君と居るから



 瀬那の様子がおかしい。
 何も、そう思うのは自分だけではないだろうと思う。
 最初は気づかなかったにしろ、もう最近では殆どの生徒も教師も異常を感じ始めていた。ただ、その理由を知っているのは瀬那本人の他には三人しか居なかったが。
 不意に人に触れられると体がびくっと震える。
 最初は驚いただけだ、と誤魔化していたが、それが何度も続けば怪しんで当然だ。紫苑は理由を知らないから、瀬那の様子をおかしいと思いながら、理由を問うてみても曖昧な返答しか返っては来ない。ちなみに、瀬那がこんな風になる原因を作った当事者の二人はと言えば、どうしようもなく困ったように顔を見合わせるばかりである。
(責任ぐらい取れっての)
 来栖は深々と溜息を吐いた。
 人に触れられることを怖れている。原因を考えれば無理もないと思う。あの朝の瀬那の様子は本当に酷かったのだから。その時来栖も一通りの叱責をしたし、その後の瀬那の反応を見て、あの二人も十分に反省しているようだから、これ以上何も言う気は起きないけれど。
 責任の取れないことはするべきではないだろう。
 瀬那は来栖が気づいていることに気づいている、と思う。
 だから、瀬那の方は来栖を避けている。あまり言及されたいことでもないだろうから、来栖もあまり気にしないようにしていたけれど…。
 幾らなんでも、このままではまずい。
 この状態が長く続けば続くほど、元に戻り難くなってしまう。原因を知らない者がそもそも何かすることなど出来ない。瀬那が誰かに話すこともないだろう。あの二人の名誉にも関わることだ。その当事者の二人もどうしたらいいか考えあぐねている。
 …こうなったら、自分が出るしかないではないか。
 放っておいて元に戻るならそれでいいと思っていたけれど、どうもそうはいかないらしい。しかし、行動に移すのならばそれと同時に自分の気持ちを瀬那に伝えることになる。
 もしこれで失敗したら、来栖も瀬那もどん底に陥ること間違いない。来栖はようするに瀬那に振られる訳だし、瀬那の状態も今まで以上に悪くなる可能性もある。
 だから、何もしたくはなかったのだけれど。
 そういう訳にもいかないらしい。
「クリストファー様?」
 名前を呼ばれて振り返った。待ち人来る、だ。
 今は夜の九時。場所は森の中にある池の畔だった。
 自分の隣を叩いて座るように促す。瀬那は少し戸惑ったような顔をしたが、大人しくそれに従った。瀬那の体が少し緊張しているのが見ているだけでも解かる。
「あの、一体何の用です?こんな場所まで呼び出して」
「んなの、用件は一つしかないに決まってるだろ?」
「……」
「最近のあんたの様子、誰が見たっておかしいぜ。シオンだってもう気づいてる。他の生徒や教師だってな」
「それは…」
 瀬那が目を伏せる。自分でもそれはよく解かっているのだろう。ただ、本能的な恐怖はどうにもならないのだろうが。
「あんなことがあったんだし、仕方ないっちゃ、仕方ないけどさ。あんたも悪いんだぜ。自分のこと好きだって言ってるやつに簡単に隙なんて見せるから」
「隙…ですか」
「そ、隙。今だってそうだよ。人に触れられるのが怖いくせに、男にこんな時間にこんな所に呼び出されて、ほいほい来るか、普通?こういうことされるかもって、考えねぇ?」
 そう言って、隣に座っている瀬那の腕を掴んで押し倒した。瀬那の上に跨って顔を見ると、驚きと恐怖に目を見開いている。体は小刻みに震えていた。
 その様子に眉を顰める。
 常の状態なら、来栖のこれぐらいの悪戯に対していかにも大人らしい余裕で対応してくるに違いない。それが、そんなことも出来ないほど恐怖に駆られている。
 覚悟はしていたけれど、実際かなり厄介かも知れない。これを治すとなると、矢張り荒療治ぐらいしか自分には思いつかないし…。
「こんなに簡単に押し倒されて、隙だらけだろ?」
 そのままの体勢で問いかけると、瀬那が僅かに体から緊張を解いた。
「あの二人に隙を見せるからこうなる。大体、ああやって薬盛られるのだって初めてじゃないだろうに、一体いつになったら学習するんだ?今回のことはあの二人もかなり堪えてるみたいだから、そうそうあんなことはないだろうけどな」
「矢張り、知っていらっしゃるんですね、何があったのか」
「大体な。あの朝、一回様子見に行ったし」
「そう…なんですか」
「ま、あんたは気絶してたから知らなくて当然だろうけど」
 体は緊張したままだが、会話には応じてくる。けれど、これぐらいではまだまだ序の口だ。来栖がこれからしようとしていることは、更に瀬那を傷つけることになるのかも知れないのだから。
 この状態で長々と話していても仕方がない。
 だから来栖は用件を切り出した。
「いつまでも、今の状態のままって訳にもいかないだろ?」
「ええ…ですが……」
 瀬那にもどうにもならない。本能的な恐怖を拭い去るのは並大抵のことではない。
「だからさ、慣れるように練習してみねえ?」
「練習…?」
 訝しげにしている瀬那の顔に触れる。ぴくっと体が震えるのが解かったが、そのまま瀬那の頬に手を這わせた。瀬那は来栖の顔を見つめたまま動けずにいる。
「こうやって触って、何処まで耐えられるか。本当に嫌だと思ったら蹴飛ばすなりぶん殴るなりしてくれたらいいからさ。オレはあんたが好きなんだ。あんたを傷つけるようなことはしねぇよ」
「…クリストファー様……」
 来栖の告白に瀬那は目を見開く。どうしたらいいか解からずに視線を彷徨わせた。
「どうして…」
「まぁ、告白なんてしなくても良かったのかも知れないけどな。これで一連托生ってことで。これで上手くいけばあんたはあんたで万々歳だし、オレはあんたを抱けるんだから嬉しい限りだし。でも駄目だったらあんたは今まで以上に状態が悪くなるかもしれない。オレはあんたに振られてどん底だ」
 苦笑いを浮かべ、来栖は言う。瀬那だけでなく、自分もこうして一緒にメリットデメリットを共有するのが一番いいだろう。少なくとも瀬那にだけ負担をかける結果にはならない。
 そう示すことで、少しでも瀬那の信頼を勝ち取れるなら安いものだ。
「試して、みないか?」
 問いかけて、瀬那にキスをする。瀬那の体は強張ったままでけれど拒絶することはない。唇を舐めて、するりと舌を口内に滑り込ませた。
「んんっ…ふ…」
 瀬那の口から吐息が漏れる。ざわっと背筋が粟立つ。興奮しすぎないように自分を抑えながら、ゆっくりと口唇を離す。
「…大丈夫か?」
「大丈夫、です」
 来栖が問いかけると、瀬那は頷く。何かを決意したように来栖を見返した。
 それは、来栖の提案を受け入れるという意味だ。来栖は瀬那に頷き返し、シャツを捲り上げた。ゆっくりと肌に手を触れる。思いの外滑らかな肌は緊張に硬くなっている。その瀬那の緊張が何だか自分にまで伝染してくるようだった。
 胸の突起に触れると、瀬那はぴくっと震えた。何度か押し潰すように愛撫すると、瀬那の肌がじっとりと汗ばんでくる。来栖はもう片方の突起を口に含んだ。何度か舌で転がすうちにぴんと立ち上がってくる。
「…ちゃんと感じてるな。不感症にはなってないみたいでほっとしたぜ」
「そんなこと…言わないでください」
「むしろ感じやすい方?」
「クリストファー様…っ」
 意地の悪い気分になって問いかけると、瀬那の顔がぱっと赤く染まるのが夜目でも解かった。もっと苛めてみたい、そう思うけど、そんなことをしたら何の意味もない。調子に乗り過ぎないように自分を抑えて、もう一度問いかけた。
「で、今のところ、大丈夫?」
「はい」
 頷くのを確認して、今度は下肢に触れた。布越しに触れると、もう勃起してきている。矢張り感じやすいのだろう。
 下肢に纏っている物は全て脱がせる。其処に舌を這わせると、瀬那の体が跳ねた。
「クリストファー様っ!」
「いいから、大人しくしてろ。本当に駄目だったら蹴り飛ばせ」
 慌てる瀬那の声に対してそう言うと、ふっと体から力が抜けた。それを感じて、もう一度其処に口を付ける。何度か舐め上げると瀬那の息が次第に上がっていくのが解かる。
「んっ…ふ……んんっ…」
 くぐもった声が聞こえて、上目遣いに瀬那を見ると口元を手で塞いで必死に声を殺している。せっかくだから声を聞きたかったが、そんなことを言えば逆効果だ。この状況を受け入れられているだけでも奇跡に近いのに、無理は言えない。
 次第に発ち上がってくるそれを舌で愛撫し、手で扱きながら追い上げていく。
 口に含んだそれから苦い味が広がってくる。先走りが溢れ出し、限界が近いことを告げてきた。来栖は口での愛撫を放出を促すものに変え、唇で扱いた。
「んっ、――――っ!!!」
 瀬那は声を抑えたまま大きく背を撓らせて果てた。口の中にある苦味のあるそれをごくりと飲み込む。口の端から漏れたものを手で拭って瀬那を見ると、息を乱しながら放出の余韻にぐったりとしていた。
「大丈夫か?」
 そう問いかけると、潤んだ瞳で来栖を見上げ、ゆっくりと頷いた。その瞳にどきっとしながらもそれを押さえ込んで来栖は言う。
「今日はこのへんにしとくか」
「え…?」
 来栖の言葉に驚いて、瀬那は少し呆然とした様子だ。
「別に、無理に今日最後までする必要もないだろ。ゆっくり時間をかけて治していけばいいんだし。無理すると逆効果になるかも知れないしな」
 そう言って来栖は体を起こし、瀬那から離れようとする。しかし、瀬那は来栖の腕を掴んでそれを押さえた。
「待って下さい」
「え?」
「お願いです。最後まで、してください」
 真剣な瞳でそう言う瀬那に、来栖は戸惑う。幾らなんでも性急すぎはしないだろうか。
「でも、これ以上は途中で止めてくれって言われたって、止められなくなるぜ?」
「構いません。お願いします」
 視線をそらさずに瀬那は言う。その瞳に確固たる決意が見えるようで、来栖も反論する言葉は出なかった。
 小さく溜息を吐いて頷く。
「解かった。でも本当に無理だったら、オレを殴るなり蹴るなり気絶させるなりして止めろよ。口で言うだけじゃ止められないからな」
「はい」
 来栖の言葉に僅かに相好を崩して、瀬那は頷く。
 それを見て、来栖はポケットから壜を取り出した。
「それは…」
「ローション。今日最後までやるとは思ってなかったけど念のため持ってきてたんだよ。出来るだけ傷つけたくないしな」
「クリストファー様…」
 来栖は瀬那の片足を持ち上げ、ローションを指に付ける。奥に指先が触れると、瀬那の体が緊張するのが解かった。しかし、瀬那は止めろとは言わない。
 ゆっくりと塗り込めて解していくと、其処は指を誘い込むように蠢いた。そのまま指を一本中に入れると、瀬那の体に力が入り、ぎゅっと締め付けてくる。
「セナ、力抜いて。あんまり力むと傷つけちまう」
 来栖の声を聞いて、瀬那はゆっくりと息を吐いて力を抜いた。それを確認して指を動かす。中を解しながら、指をもう一本増やす。
 腸壁が誘い込むように収縮し、指を締め付けてくる。じっとりと熱い其処をこれから自分自身が感じるのかと思うと、抑えようと思っても興奮は抑えきれない。
 それでも、出来るだけあせらないように自分を抑えて指を動かすと、瀬那の息も次第に上がってくる。指を三本に増やし、それも十分に入るようになった頃には瀬那の前もすっかり元気を取り戻していた。
「クリストファー様…もう……」
 限界を訴える瀬那に来栖も頷く。来栖のそこは瀬那の姿態を見るだけで興奮し、既に張り詰めていた。
「でも、流石にこのままじゃ背中が痛いよな…」
 そう言って、瀬那の腕を掴み、体を起こす。
「…入れられるか?自分で」
「…はい」
 瀬那の様子を伺うように言うと、一瞬の逡巡のあと頷いた。瀬那は来栖の足の上に跨り、既に立ち上がっている来栖のものを手で掴み、其処に宛がった。
 しかし、其処で動きが止まってしまう。緊張と恐怖を隠せない瀬那に来栖は一度だけキスをした。
「大丈夫。ゆっくりでいいから。力抜いて…」
 来栖の言葉に頷いて、瀬那はゆっくりと腰を落としていく。熱く狭い其処に自分が飲み込まれていくのを感じて、息を詰めた。
「ふっ…う……っ」
 苦しげに息を吐きながらも、瀬那は全てを中に収めた。そしてゆっくりと深呼吸を繰り返す。
「やっぱ、ベッドのあるとこでした方が良かったか」
「いいんです、此処で。貴方の部屋には櫂が居るし、寮監室ではいつ誰が来るか解からない。寮内の何処でもそれは同じだから…だから、此処にしたのでしょう?」
「それは、そうなんだけどさ」
 ベッドなら、もう少し楽にしてやれたかも知れない、と思ってしまうのだ。もう、何を言っても仕方ないのだけれど。
「それに、ベッドの上なら、尚更あの時のことを思い出してしまうから…。だから、此処でいいんです」
「ああ」
 瀬那の言葉に来栖も頷く。
 最近、瀬那がベッドで寝ていないのではないかと感じていたが、漠然と感じたそれを瀬那がはっきり口にしたことで、来栖も此処でよかったのだ、と思えた。
「クリストファー様、もう大丈夫です。動いて、ください」
 瀬那が来栖の目を見て言う。その言葉を聞いて、来栖はゆっくりと腰を動かした。中を探るように回しながら、瀬那の感じる場所を探す。出来るなら、苦しい思いをさせるのではなく、気持ちよくしてやりたい。
「んっ……は……あぁ……」
 瀬那の口から時折甘い吐息が漏れる。それを聞き来栖も尚更興奮していく。ある場所を突くと、瀬那が甘い悲鳴を上げ、背を仰け反らせた。
「あぁっ…ゃ……ん」
 来栖は瀬那の腰をしっかりと掴み、其処を何度も突き上げた。瀬那は来栖の肩を掴み、快感に耐えている。後ろを突き上げながら、前に手を触れ、扱くと来栖の肩を掴む手に力が篭った。
 前を扱くのに合わせて後ろも収縮し、来栖を限界へと追い詰めていく。
「クリストファー様……あぁ……もう、もう…」
 瀬那の切羽詰まった声を聞き、来栖も更に張り詰める。
 来栖は大きく腰を動かし、最奥へと突き入れ、それと同時に瀬那の前を扱いた。
「ふっ…や……ぁ、ぁああっ!!」
 瀬那は一際甘い声を上げて達する。それと同時に来栖も瀬那の中に自分の欲望を放った。
 来栖の上でぐったりと力を抜いた瀬那をしっかりと抱きしめる。お互いの弾んだ息と、心臓の音が直接伝わってくるようだった。
「大丈夫だったか?」
「はい…。ありがとうございます」
 問いかければ、微笑んで礼を言われた。けれど、礼を言われるのはまだ早い。
「まぁ、今回のこれでちゃんと治るって訳にもいかないだろうけどな。それでも、段々と慣れていけばいいし…」
「ええ、よろしく、お願いします」
 来栖の言葉に頷いて、瀬那は頭を下げた。


 それから何度かそういうことを繰り返し、瀬那の状態も回復していった。人に触れられてもびくついたりしなくなったし、恐怖心もなくなっていったようだった。
 一月近く経った頃には完全に治ったように思えた。
 そうしてある夜。
 思った以上の成果はあったが、ここまでだろうと思った。引き際は肝心だ。
 いつもの池の近くで来栖は切り出した。
「もう、終わりにしようぜ、こういうの」
「え?」
 来栖の言葉に瀬那は軽く目を見開く。来栖は苦笑いを浮かべた。
「もう、あんたも完全に治ったみたいだし、こういうことする必要はもうないだろ?」
「あ……ええ、そうですね」
「それに、オレももう限界だしな。これ以上あんたとこんな関係を続けるのは」
 その来栖の言葉に、瀬那は表情を翳らせた。
「そう…ですよね。慣れさせるのが目的で、こんな面倒なことをしてくださっていたんですから。嫌にもなる…」
「…おい?」
「例え、それまで私のことを好きだったとしても、もう嫌いになったでしょう?」
「ちょっと待てよっ!」
 自嘲気味に呟かれる言葉に、来栖は慌てて訂正をかける。さっきの言葉は、そんなつもりで言った訳ではない。
「あんたのことを嫌いになった訳じゃねえよ。むしろ前よりずっと好きになってる。だから、オレのことを好きでもないあんたをこれ以上抱くのは辛いって、そういう意味で…絶対あんたのことを嫌いになったりなんかしねえ」
「クリストファー様…」
「だから、自分のことをそんな風に言うなよ」
 瀬那が自分のことを貶すのを見たくはない。何よりも、自分にとって大切な人間なのだから、そんな風に卑下するようなことはやめて欲しい。
 瀬那は暫く来栖を呆然と見詰めていたが、暫くすると口を開いた。
「クリストファー様、私は……私も、貴方が好きです」
「は?」
 突然の言葉に、来栖は驚いて瀬那を見つめた。瀬那も、来栖から視線をそらさない。
「貴方とこういうことをするようになって、それでも最初のうちは怖くてたまらなかった。それでも、どんな時でも貴方は優しくて…。そのうち、貴方に触れて貰えるのが嬉しいと思うようになったんです」
「セナ…」
「貴方に触れて貰えるのが嬉しくて、貴方に抱き締められるのが心地よくて…」
「…本当に?オレのことが好きなのか?」
「はい」
 しっかりと頷く瀬那に、来栖はどうしていいか解からなかった。頭が混乱している。まさかこうなるとは思っていなかった。
 暫く何も言えずに頭を抱えた。嬉しいのか、何なのかよく解からない。いや、嬉しいのだけれどどう反応したらいいのかが解からない。来栖は思い切り首をぶんぶん振って、目の前の池に入っていった。
「クリストファー様!?」
 驚く瀬那の声を無視して、膝までしかないその池に思い切り頭を付けた。服が濡れるのもお構いなしでそのまま池の中で座り込んだ。瀬那は暫く逡巡していたが靴を脱いで来栖の方へやってきた。
「あの、どうしたんです?」
「あー…くくっ…ふ……ははははははっ」
 来栖は突然笑い出す。それに度肝を抜かれて、瀬那は驚いたように身を引いた。しかし、来栖は急に真剣な顔になり、瀬那の手を掴んで引き寄せた。
 バシャンッ、と水の音が鳴る。
「クリストファー様…?」
「ったく、あーもう、信じらんねえ」
 自分の上に倒れてきた瀬那をしっかりと抱き締めながら、来栖は呟いた。
「オレのことが好き?」
「…はい」
「本当に?」
「本当です。貴方を、愛しています」
 何度も確かめる来栖に、瀬那は戸惑いながらも答える。
「夢みたいだ…。夢じゃ、ないんだな?」
「はい」
 ちゃんと答えてくる瀬那が嬉しくてキスをする。そっと触れるだけで離すと、瀬那は薄く頬を染めながらも微笑んだ。瀬那の気持ちが自分の所にある。それが感じられた。
「クリストファー様…」
「クリス」
「え?」
「そう呼べよ。恋人、だろ?」
「…クリス」
 来栖が促すと、少し恥ずかしそうに目を伏せて名前を呼んだ。
「もう一回」
「クリス…」
「もう一回。いや、何度でも」
「クリス、クリス…」
「セナ…愛してる」
 自分の名前を呟くようにして繰り返す瀬那の唇を自分のそれで塞ぐ。眩暈がするほどの幸せに、どうにかなってしまいそうだった。
「私も、貴方を愛しています。貴方が居るから、私は今、こうしていられるんです」
「セナ…」
「私の我侭です。でも、私は貴方に傍に居て欲しい」
「そんなことない。オレも、あんたの傍に居たいんだから」
 そう言ってもう一度キスをする。
 そうやって互いの気持ちを確かめ合いながら何度もキスを繰り返した。

 互いの気が済んだ頃には服はすっかり濡れていて、寮へ帰る道すがら二人で笑いあった。
 その、他愛もない幸せも、君が居るから。
 馬鹿みたいに単純な、幸せ。



Fin





小説 B-side   Angel's Feather TOP