ……は…」
「可愛い、セナ」
「ク…リス…ゃ、あ…」
 涙に濡れた瞳が来栖を振り返って見つめる。それだけでもう理性は振り切れてしまうのだから、性質が悪い。限界も近くなった自身をぎりぎりまで引き抜いて奥深くへと突き上げた。
「は…あ!……や…あぁ…」
「セナ…っ」
「ク、リス……クリス、クリス……」
 瀬那の限界も近いのが解かる。何度も何度も無茶かと思うほどに突き上げながら、今度は一緒に上り詰めていく。
「ん、あ……クリス…っもう…」
「あぁ……今度は、一緒にな」
「はい……ぁ、ああっ」
 来栖の言葉に瀬那は頷いて微笑む。それを見てまた深く突き上げながら、前を扱く。お互いに限界まできたと思ったところで、来栖はギリギリまで引き抜き、奥深くに突き上げ、捻じ込んだ。
「ぁ、あ…あああああっ!」
「っく…」
 二人同時に達して荒い息を吐く。呼吸を整える間、来栖はしっかりと瀬那を抱き締めていた。
「…大丈夫か?」
「はい…」
 来栖の問いかけに擦れた声で瀬那は応じる。その声に含まれる眠気に気づいて、そっと頭を撫でた。
「おやすみ、セナ」
「おやすみなさい、クリス…」
 来栖の言葉に答えてすぐ後、すーっと息を吐いて眠りに落ちていった。その瀬那を抱き締めたまま、来栖も眠りについた。


「お父さん、お母さん大丈夫なのー?」
 無邪気な瀬李の問いかけに、来栖は苦笑する。
 結局朝起き上がれそうになかった瀬那は、体調不良ということで仕事も休ませた。瀬李にも同じように言い訳をして、そのまま寝かせておく。
 それは、いいのだが…。
「ねぇ、どうしてお母さんの所に行っちゃだめなの?」
「病気だからな。瀬李にうつるかも知れないだろ?」
「僕平気だよっ」
「それでもダーメ」
「だって、昨日の夜、お母さんの苦しそうな声、僕の部屋まで聞こえてたんだよ!?」
「お前、それ、絶対お母さんには言うな、な?」
「だからどうしてー?」
 不満そうな瀬李を宥めながら来栖は溜息を吐く。まだ子供の瀬李に真実を話す訳にも行かず、余計に居た堪れない。何よりも純粋に瀬那を心配しているのだから余計にだ。
 加えて、昨日の夜の情事を瀬李は耳にしていたらしい。もしそれが瀬那にバレると、今後暫くはおあずけを食らうことになりかねない。
 兎も角も今日一日は瀬李と瀬那を合わせない様にしようと、来栖は固く決意したのだった。
「さ、もう学校始まる時間だから、早く行けよ」
「はーい…」
 不満そうな声だが、それでも学校に向かう瀬李に、来栖は安堵の溜息を吐いた。
 今日はなんとしてでも瀬李より早く帰らねばならない。
 来栖はもう一度深い溜息を吐いて、心の中でこっそり瀬那に謝るのだった。
(瀬李にバレたことは絶対隠しとおすから、許せ、セナ)
 本気でおあずけを食らいたくない来栖は、卑怯と思いながらも絶対にこの決意を翻すことはなかった。



Fin





小説 B-side   Angel's Feather TOP