根無し草



 櫂は辺りを見回して溜息を吐く。
 来栖に大体の居場所を聞いてはきたけれど、意外と広くて一向に見つからない。
 これが草原とか見晴らしのいい場所ならまだしも、此処は鬱蒼と木々が生い茂った森の中なのだ。人一人探すのはかなりの重労働だと改めて思い知る。
 今、櫂はウィンフィールドに来ている。勿論翔や杏里も来ているし、何故か直人までくっついてきているけれど。その三人は王宮で来栖や紫苑と話しているのだろう。
 瀬那がいないので来栖に尋ねてみると、この森に来ている、というのだった。森の中にある湖に最近よく足を運ぶらしい。
 そこで櫂は一人此処まで出てきたのだけれど…。
「もうちょっと具体的な場所を話してくれてもいいと思うんだけど…」
 根本的に肉体労働派の来栖や翔と自分は違うのだから。来栖曰く「見つかるも見つからないも運と愛次第だろ」ということだ。
 馬鹿馬鹿しいにもほどがあるが、これ以上聞いても無駄なようなので止めた。紫苑は早速翔や直人に捕まって剣道の相手をさせられているので、とても話し掛けられる状態ではなかった。
 待っていれば瀬那は戻ってくるのだろうけれど、それでもわざわざ会いに行こうとするのだから、自分自身にさえ呆れかえる。でも、やっぱり会うなら二人きりがいい。
 瀬那は今、ウィンフィールドに長期滞在中というだけで、また暫くすれば旅に出てしまう。その前に、出来るだけ一緒に居たいと思うのは恋人として当然だと思う。
 瀬那を見ていると、まるで根無し草のようだ。いや、それよりも渡り鳥だろうか。でも、渡り鳥は毎年決まった場所を行き来しているだけなのだから、違うと思う。
 やっぱり根無し草、だ。何処にも根っこが繋がっていなくて、行きたいところへ、行きたいときに行って。故郷のウィンフィールドでさえ、瀬那の永住する土にはならないらしい。多分、きっと何処も、誰も、瀬那を縛り付けておく事など出来ないのだろう。瀬那を縛るのは瀬那の心でしかないのだから。
 否、それよりもむしろ、ずっと瀬那は縛り付けられていたのだ、櫂たちの母親、真理との約束に。そして、その約束が守られたと思ったから旅に出た。ずっと縛り付けていたものを解き放って。それが重荷だった訳ではないだろう。ただ、やっぱり縛り付けていたのだ、この世に。足のつく土の上に。
 でも、今はもうそれもない。
 だから、瀬那は今自由なのだ。
 自分に瀬那を縛るだけの何かがあるかと考えてみても、そうは思えない。瀬那が本当に旅を終えるのはいつになるのか。その時、瀬那は何処に戻るのだろう。
 自分の傍に来てくれるという保障など、何処にもない。
 なんだか考えが暗い方向に向かってしまう。こんな鬱蒼と茂った森を一人で歩いているからだ。だから、こんな気分になってしまう。
 本当に、瀬那は何処に居るのだろうか。
 兎も角も歩かない事にはどうしようもないので歩を進める。
  ピィー―――…
 不意に鳥の鳴き声がして空を見上げる。
「ピピ!」
 呼びかけると、櫂の傍まで舞い降りてくる。
「久しぶり、元気にしてた?」
 話し掛けると、答えるようにもう一度鳴いた。
 そしてそのまま促すように飛んでいく。そちらに瀬那が居るのだろう。案内してくれているのだ。
 そのままピピについていくと、キラリと光るものが見えた。それまでの森が途切れ、光が差し込む。櫂は思わず目を細めた。
 きらきらと水面が光り、風が揺らす波で波紋が広がる。
 瀬那が気に入るのも解かるような、綺麗な湖だった。言葉では言い表せない感動が、櫂の胸に迫ってくる。それまでの森が鬱蒼と生い茂り、木々の葉であまり日も差さないような場所だったから余計にだろう。
 とても大きな湖で、対岸には何か動物が居るのが見えるが、その種類は解からない。
 思わず、感嘆の溜息が洩れた。
 そしてふと気づく。
 瀬那は何処だろう?この周りを探して歩くだけでも結構大変そうだ。この湖に見蕩れているうちに、ピピは何処かに行ってしまったようだし。
 湖をぐるりと回りながら瀬那を探す。
 そうして歩き回りながら、ようやく木陰にいる瀬那を見つけた。近寄ってみるとどうやら眠っているようだ。
 今日はいい天気だし、確かに昼寝には丁度いいかも知れないが、瀬那がこんな風に有体もなく眠るのは少し珍しい気がする。否、自分が知らないだけで、此処に来るといつもこうなのかも知れないが。
 自分の知らない瀬那がいるのは少し悔しい。
 瀬那の顔を覗き込むようにして見つめる。よく眠っているようで気づかない。
 周りの人は櫂のことを綺麗だとか美人だとかよく言うけれど、瀬那だってかなり綺麗だと思う。でもやっぱり、格好よさが目立つのだろう。すらりとした長身がよりそれを際立たせて。でも、確かによく見ると綺麗なのだ。睫だって長いし、鼻筋だってすっと通っているし、肌はなめらかで、触っていて心地いい。
 そんな風に考えると、段々瀬那に触れたくなってくる。
 眠っている瀬那の頬に手を滑らせ、ゆっくりと撫でた。それでも起きる気配がないので、そっと口付ける。
「んっ」
 流石に気づいたらしい。瀬那は薄っすらと目を開けた。
「…櫂?」
 少し焦点の合わない瞳が櫂を見つけ、そして瀬那はふわりと微笑んだ。
 それがとても嬉しくて、櫂はもう一度瀬那にキスをする。瀬那は今度はゆっくり目を閉じてキスに答える。
 口唇を離すと、瀬那の口から熱い吐息が洩れた。
「櫂、どうしてこんなところまで?」
 瀬那のその質問に少しむっとする。瀬那を探しに来たに決まっているのに。それとも何故探しに来たのかを聞いているのだろうか?
 どちらにしろ、腹が立つのは変わらない。
「セナ、ヤらせて」
「は?」
 櫂の突然の言葉に瀬那は戸惑いを見せる。しかし、そんな瀬那を無視して外套を取り、アンダーシャツを捲り上げた。
「櫂、ちょっとま…っん…」
 瀬那の止める声を無視して、胸の突起を口に含む。舌で転がしたり、噛んだりすると段々と色が濃くなって立ち上がってくる。
 執拗に其処を愛撫すると、瀬那が耐えられないという風に懇願する。
「櫂…櫂、もう、やめて…」
「どうして?まだ此処しか触ってないのに」
 そう言って、其処を今度は強めに噛んだ。
「ひっ…んんっ」
「それとも、こっちに触って欲しい?」
 そう言って、下肢に手を伸ばす。布越しに触れると、既に勃ち上がってきているのが解かる。そのまま何度か擦り上げると、瀬那の手がぎゅっと袖を握り締めてきた。
「あ…っ、櫂…や…ぁ…」
「嫌じゃないでしょう?もうこんなになって…これで本当に最初、僕を抱くつもりだったんですか?」
「か…い…ぁっ」
 そう言ってまた擦り上げる。本当は直接触ってあげてもいいのだけれど、瀬那にはもう少し素直になってもらわないといけない。
 だから、そのまま愛撫を続ける。其処は張り詰めて随分苦しそうだけど。
「櫂…お願い、です…焦らさないで…」
「直接触って欲しい?」
 尋ねると、涙が薄っすらと滲んだ瞳で櫂を見上げて頷く。
 そんなに可愛い顔をされたら、言う事を聞きたくなってしまう。だから、ズボンのボタンを外し、下肢に纏っているものを全て脱がせた。
 そして其処に直接触れる。瀬那らしいほっそりとした其処がぴんと張り詰めている。それが愛しくて、それをそのまま口に含んだ。
「あ…っ!櫂……っ」
 瀬那の身体がびくびくと震える。茎の裏や、鈴口にも丁寧に舌を這わせ、瀬那を煽っていく。感じやすくて快楽に弱い瀬那が篭絡するのはすぐだ。
「…櫂、もう…もう…っぁ…ぁああっ」
 瀬那はそのまま、櫂の口の中で達した。それを全て飲み込み、瀬那を見ると、呆然としたような顔で涙を溢れさせていた。
 その涙を舌で掬い取り、そっと口付ける。
「セナ…好きだよ。愛してる」
「櫂…」
 そのまま深く口付ける。瀬那の舌を絡めとり、吸い上げる。瀬那の手が、櫂の背に回り、しがみ付いてきた。愛しくて、可愛い。
 格好良くて、綺麗で、可愛くて。きっと、これ以上に素敵な恋人なんて何処にもいない。
 櫂はポケットを探り、ビンを取り出す。蓋を取り、それを指につけ、そっとアナルに這わせた。
「櫂…?」
「ローションですよ」
「…どうして、そんなもの持ってるんです?」
 瀬那の顔が、少し呆れたようなものに変わった。それをみて櫂はくすりと笑う。
「あなたと、いつでも何処でも出来るように、持ち歩いてるんです」
 櫂の答えに、瀬那は一瞬目を丸くして、それからさっと頬に朱が走った。その様子に、櫂はまた笑う。そして、ローションをつけた指をそっと塗り込んでいく。
 解れてきた其処に、指をいきなり二本入れた。けれど、そこはやすやすと櫂の指を飲み込んでいく。三本に増やして、さらに中を広げた。
「ぁ…んんっ」
 瀬那の息も段々と荒くなっていく。
「セナ、いくよ」
「はい…」
 瀬那が頷くのを見て、櫂は自分のものを其処に突き入れた。
「んっ…く…」
「大丈夫?」
「ええ、大丈夫、です」
 うっすらと笑みを浮かべる瀬那を見て、ゆっくりと動いた。慣らす様に何度もそうやって動かしていると、今度は焦れたように瀬那の腰が揺れた。
「櫂、もっと動いて…」
「解かった」
 瀬那の懇願に、櫂も頷く。
 ぎりぎりまで引き抜いて、一気に突く。激しい律動に、瀬那の身体ががくがくと揺れた。
「はっ…ぁ…んっ…ぁあ…あ…」
 瀬那の口からは嬌声が洩れる。それに煽られる様に尚更動きを激しくする。
「ひっ…んん…あ、…あふっ…ああっ!」
「いい?セナ」
「あ…ん…ぃい……あ、あ…っ櫂…」
 瀬那の前に触れると、もう既に限界が近いのが解かる。大体、櫂だってもう限界だった。瀬那の其処を律動に合わせて扱く。
「櫂…っ、あ…もう…っ…あぁ…」
「いいよ、僕も、もう…」
「あ、あぁ…ん…っ…ぁあああっ!!」
 瀬那の最奥に突き入れるのと同時に、其処を強く扱いた。一際高い声を上げて達する瀬那を見て、櫂もそのまま瀬那の中に解き放った。
 瀬那を抱きしめて息を整える。
「ねえ、セナ。今度ウィンフィールドを出たら、どこに行くの?」
「…次は、東南アジアの方に行ってみようと思っています」
「やっぱり、根無し草、だ」
「え?」
 櫂の呟きに、瀬那は問い返す。
「何処にでも好きなところに行って、自由で。根っこは何処にも繋がっていない、根無し草みたいだと思って…」
「櫂…」
「誰も、セナを縛りつけることなんて出来ないんだ」
 少し落ち込んだような声が出てしまったが、仕方ない。でもその櫂の様子に瀬那は苦笑した。
「そんなことはありませんよ」
「え?」
「自由と言うのは、帰る場所があるから言えるんです。帰る場所がなければ自由だなんて言えません。いつでも迎えてくれる人がいるから自由で居られるんです」
「迎えてくれる人…?」
「あなたは誰も私を縛り付けることは出来ないと言うけれど、私は、いつだってあなたに縛られてるんですよ。いろんな所を旅していても、不意にあなたのことを思い出すんです。此処に、隣にあなたがいたらどんなにいいだろうと。贅沢な話ですけどね」
「セナ…」
 櫂は驚いて目を見開く。
「旅が終わった時、私が帰る場所はあなたの傍しかないんです。例えあなたが嫌だったとしても、私にはもう其処しかない」
「嫌なんて、そんなことありません」
「もう少しで、何か見えそうな気がするんです。櫂が、多分大学を卒業するまでには、戻れると思います」
「…本当?」
「ええ」
 途端に嬉しくなって櫂は瀬那を力いっぱい抱きしめた。
「ぁ…」
「セナ、好きだよ」
 そう言ってキスをして、櫂は腰を揺らした。挿入されたままだったそれが、また息を吹き返してくる。
「か、櫂…」
「セナがそんなに嬉しい事を言うから、またやる気になったんだよ。責任とってね」
「ぁ…んんっ…」
 瀬那の甘い声を聞きながら、櫂は薄っすらと微笑んだ。



 夕刻近くにウィンフィールド城に戻ると、翔がむすっとした顔で待っていた。
「遅かったじゃないか、櫂〜。水落先生連れてすぐに戻ると思ってたのに」
「誰もすぐに戻るなんて言ってないでしょ。それに翔は東堂先生に相手をしてもらってたんだからいいじゃないか」
 櫂はさらっと翔の文句を流す。
「御園生、どうせたっぷり楽しんできたんだろ?どうだった?」
「ええ。とっても可愛かったですよ。ぜひ逢坂さんにも見せたいくらいで」
「櫂っ!!」
 来栖のからかいの言葉に櫂がにっこり笑って答えると、瀬那が慌てる。
 その櫂の言葉を聞いて、来栖が傍に居たレイヤードに振り返る。
「な、絶対ヤってくるって言ったろ。オレの勝ちだぜ」
「クリストファー様!?」
「僕たちで賭けてたんですか?」
 瀬那はますます慌て、櫂は呆れたような顔をする。
「どーせ惚気話聞かされるんだからな。遊ばなきゃ割りにあわないだろ」
「そう言う問題じゃないでしょうっ!!」
「別にいいじゃねえか。セナに何か出せって言ってる訳じゃねえんだから」
「だからそういう問題じゃ…」
「逢坂さんには何を言っても無駄ですよ」
 抗議を繰り返す瀬那を止めて、櫂が言う。
「むしろそれよりももっと見せ付けてあげた方がいいんですよ。何なら今ここでしましょうか」
「櫂っ!!」
 瀬那は顔を真っ赤に染める。その様子を櫂はくすくすと笑った。
「なー、割りに合わないだろ」
 来栖は二人を指差しながらレイヤードに同意を求めた。
「何を言っても無駄なのはあちらも同じでしょうね」
「だよな」
 そう言って来栖はこっそりと溜息を吐いた。



Fin





小説 B-side   Angel's Feather TOP