秋の一日



「御園生!お前一体昨夜の食事に何混ぜやがったっ!!!」
 突然怒鳴り込んできた来栖を櫂はにっこり笑って出迎えた。
「ああ、上手くいったみたいですね」
「お前な…」
 全く悪びれた様子のない櫂に基本的に楽天家の来栖も頭を抱えたくなった。
 今現在、来栖は御園生邸に滞在している。勿論、来栖だけではなく他のみんなも一緒にだが。
 黒い翼との戦いを終えた後も、こうして何度か集まるようにしている。いつもはウィンフィールド城がその場所になるのだが、いつもそれでは芸がない。だから今回は御園生邸に集まろう、ということになったのだ。
 そして、みんなが集まって一夜明けた翌朝。
 来栖の体は縮んでいた。
 というか、若返っていた。
 どう考えても今の来栖は見た感じ十代半ば。身長も元より低く、声も少し高めだ。そして何より、今着ている服も大きくてズボンの裾を折り曲げ、思い切りベルトで締め上げてようやく着ている状態だった。
「セナなんか服の中で泳いでたぞ」
「見た目はどんな感じです?」
「年で言えば今のオレと同じくらい。って、だから何混ぜやがった」
「昨夜二人が飲んだワインに実験中の薬を」
「オレは実験用のマウスかモルモットか?」
「だって、年齢の違う別々の人間に試さなきゃいけなかったんですよ。どうやったら違う年齢の人を同じぐらいの年頃まで若返らせれるか。当然、一つの薬で」
 いい加減身内を実験対象にするのはやめて欲しいのだが。大体はいつも標的は翔の筈なのに、なぜ今回に限って自分と瀬那なのか。
「なんで羽村相手にやらねぇんだよ」
「設定が十代半ばなんですよ。翔じゃあんまり変化が解からないじゃないですか」
「だったら紫苑にしろよ」
「…あんまり可愛くなさそうだから」
「オイ」
 紫苑に対してそれはあんまりだろう。無精ひげそればそれなりに男前なんだから。
 などと言っても別に紫苑の子供の頃がどんなだったかなんて見たい訳でもないが。
「兎に角、元に戻せよ。これじゃぁ、ウィンフィールドにも帰れねえ」
「大丈夫ですよ、丸一日で元に戻りますから。どうせもう一泊していく予定でしょ?」
「丸一日…ね」
 来栖は深々と溜息を吐いた。これ以上は何を言っても無駄そうだ。
「あ、逢坂さん、着替えはこれですから」
「……学生服?」
 櫂が来栖に渡したのは遊星学園の学生服だった。
「サイズは合う筈ですよ。東堂先生からもらったものですから」
「…おっさんもぐるかよ」
「少し協力してもらっただけですよ」
「それをぐるって言うんだろうが」
 本当にあきれ返る。この調子だと翔や杏里も協力しているのだろう。あの二人の無邪気に嬉しそうな顔が頭に浮かんだ。
 頭が痛い。
 来栖の様子に櫂がくすくすと笑った。
「あの…クリス?」
 おずおずとした声に来栖と櫂が振り返ると、其処には瀬那がいた。
「水落先生」
「セナ、お前、んな格好で部屋から出てくるなよ!」
 その時の瀬那の姿と言えば、最早ズボンを穿くことは諦めたのか、ぶかぶかになっているシャツだけを着ている。ボタンを一番上まで留めても肩の半分が出てしまっている。
「すみません、やっぱりみっともないですよね。でも気になって…」
「そうじゃなくて、んな格好で出歩いたらどんな変な奴に誘拐されるか解かったもんじゃねえ!」
「…いくらなんでもこの家に誘拐犯はいないと思いますよ、逢坂さん」
「はぁ?」
 どうやら瀬那は、来栖の言った言葉の意味を理解していないらしい。
「だから水落先生、そんな格好をしていると、変態に誘拐されて怪しげなことをされたり何処かに売り飛ばされたりするかも知れないと、そういうことを心配しているんですよ、逢坂さんは」
「…お前はもうやめろ」
 櫂のあまりにもあからさまな言葉に来栖はげっそりと肩を落とした。瀬那も流石に意味を理解して、顔を赤くする。
「ま、まさか、そんなことはありませんよ。家の中だし…」
「でも、家の中と言ってもここは使用人もたくさん居ますからね。何処の誰が錯乱しても解かりませんよ、今の水落先生の格好じゃ。だってその様子じゃノーパ」
「お前はそれ以上言うな!!」
 いい加減櫂の言動に絶えかねて来栖が遮る。いくら三人だけしかいないとはいえ、よく平然と言えるものだ。
「兎に角だ、そんな格好、絶対あのおっさんに見せるんじゃねえぞ」
「シオン中将にですか?」
 来栖の言葉に小首を傾げて瀬那が問い返す。その仕草が、幼くなった容姿とあいまって何とも言えず可愛い。っと、そんなことを考えている場合ではない。
「おっさん、あれで実は筋金入りのショタコンだからな。もし見つかったら何をされるか…」
「クリス…いくらなんでもそれは…」
 結構本気で言っている来栖に対して、瀬那は苦笑いを浮かべる。紫苑は常識人だし、もし本当に少年趣味であったとしても、馬鹿なことはしないだろう。
 あまりの言い草に紫苑が可哀想になってくる。
「御園生、クリストファー様の怒鳴る声が聞こえたんだが…」
 噂をすれば影、とはこのことだろうか。当の紫苑がやってきた。
「東堂先生」
「げっ」
「あ」
 三人三様の反応を見せて、紫苑を迎える。櫂はにっこりと笑って紫苑を迎え入れた。
「どうです、この二人。可愛いでしょう?」
 櫂に促されるように最初は来栖、次に瀬那に視線を向ける。
 そして紫苑は瀬那と視線があった瞬間に、ばっと口元…いや、鼻を押さえた。
「おい、おっさん。この変態っ!オレの瀬那を見て鼻血出してんじゃねえ!!!」
「…っ」
 来栖は瀬那を守るように抱きしめながら紫苑に怒鳴る。流石の瀬那も紫苑のその反応には引いてしまった。
「す、すみません」
「…やっぱり水落先生のその格好は刺激が強すぎたみたいですね」
「今から瀬那を着替えさせるから、お前は外に出てろ!」
 そう言って来栖は紫苑を蹴飛ばすように部屋の外に押しやった。そしてバタン!と思い切りドアを閉めた。
「御園生、着替え!オレのはとりあえずその学生服で我慢してやるから、瀬那の何か出せよ。お前のサイズだったら着れるだろ」
「いろいろありますけど…どれにします?」
「どれでもいいよ。一番普通のやつだ。スーツなんか出すなよ」
「スーツも似合うのに…」
「子供になってまでスーツを着せるな」
 当の瀬那は来栖と櫂の会話を呆然と見つめている。焦点が自分なのは解かっているのだけれど、何となく会話に入りづらい。
 そんなやりとりをしながら、来栖は櫂が出してくれた服を瀬那に渡す。
「ほら、これ着ろよ。いつまでもそんな格好だと風邪もひくしな」
「はい」
 渡された服を受け取り、そして、ふと思いつく。
「あの、下着が…」
「ああ、それも僕のを着ま…痛っ」
「とりあえず何でもいいから向こうでそれを着ろ!後で買いに行くから」
「何も叩かなくてもいいでしょう」
「うるさいっ!シオンといい、御園生といい、どうしてこう変態ばっかなんだっ!!」
「一番変態くさいのは逢坂さんだと思いますけど…」
「オレはいいんだよ、セナはオレのなんだから!」
 二人の会話を聞きながら、瀬那はさっさと服を着替えた。あまり聞きたい会話ではなかったが。そういう話をしながらも、来栖ももう着替え終わっていて、遊星学園の学生服姿になっていた。
 瀬那はついついその姿に見入ってしまう。
「なんだよ?」
「あ、いえ…なんだか懐かしいなと思って…初めて遊星学園で会った時と同じくらいでしょう?」
「ああ、そっか。オレは見慣れないけどな、あんたのその姿は。可愛いからいいけど」
 さらっとそう言う来栖に、瀬那は赤くなる。その様子を見て来栖は笑みを漏らして瀬那を抱きしめた。
「偶にはこんなのもいいかもな。何と言ってもこれだとオレのがちょっと背高いし」
 顔を近づけて瀬那と視線を合わせた来栖はにやっと笑う。確かに、今は少しだけ来栖の身長の方が高い。成長期は瀬那より来栖の方が少し早かった、ということだろう。
「二人でラブラブしているのは勝手ですが、そろそろ東堂先生を中に入れますよ。待ちくたびれてるでしょうから」
「ああ」
 櫂の言葉に頷きながら、それでも来栖は瀬那を抱きしめたまま離さない。
 櫂が紫苑を中に入れると、翔と杏里も一緒に入ってきた。
「うわ、本当にちっちゃくなってる!」
「うわーうわーうわー、逢坂先輩も水落先生も可愛い!」
 翔と杏里の無邪気な歓声に、来栖は脱力する。しかし、その反応に瀬那は少しだけほっとしたようだった。お子ちゃま二人もたまには役に立つものだ。
 一気にその場は騒々しくなり、殆ど勢いのままに櫂の部屋を出て、朝食を摂った。


 朝食の後、来栖と瀬那は御園生邸を出て買い物に出かけた。
 何と言っても瀬那にいつまでも櫂の服を着せている訳にはいかない。瀬那は別に何とも思っていないようだが、来栖はそれが腹立たしくて仕方がないのだ。
 二人で連れ立って歩きながら、何となく新鮮な気分であたりを見回した。
「やっぱ、視線が低いと違うもんだなぁ」
「そうですね」
「お前なんて二十センチは視線が下がったもんな」
「本当に子供になってしまうなんて、おかしな気分ですよ…」
「この頃のあんたって、何してた?」
 不意に来栖に問いかけられて、瀬那はびくっとする。その反応を来栖は見逃さなかった。
「それは…」
 口篭り、俯いてしまった瀬那に、矢張り聞いてはいけなかったのか、と少し落胆する思いもあったが、それを首を左右に振って追い出し、瀬那の手を取った。
「ま、言いたくないんならいいや。ほら、行こうぜ」
 そう言って瀬那の手を取ったまま来栖は走り出す。瀬那は一瞬転びそうになったが、寸でのところで体勢を立て直し、来栖に導かれるままに一緒に走る。
「クリスっ!」
「せっかく子供に戻ったんだ。子供らしく遊ぼうぜ」
 そう言って走りながら笑う。その笑顔の眩しさに、瀬那は目を細めた。
「こうやって同い年になることなんて、本当はありえないんだから目一杯楽しまなきゃ損だろ?」
「そう…ですね」
「よし、行こう!」
 そう言ってさらにスピードをあげて走り出す。手を繋いだまま。強く握り締めてくるその手を感じて、瀬那も笑みを漏らした。しっかりと握り返して、子供に戻ってしまったことへの戸惑いを追い払った。

 いろんな店を見て回りながら、瀬那の服を調達する。
「やっぱこれがいいよな。それにしても、あんたって何でも似合うな」
「そうですか?」
「そうそう。あ、これください」
「クリス、私が…」
「いいから、オレに買わせろよ。…此処で着替えてってもいいよな?」
 瀬那が戸惑ったような声を返すが、来栖はそのまま押し切り、買った服を瀬那に着替えさせた。櫂の服をもらった紙袋に入れて、二人は店を出た。
「やっぱり私が払いますよ」
「しつこいな。オレが買ってやりたかったんだよ、あんたに。誕生日の時、何も出来なかったんだし」
 瀬那は旅の途中のために、なかなか日本にもウィンフィールドにも帰ってこない。だから、瀬那の誕生日の当日も会うことは叶わなかった。そのことを言うと、少し考えた後、瀬那は言った。
「じゃぁ、私にも何かクリスに買わせてください。もうすぐ、誕生日でしょう?」
「ああ。じゃ、昼飯はお前のおごりってことで。な?」
「はい」
 瀬那は頷いて笑う。それに笑い返しながら、幸せな気分に浸る。
 こうやって二人で出かけられるだけで、それだけで幸せなのだ。こうやって恋人と傍に居られるだけで。
 それでも、昼食にはまだ時間が早かったので、何となく二人でゲームセンターに向かった。
「あんた、こういう所によく来た方?」
「そうですね。でも、自分から来ることはあんまり…」
「…誰と一緒だったんだよ」
 暗に誰かと一緒だったと匂わされて、来栖は憮然とする。
「大した知り合いじゃありませんよ。殆ど無理矢理付き合わされて、楽しいと思ったことなんてありませんから」
「ふーん」
 まだ納得していない風の来栖だったが、ふと視線を止めた。
「あれ、やろうぜ。ポイントが高かった方が昼食にデザート驕り」
 そう言って来栖が示したのは射撃ゲームだった。
 瀬那は頷き、先に来栖がゲームを始めるのを隣で見ていた。わざわざこのゲームにしたのは、瀬那の得意分野だと解かっているからだろう。
 来栖はこういうゲームには慣れているのか、高得点を出した。
 瀬那は来栖と代わりゲームを始める。
 本当の射撃とは少し勝手が違うが、それが何だか楽しかった。結果は瀬那の勝利。来栖は負けたこと自体はあまり気にしておらず、瀬那が楽しそうにしていたことの方が嬉しかった。
 そして、暫くゲームセンターで遊び、時間を見て昼食を摂った。
 その後は公園に行ってのんびりと歩いた。

 初秋の風は少し冷たくて、でも日差しはまだまだ暖かい。
 何処からともなく金木犀の香りが漂ってきた。
「秋だなぁ…」
 少し感慨深げな来栖の声に、瀬那も頷く。
「そうですね」
「金木犀って何処にあるか解かんねぇのに匂いはするんだよなぁ」
「でも、気がつくと結構何処にでもあるんですよね」
「そうそう」
 ふと存在に気づけば強力な存在感を放ってくる。ついつい目がその緑の中にある濃い黄色を探してしまうのだ。
 何気ない季節の移り変わりを実感して、こうして隣に瀬那が居ることが嬉しく思う。
「セナ」
 名前を呼んで、瀬那を抱きしめた。瀬那は驚いたように身を竦める。
「クリス…あの、人に見られますよ」
「構わねーって」
 ここは公園で、今は周囲に人影は見えないけれど、いつ誰が来るかも解からない場所だ。それを気にしているのだろうが、来栖は今はそんな事はどうでもいい。こうして瀬那を抱きしめて、ちゃんと此処に存在していると確かめることが大切なのだから。
「ちゃんと、此処にいるよな」
「…クリス?」
 来栖は強く強く瀬那を抱きしめながら言った。瀬那は戸惑ったように来栖の名前を呼ぶ。
「時々、近くに居てもあんたが何処か遠くにいるんじゃないかって気がして、たまんなくなる時がある。…ちゃんと、此処に居るよな?」
「はい。此処に居ます。あなたの傍に」
「セナ…」
 来栖がそっとキスをすると、瀬那も拒絶することなくそれに答えた。
 ふと視線が合うと、来栖は苦笑いを漏らした。
「駄目だな、秋は感傷的になる。…お前がそんな姿になっているせいもあるんだろうけどさ」
 来栖の言葉に、少し首を傾げる瀬那にもう一度キスをした。
「あんたが、オレの知らない頃の姿をしたあんたが目の前に居る。どうやってもオレには手の届かない頃のあんたが」
「クリス…」
「あんたの過去に今更何があろうと構わないんだ。それが辛いものかも知れないってのも解かってる。でもさ、何も知らないままだと、いつまで経ってもこれ以上あんたに近づけないんだ」
 来栖はもう一度瀬那を抱きしめて耳元に囁きかけるようにして言った。
「だから、少しずつでいいから、話して欲しい。あんたの子供の頃の楽しい思い出も、辛い記憶も、その全てが今の瀬那に繋がっているんだから、オレはその全部を好きになる」
「クリス…クリス…」
 瀬那は来栖の背に腕を回して何度も名前を呼んだ。
 何とも言えない感情が瀬那の胸を満たしていく。暖かくてどうしようもなく嬉しい。この人が本当に自分のことを好きだと思っていてくれているのだと、それを実感せずには居られない。
「クリス、クリス…クリス…」
「セナ…」
 来栖は瀬那を強く抱きしめながら、その存在を確かに感じていた。
 今、瀬那は此処にいる。間違いなく。
 そう確信しながら、少し冷たい秋の風を感じていた。


 御園生邸に戻り、夕食を終えると、来栖と瀬那は部屋に戻った。
「あー、何か今日は疲れたな」
「そうですね、子供に戻ってしまいましたし」
 ぐーっと伸びをする来栖に、瀬那も苦笑いを返しながら答える。
「ハーブティでも入れますか?それともウィスキーでも飲みますか?」
「うーん、酒もいいけど、ハーブティって気分だな」
「解かりました、用意しますね」
 頷いて、部屋に置いてあるティーポットを手に取った。部屋にこんなものまで完備してあるなんてどこぞのホテルのようではないか、と初めて泊まった時は苦笑いが浮かんだものだ。
 ハーブティのいい香りが部屋に漂う。
 何となくほっとするような香りだ。
「どうぞ」
 テーブルの上にそっと置かれたカップを手に取り、口まで運ぶ。
 暖かさが体中に広がっていくようだった。
「ほっとするな」
「はい」
 深く息を吐いてそう言うと、向かい側に座った瀬那も頷いた。
 いつも足を投げ出すように座っていたのに、今は椅子のサイズもぴったりで両手でカップを持っている姿は小動物を思わせて可愛い。それに対して自分も人のことを言えない姿になっているのは複雑だが。
 今の瀬那は自分の知らない瀬那だ。昼間はそれを少し悔しくも思ったが、今はそれよりも、そんな瀬那のいろんな顔を見れるうちにたくさん見ておきたい。
 今よりももっと、瀬那のことを知りたいのだ。
 ハーブティを一息に飲み干すと、瀬那に近づく。
「クリス?」
 今日来栖が買ってやった服に手をかける。首筋に手を触れると、瀬那はぴくっと震えた。
「あ…」
「なぁ、瀬那。好きな相手に服を買ってやるのは、脱がせたいって意味の表れだって話、当然知ってるよな?」
「クリス、それは…」
「ま、この服も、もう明日には着れなくなってんだろうし、有効に利用しないと、な?」
 別に最初からそういうことを考えていた訳ではないが、そんな風に言ってみせると瀬那の頬が赤く染まった。
「もうこんなことは二度とないだろうしな。………たぶん」
 最後の間が長くなったのは、櫂ならまたやりかねない、という憂慮のためだ。実際またされないという保障は何処にもない。
 瀬那もその意味に気づき、苦笑いを返す。
「まぁ、だからさ。オレとしては、今のあんたをじっくりと味わいたいんだよ。好機は逃しちゃ勿体無いだろ?」
「ようするに、したいんですよね?」
「そういうこと」
 少し呆れたように返してくる瀬那に来栖はキスをする。深く貪るように口付け、舌を絡めた。その柔らかい唇を味わいながらシャツ越しに胸の突起に触れた。
「んっ…んんっ!」
 瀬那はびくっと震えて、来栖の背にしがみ付いた。
 調子に乗って尚も深く絡める。歯列をなぞり上顎を舐め、舌に吸い付いた。
「ふぅ…ん、ん……は、ぁ……」
 シャツの上から突起を押し潰すように嬲ると苦しげに息を乱し、来栖の服を引っ張って止めさせようとする。しかし、感じている所為であまり力が出ず、止める気のない来栖はそれを無視してキスを続ける。
 時折口の端から漏れる吐息が熱く、欲望の赴くままに瀬那の唇を貪り続ける。
「ぁ…んん……ふ…ぅ…」
 止めさせようと服を引っ張っていた手からも力が抜けた頃、ようやく唇を離す。
 乱れた息を必死に整え、たっぷりと涙を溜めた大きな瞳はきらきらと光って宝石のように見えた。来栖はその眦にキスをする。
 一瞬目を閉じた瀬那が来栖を視界に捕らえると、軽く睨みつけられた。
「ずるい…です。こういうのは……」
「悪い。あんたがあんまり可愛いから止まらなくてさ」
 乱れた息の合間に文句を言う瀬那に苦笑を返して、もう一度軽くキスをし、瀬那を抱き上げた。
「え、ちょっ…」
「あ、あんまり動くなよ、落とすから。でも思ったよりは軽いな」
「おろして、くださ…」
「黙ってろって」
 そう言って来栖は瀬那をベッドまで運んでいく。今だからしか出来ないことを今だからやるのだ。今は少しだけ来栖の方が背が高い。だからこんなことでも、やろうと思えば出来る。
 瀬那をベッドに乗せるとそのまま押し倒した。
「これからが本番だぜ?覚悟はいいよな」
「いいって言わなくてもするんでしょうに」
「まぁ、今は若くなってて血の気が多いってことで」
「普段も大して変わらないじゃないですか」
「そうでもない」
 瀬那の呆れたような物言いに言葉を返しながら、来栖は笑う。
「え?」
「いつもより、我慢できそうにねえ」
 そう言って来栖は自分の着ている上着を脱ぎ捨てた。
 瀬那の着ているシャツを捲り上げ、既に立ち上がって赤くなっている胸の突起を口に含む。
「あ……んっ」
 いつもより高めの声を出し、喘ぐ瀬那に来栖はどうしようもなく興奮してくる。
 赤くなっている其処に吸い付き、もう片方を手で愛撫しながら、残った手でズボンのボタンを外した。我慢が出来ずにいつもより性急に瀬那を煽っていく。
 ズボンの下にもぐり込ませた手で瀬那のモノを何度も扱き上げる。
「ん、んん…っ!」
 くぐもった声が聞こえて瀬那を見ると手で口を塞いで声を押さえている。一度顔を上げて瀬那の手を掴んで離す。
「声、ちゃんと聞かせろよ。今のあんたを何もかも余さず感じたいんだ」
「で…も」
「でも、何?」
「恥ずかしくて…」
 頬を赤く染めて言う瀬那に、来栖は首を傾げる。
「んなの、今更だろ?」
「ただでさえ違和感があるのに、自分の声じゃないみたいで…」
「ああ、なるほど」
 得心して来栖は頷く。
「でも、それだってあんただろ。聞かせてくれよ。聞いてるのは、オレだけだから…」
 そう言って瀬那のものを扱いた。
「あ…っ」
 思わずと言った風に声を漏らした瀬那に笑いかけ、更に愛撫を続ける。前を扱きながら瀬那の体中にキスをする。快感に身を捩る瀬那の姿が堪らなく色っぽい。
「あぁ……や……クリスっ」
 声を抑えることを止めた瀬那があられもない声を上げる。それに気をよくしてサイドボードに置いてある潤滑剤を手に取った。それを指につけ、後ろへ持っていく。指を一本入れて中を解す。熱く蠢く其処に早く自分のものを入れたくて堪らない。
 どうも体が若返っているせいか押さえがきかない。性急に二本目をいれると、瀬那の腰が僅かに引けた。
「悪い、セナ。でも我慢できねぇ」
「クリス…」
「ちょっと辛いだろうけど、いいか?」
 切羽詰った声になっている来栖が聞くと、瀬那は微笑んだ。
「大丈夫です。そんなにやわじゃありませんから。それに、私も早く貴方が欲しい」
「セナっ!」
 瀬那の言葉が来栖を煽り、既に張り詰めている自身を一気に瀬那に突き入れた。
「く…っん!…ふ……」
 苦しげに息を漏らす瀬那に辛いだろうと解かっていながら押さえられなかった。何度も何度も突き上げる。瀬那は来栖の背に腕を回して縋り付く。
「セナ……セナ…」
「ふっ……ああ……クリス……んんっ…」
 何度も突き上げるうちに瀬那の声にも甘さが混じり始める。
 瀬那の感じる場所を探して、其処を突く。びくっと体を震えさせて、瀬那は仰け反る。
「ひぁ!…ぁ、あ……ふぅ…ああ……や……」
 背中に回された手に力が篭った。ぴりっと痛みが走って少し眉を顰めたが、それよりも我を失って縋り付いてくる瀬那に嬉しくなった。
「セナ……セナ…好きだ。愛してる……例えどんな姿でも、お前を愛してる」
「クリス……私も、貴方を愛して…います」
 荒い息の下で瀬那は来栖に答える。例えようもない喜びに震えながらまた来栖は何度も突き上げ、二人同時に絶頂を迎える。
「セナ…っ」
「クリス…ぁあっ!」
 ぐったりとして息を整える瀬那を来栖はしっかりと抱きしめた。
 やっぱり、こんなに抑えが効かなくなっているのは若返っている所為だろう。瀬那もいつもより感じやすくなっているようだった。
「やっぱいいよな、これだとちゃんとセナを抱きしめられるし」
「クリス…」
「いつもじゃ腕に収まりきらないもんな」
 苦笑いを浮かべて言う来栖に、瀬那も笑みを返した。
「でも、私としてはもうこの姿はこりごりですよ」
「オレも今の姿はちょっと嫌だけどな」
 瀬那の言葉に同調して来栖はくすりと笑う。
「あの、クリス、背中に…」
「え?ああ。平気だよ、このぐらい。オレも結構無茶したからな」
「ですが…」
 申し訳なさそうな顔をして瀬那が言う。
「この姿になってから今日一日、ずっと貴方に守られてばかりような気がします。本当は私が貴方を守りたいのに」
「いつも守ってもらってるよ。偶にはこんなのだっていいだろ。それに、旅から戻ってきたら、オレんとこに来てまた近衛兵になるだろう?」
「はい。きっと」
 瀬那の毅然とした言葉に来栖は嬉しくなる。
 不意にまた欲が湧き上がってくる。中に入れたままだったそれが力を取り戻してきたのが解かって、瀬那は少し戸惑った顔をする。
「クリス…」
「セナ、もう一回」
「でも、あの……ひぁ!」
 困った顔をした瀬那の腰を掴んで突き上げる。背を仰け反らせて瀬那はびくびくと震えた。前を同時に扱いてやると、すぐに元気を取り戻してきた。
「クリス…ゃ…あ……ん!」
「見せてくれよ、もっと、もっと。あんたの感じてる顔を。今のあんたが感じている顔を。忘れられないぐらいたくさん見せてくれ。そして、今のオレをあんたの中に刻みつけてくれ」
 そう言ってまた何度も突き上げる。
 また急速に上がってくる熱に瀬那はなす術もなく陥落していく。
 そうしてその夜は結局その後も瀬那が気絶するまで来栖は瀬那を求め続けた。



 来栖が目を覚ますと、もうすっかり元の姿に戻っていた。
 隣で眠っている瀬那も元に戻っている。ぐったりとしていて顔色も少し青白くなっているのは矢張り昨夜無理をさせたからだろう。解かっていても抑えが効かなかったのもこの際若さの所為にしておこう。
 眠っている瀬那の髪をゆっくり撫でた。さらさらと手に落ちる髪を弄んでいると、瀬那がっくりと目を開いた。
「おはよう、セナ」
「……」
 瀬那は何か言おうとしたが、声が出ないらしい。昨夜散々啼かせてしまったからだろう。
「ちょっと待ってろ」
 そう言って起き上がり、水差しを取ってコップに水を入れた。直接瀬那に渡そうかと思ったが、起き上がるのも辛そうで来栖は一度自分が口に含み、瀬那に口移しで飲ませた。
「ありがとうございます」
 まだ掠れてはいるけれど、声は出るようになった。
「大丈夫か?悪かったな、無理させちまって」
「いえ…。大丈夫です」
 そう言って微笑むが、矢張りまだ顔色が悪そうだった。来栖はもうウィンフィールドに帰らなければならないが、瀬那は此処にもう一泊することになりそうだ。
「元に、戻ったんですね」
「ああ、勿体無いよな、可愛かったのに」
「言わないでください」
 来栖が残念そうに言うと、瀬那が少し拗ねた口調で言った。
「あんたのあの姿ならもう一回見てみたいのにな」
「止めてください。もうこりごりですよ」
「ああ、そうだ。そうじゃなくてもあんたが子供作ればあれぐらい可愛いのが生まれるかもな」
「誰との子供ですか。それは」
「……オレ?」
「いくらなんでも無茶苦茶です」
 瀬那は呆れて溜息を吐いた。男同士で子供なんて出来るはずもないことは来栖だって解かっているだろうに。
 そう思うと、来栖はにやにや笑いながら言った。
「いーや、解かんねぇぞ。御園生なら男同士でも子供ができる薬ぐらい作れるかも知れないからな。…今度頼んでみっか」
「止めて下さいっ」
 何となく、櫂なら本当に作りかねない気がして瀬那は青くなる。
「いーじゃん、きっと可愛いぜ」
「大体、その場合産むのは誰ですか」
「当然、セナだろ」
「絶対嫌ですっ!というか無茶です」
「男同士でも子供が生めるってなったら、ウィンフィールドでの男同士の結婚も認めやすくなんのに。そしたら王妃としてあんたを迎え入れられるし…」
 そう言いながら、自分で納得してどんどん来栖がやる気になってきているのが解かった。
「そうなりゃ結婚云々と周りから言われなくても済むしな。うん」
「冗談じゃないですよ、王妃なんて。本当に止めてくださいっ!」
「えー、いいじゃんか。きっと似合うぜ、ウェディングドレス」
「や・め・て・く・だ・さ・い!」
 かなり本気で嫌がっている瀬那に、来栖はとうとう我慢できずに大笑いを始めた。
「く…っ、はははははっ。冗談だよ、冗談。ま、確かにそうなりゃいいと思うけどな。いくら御園生でもそりゃぁ無理だろ」
「だといいですけどね」
「ま、頼んでみるぐらいはいっかな」
「だからやめてくださいっ!」
 瀬那の抗議も来栖の前ではあまり意味がなく、右から左へ素通りしていっているようだ。
 来栖は笑いながら本当にそうなったら、とあれやこれやと計画を立て始めている。
 瀬那が無駄な抗議に疲れ果てて黙り込むまで、二人の不毛な会話は続いたのだった。



Fin





小説 B-side   Angel's Feather TOP