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 瀬那の自室で酒を酌み交わす。
 最近それが執務が終わった後の来栖の日課になっていた。
 普通、一国の王様がただの近衛兵と部屋で酒を飲んでいるなんて有り得ないが、ワープゾーンを開いてきているので誰かに見られる心配はない。
 来栖にとっては、瀬那とこうして二人きりの時間が取れるのが、何より嬉しい事だった。
 紫苑やレイヤードはそのことを認知済みで、文句を言う事もない。というよりは、二人には来栖の気持ちはすっかり知られている。ただ、時折紫苑が困ったような視線でこちらを見ていることはあるが。
 それも仕様が無い事だ。
 お互いに瀬那のことを好きだと知っていて、来栖は瀬那に告白もしている。しかし、紫苑はそうするつもりはないらしかった。ただ、何も言わずに見守る事を選んだ。
 だから、紫苑はこの中には入らない。
 絶対に。
 瀬那が長い旅からウィンフィールドに戻ってきて、また近衛兵として働きたいと言ってきたとき、本当に嬉しかった。何より、自分の傍に在ることを選んでくれた事が。
 来栖が告白してからも、瀬那はあまり態度を変えることは無かった。来栖の告白をどう受け止めているかさっぱり解からなくてもどかしいと思ったこともあった。旅に出た時は避けられているのかとさえ思った。
 でも、こうして戻ってきたという事は、自分にまだ望みがあるのだと、そう思っていいんだろうと解釈することにした。
 そして、旅から戻ってきた瀬那にもう一度告白した。瀬那は断る事も、受け入れる事もしなかったが、こうして酒を酌み交わす関係を続けるに至った。
「そっちの仕事は忙しいか?」
「そう…ですね。でも、充実しています」
 微笑んで答える瀬那を見て、堪らなく愛しいと思う。
 人間界にいる時、辛い事、苦しい事をたくさん経験して、その上にその微笑がある。本心を隠すことが上手くなって、辛い事も表に出さない。その苦しみを、決して外には漏らさない。
 けれど、一度来栖は垣間見てしまった。瀬那の中の苦しみを、痛みを。その瞬間の、絶望を。
 それまでも、瀬那に惹かれていて、好きだと自覚してはいたけれど、その時の瀬那の痛みを知った瞬間、自分が全てを受け止めて、癒してやる事が出来たらいいと思った。
 否、癒す事は出来なくても、それを一緒に受け止めてやる事が出来たなら。
 愛しさが込み上げてきて、来栖は自然と瀬那に手を伸ばしていた。
 頬に触れ、キスをすると、瀬那はゆっくりと瞳を閉じた。瀬那は、拒まない。それも知っている。
「んっ…う…ふ…」
 瀬那が甘い息を零す。
「セナ…好きだ」
「クリストファー様…」
「…セナ。クリスって呼べって言ってるだろ」
 むっとした表情の来栖に、瀬那は苦笑いを浮かべる。
 そうやって、言葉に出さずにそう呼ぶことを否定するのだから相変わらずずるい。
 来栖は立ち上がり、テーブルの向こうにいる瀬那に歩み寄る。瀬那は座ったまま来栖の動きを見ている。
 来栖は屈み込み、もう一度瀬那にキスをした。
 先程より深く、貪るように。
「ん、んんっ…ふ…っ」
 その時折洩れるくぐもった息に煽られるようにして、来栖は瀬那の腰に手を伸ばした。すっとなで上げるとびくりと反応が返ってくる。尻に手を持っていくと、瀬那は僅かに腰を上げた。その尻を掴んで揉んでやると、瀬那は甘い声を漏らして、来栖の背に腕を回して縋り付いてくる。
「あ…は…っ」
「っ―――…」
 その声を聞いた瞬間に、来栖はばっと瀬那の体を引き離した。
「クリストファー…さま?」
 瀬那が途惑ったような顔で来栖に呼びかける。頬が赤く染まって、瞳も心なしか潤んでいる。それを見ているだけでも崩れそうになる理性を押さえ込んで、来栖は深呼吸をした。
「はあ…っ、んとに、馬鹿」
「え?」
「ああ、お前にじゃない、オレのこと」
 訳が解からずきょとんとした顔をしている瀬那に来栖は苦笑を漏らす。
「求めたら、お前はオレの事受け入れてくれるのは解かってんだ。でもさ、オレはちゃんとお前と心を通わせてから抱き合いたい。両思いになってから。それまではキスだけで我慢するって、決めてんだ」
 来栖のその言葉に、瀬那は軽く目を見開いた。
「さっきは暴走しちまいそうになったけどな。お前が、オレの事を受け入れて、好きになってくれるまで、待ってる。そう決めてるんだ」
「クリストファー様…」
「だから、クリスって呼べって言ってんだろうが」
 もう一度そう言うと、瀬那もまた同じように苦笑いを返した。
 今のこういう関係も決して嫌いじゃない。今はそれでも仕方が無いし、それで結構満足もしている。
 それでいいと、思っている。


 来栖は深々と溜息を吐いた。
 もうとっくに日も暮れている。今日は瀬那の部屋には行けないかも知れない、そう思うぐらいの量の書類が来栖の目の前に積まれていた。
 何とかして抜け出せないだろうか。せめて、瀬那に今日は無理だと伝えるだけの時間さえあれば。瀬那は多分、待っている。来栖が来るのを、恐らくはずっと。いつ来栖が来てもいいように、準備をして待っているだろう。
 そう考えるだけで猛烈に会いたくなる。
 そしてまた、深々と溜息を吐いた。
「クリストファー殿下、溜息を吐いているよりも書類をさっさと片付けた方が早いですよ」
「十分でいいから休憩くれよ」
「駄目です」
 隣で見張っているレイヤードに訴えてもあっさりと却下されてしまった。毎晩瀬那と酒を飲んでいることを知っているくせに、この態度はないと思う。
 でも、十分あったら本当にこの場から抜け出す事も可能だし、出来たら自分がそうするだろうことは、レイヤードも、来栖自身もよーく承知していた。
「じゃあ、せめてシオンに今日は行けそうにないって、セナに伝えるように言ってくれ」
「…解かりました」
 少し考えた後、レイヤードも頷く。
 レイヤードも、瀬那の性格は解かっているから、当然といえば当然だが。これを却下するとしたら、もうレイヤードは鬼だ。
 レイヤードは紫苑を部屋に呼んで、そのことを伝える。紫苑は頷いて、部屋を出て行った。
 これでもう、今日は会えないな、と今更ながらに残念になってくる。一日一回会うのが楽しみだったのに、と恨めしげにレイヤードを睨みつければ、冷ややかな視線が返ってきた。

 そしてそれから一時間、書類と格闘していると、紫苑が執務室に戻ってきた。
「クリストファー様」
「おかえり。遅かったな」
 そう返してみるも、何となく来栖も異常を感じた。紫苑の表情も心なしか強張っている。
「…セナが、どうかしたのか?」
「部屋に行ってみたのですが、誰も居ませんでした。それで近衛の訓練場や、他に行きそうな場所を回ってみたのですが、一向に捕まりません。他の近衛の連中に聞いても、定時で帰って、あとのことはさっぱりだと」
 来栖はすっと立ち上がる。レイヤードが視線で押さえるようにするが、来栖は首を振った。
 捕まらないだけなら、別におかしくはない。
 誰にだって、そういう時はある。人に、会いたくない時だってある。
 でも、何故か妙な胸騒ぎがした。
 それは紫苑も同じだろう。だから、聞けば来栖がじっとしていられないのを承知で、それを言ってきたのだ。
「レイヤード、お前が採決できる分はお前に任せる。こんだけあっても全部急ぎじゃないんだろ?明日纏めてやるから」
「明日、覚悟しておいてくださいね」
「ああ。シオン、行くぞ」
「はい」
 レイヤードが仕方がないと言う風に頷くのを確認して、来栖は紫苑を促して執務室を後にした。
 それを見送ってレイヤードは溜息を吐く。
「全く、国王自ら行こうと言うあたりが一番間違っていると解かっていらっしゃるんだろうか」
 その呟きも、来栖には聞こえない。
 言うだけ無駄だという事も解かっているのだし。
 そうして、レイヤードは来栖が机の上に残した書類に目を通し始めた。



 行き成り後ろから押さえつけられたと思ったときにはもう遅かった。
 路地に引き込まれて、そのまま壁に叩きつけられる。
「くっ」
 小さく呻き声を洩らすと、下卑た笑い声が聞こえた。
 ようやく相手の確認をすると、三人。
 少し、まずいかも知れない。今は銃を持っていないし、こんな狭い路地で魔法を使う訳にもいかない。武道が出来ない訳ではないが、得意という訳でもなかった。
 牽制する意味で睨みつけるが、その人数で過信しているのか、あまり効果は無かった。
 一人に腕を捕まれて、路地のさらに奥に連れ込まれる。抵抗しようとしたが、狭い上に三人を相手ではそれもままならない。
 路地の奥は少し広がった場所になっている。
 昼間は子供が遊び場にしているだろうが、夜は薄暗く、誰も近寄らないだろう。それが解かっていて連れてきたのだ。
「流石に、三対一じゃあ、白い翼の勇者の仲間ったって敵わないよなあ」
 その物言いに、瀬那は相手の目的を察する。
「黒い翼…ですか」
 その瀬那の言葉に応えるように、三人は黒い翼を生やし、示して見せた。
 黒い翼の総帥レイヤードも万能ではない。人間や白い翼との共存にあくまでも反対を続けるものがいることは瀬那も知っていた。彼らもそうなのだろう。
 そして、白い翼と共に戦った瀬那を殺せば、何らかの影響がある。そう考えているのだろう。
 体術は得意ではないが、矢張りそれで応戦するしかないだろう。周りは民家だ、魔法を使えば近隣の住民に迷惑が掛かる。
 恐らくは、それも計算済みで。
 二人は剣を、もう一人は弓矢を持っている。
 形勢不利。それは解かっていても、大人しく屈するつもりはない。
 兎も角、一人だけでも倒す。そう考えて、襲い掛かってくる三人と戦う。しかし、それでも矢張り多勢に無勢とでも言おうか、武器もなく、魔法も使えないのでは話にならない。

 立てなくなるまでぼろぼろになった姿に、三人はいやらしい笑みを浮かべる。何かが、おかしい。殺すつもりなら、とうに出来た筈。
 何故、殺さないのか。それともいたぶるのを楽しんでいるのか。
 解からないが、それでも立とうと体を起こしかけるとそのまま踏みつけられた。
「ぐっ…う…」
 そして髪を捕まれ、息が掛かるほどまで顔を近づけられる。
「まだ、気を失っちゃなんねえぜ?お楽しみはこれからだ」
 そう言って仰向けに押さえつけられると、一人が瀬那の上に跨ってくる。もう一人は瀬那の腕を頭の上で押さえつけ、後の一人は足を押さえる。
 何をしようとしているのか悟り、さっと血の気が引く。
 暗いからそれを相手が悟ることがない、それだけが幸いだった。
「なあ、ラン様の相手もしたんだろう?俺たちも楽しませてくれよ」
「…ランの…信者ですか」
 嘲るように笑って見せると、瀬那に跨った男は拳を振り上げる。しかし、瀬那の足を押さえていた男がそれを止めた。
「やめとけよ。折角のお綺麗な顔に傷つけちゃ勿体無いだろ。それよりも、羞恥と苦痛と快感にその顔を歪ませる方がよっぽど楽しいぜ?」
「ああ…それもそうだな」
 くくっ、と笑いを洩らして、瀬那の着ているアンダーシャツの裾を捲り上げた。
「や…め…っ」
 触れられて、悪寒で背筋が震えた。
 何とかして逃れようとするが、体をしっかりと押さえつけられていて、どうにも出来ない。
 声を出せば、誰かが助けに来るかもしれない。此処は路地裏だが、人通りのある通りとそれほど離れている訳でもない。
 声を、出せば。
 しかし、そう考えると頭の芯がさっと冷えて、喉の奥が引き攣って声が出せなくなる。
―――嫌だっ、助けて…っ―――
 そう叫んでみても、誰も助けてなどくれない。
 助けてくれるような人などいない。呼べる名前もない。
 今と同じように無理矢理押さえつけられて、助けを呼ぼうとしたけれど、誰の名前を呼んだらいいのか解からないと思った瞬間に、胸の奥に冷たいものが広がった。
 その時に、自分は限りなく独りなのだと悟ったのだ。助けてくれる人なんていない、一人で生きていくしかない。誰にも、頼ることなんて出来ない。
 その時の、どうすることも出来ない絶望に似た感情をまざまざと思い出す。
 ぎゅっと目を閉じて、過ぎ去るのを待つしかない。
 いつも、そうしてきたのだから…。
―――オレの名前を呼べ!―――
 不意に、来栖の声が脳裏に蘇る。
「あ…」
「どうした、怯えてるのか?」
 小さく声を漏らした瀬那に男が揶揄するように言うが、瀬那はそんなことは耳に入らなかった。
―――オレの名前を呼べ。何処に居たって絶対助けに行ってやるから―――
 その言葉が、瀬那の心を揺さぶる。
 その言葉を言われた時、瀬那がどんなに嬉しかったか、来栖は解かっているだろうか?
 でも、それでもその名前を呼ぶことに心が迷う。それでもし、誰も来なかったら、今まで以上の絶望と孤独が自分を襲うことが解かっているから。
 けれど、あの人は嘘を吐かない。そんな嘘は吐かない。
 信じられると、そういう人だと、知っているから…。
「たす…け…っ、クリス!!」
 それでも何処かで呼ぶことを拒もうとする喉から絞り出す様にその名前を呼んだ。
「ごーかっく」
 突然の声に、瀬那は目を見開く。
 其処には、息を切らせて立っている来栖と、紫苑が居た。
「てめーら、セナにそんなことして、ただで済むと思ってねえよな?」
「うっ」
 来栖の気迫は尋常ではない。完全に切れている。
 けれど、そんな来栖の姿を見て、瀬那は安堵で体の力が抜けた。
 この人は、決して瀬那を裏切らない。あんなに息を切らせて、瀬那を助けに来てくれた。
 そのことに、瀬那はどうしようもなく安堵していた。
 その瀬那の安堵とは裏腹に来栖の怒りはさらに増大していっているようだった。
「セナから離れろ。それ以上触れてると、全員この場でぶっ殺す!!」
 来栖の怒声に三人は瀬那から離れて後退る。
 あまりの気迫にそれだけでもう相手の戦闘意欲は失われている。
 けれど、来栖の怒りはそんなことでは収まらない。
「まあ、すぐに離れたって半殺しは確実だけどな」
 ボキッと腕を鳴らしながら三人に近づく。紫苑もそれに続くように近づいて行った。
 三人はヤケクソのように二人に飛びかかって行ったが、来栖もちゃんと武器を備えていたし、何より紫苑の武道の腕はウィンフィールド一だ。敵うはずもない。
 二人は、来栖の宣言どおり三人を半殺しにしてしまった。
 呆然とその様子を見ている瀬那に気づいて来栖は紫苑に言った。
「シオン、そいつらのことは任せる。適当に処分してくれていい。オレはセナを連れてく」
「解かりました」
 紫苑が頷くのを確認して、来栖は瀬那に近づいてくる。
「大丈夫か?」
「あ、はい…」
 すっかり気が抜けてしまっているのか、瀬那の返答は間が抜けている。しかし、来栖はそれに安堵して、剣で指を切った。
 ワープゾーンが開くと、座り込んだままの瀬那の腕を掴んだ。
「行くぞ」
「え?」
「ほら」
 来栖は無理矢理引き摺るようにして瀬那とワープゾーンをくぐっていった。
 その二人を見送って、紫苑は溜息を吐いた。
「まあ、仕方がない。俺は何も出来なかったからな」
 瀬那を救ったのは来栖だ。
 それは、どうあっても間違いのない事実。
 それが解かっているから、紫苑は自分に出来る事をする、それだけだ。


 ワープゾーンの先は来栖の部屋だ。
 部屋に足を踏み入れた途端に、清浄な香りが二人の身体を包む。
 来栖は、瀬那を促して取り敢えず椅子に座らせる。
「怪我の具合は?」
「回復魔法をかければ直ぐに治ります」
「馬鹿、魔法なんて使ったら体力消耗するだけだろうが」
 来栖は溜息を吐いて、踵を返した。
「確か、この辺に回復薬が…っと、あった」
 備え付けの棚を探り、回復薬を探し当てると、瀬那に使う。
 傷はみるみるうちに消えていく。
「ありがとうございます」
「でもまだちょっと残ってんな。あー、畜生、あいつら本当にぶっ殺してやりゃあ良かった」
「クリストファー様…」
 来栖の発言に瀬那が苦笑いを浮かべると、不満そうな声が返ってきた。
「おい」
「はい?」
「クリスって呼べよ。さっきは呼んだだろう」
「それは…」
 来栖の言葉に、瀬那が途惑っていると、来栖の手が瀬那の頬に触れる。
「セナ…オレはお前が好きだ。今まで何度も言ってるけど、どれも真剣だ。答えてくれないか、セナ。オレのこと、どう思ってる?」
「クリストファー様、それは…」
「そうだよ、待ってるつもりだった。お前がその気になるまで、待てるつもりだった。でも、あいつらに押さえつけられてるお前を見て、あんなやつらにいいようにされてるのを見て、もし、オレが間に合わなかったら、お前どうなってた?あいつらに犯されて、殺されて、それで、二度とあんたに会えなくなったら…」
 来栖の目は真剣で、それに捉われたように瀬那はその瞳から視線を逸らせない。
「あんなやつらに、お前を触れさせるだけでこんなに悔しいのに、その上殺されて、二度と触れることも叶わなくなるなんて絶対に許せねえ。もう、待てない。今すぐ答えが聞きたい。お前は、オレの事どう思ってる?」
 その来栖の視線に気圧されるように、瀬那は顔を伏せた。
 けれど、来栖は瀬那から視線を逸らさない。それを感じて、瀬那は小さな声で呟いた。
「嫌…だったんです」
「え?」
 瀬那の言葉に、来栖は疑問を返す。
 ひょっとして、来栖に触れられるのが嫌だったのだろうか。キスをされたりするのは、嫌だったのだろうか。来栖は、瀬那の頬に触れていた手を一瞬引きそうになるが、瀬那の手がそれを留めた。そして、今度はしっかりと視線を上げて、来栖を見た。
「嫌だったんです、あの男たちに触れられて、嫌だと思った。今までは、何をされても、どうされても仕方がないと思ってきたんです。私は一人で、助けてくれる人も居なくて、傍に居てくれる人も居なくて、ただ、流されるままに何をされても、目を瞑って生きてきた」
 今までの感情の全てを押し出すように言う瀬那を、来栖は黙って見つめる。それに促されるように、瀬那は言葉を続けた。
「でも、今日、触れられて嫌だと思ったんです。貴方以外の人に触れられるのは嫌だと…」
「セナッ!」
 その言葉の途中で、来栖は瀬那を抱きしめた。
 熱い想いが溢れ出してきて、それに流されるままに瀬那にキスをする。
「ふっ…ん…っ」
 口唇を離した後、来栖はまた瀬那を強く抱きしめる。
「セナ…それは、オレのことが好きだって、そういうことだよな?そう、思っていいんだな?」
「はい。私も、あなたが好きです。誰よりも、あなたに触れて欲しい」
 来栖の確認するような言葉に、瀬那は頷き、答えた。
 それを聞いて、どうしようもなく嬉しくて、来栖は抱きしめる腕に力を込めた。抱きしめて、ずっと抱きしめて、自分だけのものだと言ってしまいたい。周りの全てに。この世界の全てに。
 そうやって強く抱きしめていると、瀬那の手が、来栖の背に回ってくる。それが一方的な想いでないことを、伝えてくる。
「セナ…好きだ。愛してる」
 この想いをどうやって伝えればいいだろう。いくら言葉に出しても足りない想いが溢れてきてしまう。好きだとも愛しているとも、何度言ったってこの気持ちの全てを表すことは出来ないのだ。
「クリストファー様…」
「セナ…クリス、だろ。呼べよ」
 来栖が少し不満そうな顔をして睨みつければ、少し困ったような顔をしながら、それでも瀬那は答えた。
「クリス、私も、貴方を愛しています」
「セナ…っ!」
 来栖は押さえられない想いの全てをぶつけるようにキスをした。
 最初は少し触れて、もう一度触れると、瀬那は誘うように口唇を開く。口内に舌を滑り込ませて、瀬那のそれと絡ませる。
「んんっ…ふ…あ…」
 瀬那の口から吐息が洩れる。その吐息をも呑み込む様に、さらに激しく口付ける。歯列をなぞり、瀬那の口内の全てを貪りながら、どちらのものか解からない唾液が瀬那の顎を伝うまで。
 どれくらいそうしていたのか解からない程長い間互いの唇を味わっていた。
「はっ…あ」
 ようやく口唇を離した頃には、瀬那の息は弾んで、情欲に濡れた瞳で来栖を見上げていた。このまま瀬那を抱いてしまいたい。そう思うけれど、来栖はその感情を押さえつけた。
「部屋まで送る。今日は疲れてるだろうからゆっくり…」
「クリスっ」
 自分から身体を離した来栖の腕を掴んで瀬那が睨みつけてくる。
「セナ…」
「抱いてください」
「でも、今日あんなことがあった後だろ。それに傷は治っても疲れは取れねえんだから…」
「両思いになったら抱き合いたい、と言ったのは嘘ですか?」
「違う。でも、今じゃなくたって良いだろ。今は休んだ方がいい」
 瀬那の真剣な眼差しが来栖を捉える。捉えて、誘ってくる。来栖がどれほどの理性をもって耐えているのか、瀬那は解かっているんだろうか?そんな風に見つめられて、求められて・・・。
「今がいいんです。あんなことがあった後だから、だからこそ、私は貴方のものだという証拠が欲しい」
「セナ…」
 瀬那の言葉に、眼差しに、来栖は深々と溜息を吐く。
「…解かった。でも、嫌だったり、辛かったりしたら直ぐに言えよ。あんたに嫌な思いはさせたくない」
「はい」
 微笑む瀬那を見て、来栖はもう一度キスをする。
 アンダーシャツをたくし上げて、瀬那の肌に触れた。一度は触れた。けれど、それ以上先に進む事はなかった、瀬那の身体。
 熱い想いに突き動かされるように、胸の突起に触れると、瀬那はぴくっと身体を振るわせる。
「あ…っん」
「感じやすいな」
「そんな、こと…」
 来栖の言葉にかっと頬を染める瀬那に笑みが零れる。
 瀬那のアンダーシャツをぎりぎりまでたくし上げて、今度は其処に唇で触れた。其処はつん、と赤く立ち上がり、瀬那の肌がじっとりと汗で濡れてくる。
「クリス…っ…あぁ…ふ…」
 瀬那の腕が、来栖の腕を掴む。ぎゅっと目を閉じて快感に耐える姿が色っぽい。そんな瀬那のもっと乱れる姿が見たくて、ズボンの前を開けて、瀬那のモノを取り出す。
 椅子に座ったままの瀬那の前に跪くように座り、其処にキスをした。
「あっ…クリス、だめ…です。そんな…」
「何で」
「何でって…やっ…は、あ…っ」
 言いかける瀬那の先端にちゅっと吸い付くと、甘い声を零す。何度もそうやって先端にキスを繰り返すと、瀬那のモノが勃ち上がってくる。瀬那は羞恥に顔を赤く染めて、来栖の頭を掴んできた。
 抱かれたいと自分から望んだくせに、この体勢には不満があるらしい。まあ、仕方がない、とは思うが。瀬那にとって来栖は主君で、仕えるべき人間で、こんな風に自分の前に跪かれるのに抵抗があるのは当然と言えば当然だろう。
 だからと言って来栖は止める気など微塵もないが。
 茎の裏側のところから舐め上げ、袋の所は手で愛撫して。段々と張り詰めていくそれと、快楽に濡れていく顔を見て、笑みが零れる。くびれの所に軽く歯を立てると、ぐんっ、と大きさが増した。
「ああ、こうされるの好きなんだ?」
「クリス…やめて、ください…っもう…」
「イきそう?イっていいぜ、このまま」
「そん…な…」
 困惑する表情の瀬那を余所に、来栖は先端に吸い付き、手で射精を促すように扱く。口内の奥まで頬張って、唇でも扱いてやると、我慢できないとばかりに瀬那が大きく震えて来栖の口の中でイった。
「あ…、はあ…っ」
 綺麗な青い瞳を潤ませて来栖を見下ろしてくる瀬那にこれ見よがしに喉を鳴らしてそれを飲み込む。それだけでただでさえ赤い顔がさらに赤くなった。
「何だよ、慣れてるんだろ?こういうの」
「それは…だって…」
「だって…何?」
「貴方に、そんなことを…」
「何?オレだから嫌?違うよな。オレだから、恥ずかしいんだ」
 来栖の言葉に、瀬那は肩を震わせる。泣きそうかな、と一瞬思ったが、逆にぎっと来栖を睨みつけてキスを仕掛けてきた。
 来栖を求めるように、貪るように口内に舌を差し込んで来る。そこに自分の舌を絡ませて答えてやると、ほっとしたように、身体の力が抜けた。それを感じて、今度は来栖が、瀬那を貪る。食いつくように口付けると、瀬那は大きく目を見開いた。
「ふっ…ん、…んぅ…っ」
 瀬那の腕が、来栖の背にしがみ付くように回される。
 それに気を良くして、さらに深く。
 長い間貪っていると、瀬那の息は完全に乱れて、口唇を離したころにはぐったりと身体を弛緩させていた。
「おい、大丈夫か?まだまだこれからだろ?」
「だ…ったら、も…少し……」
「手加減しろって?無理だって、あんた相手に手加減なんて」
 そう言って笑うと、瀬那は顔を俯けた。照れているのは明白だ。
 来栖はくすりと笑いながら瀬那の頬にキスをした。
「な、此処ですんのもいいけどさ、やっぱ最初は、ベッドへ行こう」
「はい…」
 頷くのを見て、来栖は瀬那の腕を掴んだ。
「ほら、立てるか?」
「平気、です」
「……完全に腰が抜けてるみたいだけどな?」
 瀬那は来栖の手を遠慮しようとするが、でも、そのままではいつまで経っても移動出来ないだろう。揶揄するように笑って見せれば、瀬那はカッと顔を赤く染めた。
「ほら、遠慮せずに掴まれよ。連れてってやるから」
「…」
 瀬那は一瞬来栖を睨みつけるが、それでも来栖の差し出した手を取った。本当に全然身体に力が入らないらしく、足が震えている。その瀬那の身体を支えてやりながら耳元に囁きかけた。
「本当にこんなんで、最後まで大丈夫なのか?」
「平気ですっ」
 半分ムキになったように言う瀬那に笑いが洩れる。
 誘った以上は最後までしなければ、瀬那のプライドが許さないだろう。
 瀬那は来栖に支えられてベッドまで移動する。ベッドに座らされてようやく息を吐いた。
「可愛いな、あんた」
「かわ…いいって…」
「ムキになっちまって、可愛い」
「クリスっ…ぁ、ふっ」
 文句を言おうとする瀬那の前を握ると甘い息が零れた。
 快楽に従順な身体に笑みが零れる。瀬那をそんな身体にした誰かが居るのは事実だろうが、今は、それよりも目の前にある瀬那が何よりも欲しい。
 瀬那の前に触れながら、足を開かせる。そして、後ろに指を触れさせるが、流石に堅く閉じていて、このままでは傷つけてしまうだろう。来栖はベッドサイドに置いてある器から液体を指につけ、後ろに塗り込んでいく。
「んっ…な、んですか…それ」
「これ?香油だよ。円滑剤の代わりにはなるだろ」
「ああ…部屋に入った時にした香りは、それですか」
「そ。結構いい香りだろ」
 そう言いながらも指を動かす事は止めない。少しずつ塗り広げて、指を一本奥まで押し入れる。収縮して締め付けてくるのを感じて気が急いてくるが、瀬那を傷つけたい訳ではないから、ゆっくりと其処を広げていく。
 指を二本入れて中を探るように動かし、此処かと思う場所を擦ると、瀬那がぴくっと震えた。
「此処、だな。前立腺」
 押し広げるように動かしながら、指を三本に増やし、時々前立腺も擦るようにしてやると、たちまち瀬那の息が上がってくる。
「クリス、クリス…っ、もう…もう、お願い…です」
 潤んだ瞳で訴えかけてくる瀬那に直ぐに答えてやりたい、という想いもあったが、何となく意地悪がしたくなる。
 だから来栖は瀬那の声を無視して、更に大きく足を広げさせ、其処に顔を近づけた。香油と瀬那の先走りが混ざり合って、鼻につんとくる匂いを発している。其処に舌を這わせると、瀬那は慌てて身体をよじる。
「クリスっ、だめ…止めてくださいっ」
「何で?あんたの此処、すげえな。香油と、あんたの匂いが混じって、すげえいやらしい匂いがする」
「クリスっ!」
「あんたが、欲情してる匂い、だ」
 来栖の言葉に、瀬那の顔どころか全身が赤く染まる。その反応を見て、ますます嗜虐心が湧いてくる。瀬那の中に入れた三本の指で其処を広げて、くちゅ、とわざと音を立てて舐める。瀬那の全身がびくびくと震えて、殆ど抵抗も出来ないぐらいに身体から力が抜けている。
「クリ…ス、お願いです…本当に、もう…っ」
 泣きそうな声で訴えかけてくる瀬那に、本当に泣かせてみたいと思ったが、取り合えずそんなものは今日でなくても構わない。瀬那の願いを聞いてやることにして、其処から一旦顔を離して、でもその前に太股に強く吸い付いて痕を残す。
「あ…っあぁ…!」
 瀬那は掠れた甘い声を上げる。
 改めてベッドでぐったりと来栖を見上げる瀬那を見る。全身で来栖を誘う、その身体に貪りつきたい。貪りついて、その甘さを噛み締めたい。
 その想いのままに、来栖は瀬那の中に自分のモノを押し入れていく。
「は、ぁあ…っ」
 瀬那は苦しげに背を撓らせ、シーツをぎゅっと掴む。思えば、其処が男を受け入れるのは、ランに抱かれて以来だろう。そうとなれば矢張り辛い筈だ。其処は来栖をぎりぎりと締め付けてくる。
「セナ、力抜け…大丈夫だから」
 そう言いながら、来栖は瀬那にキスをする。顔や、身体、いたるところにキスを落とす。
 そうすると、強張っていた身体から徐々に力が抜けていく。
「大丈夫か?」
 乱れた髪をかき上げてやりながら問うと、瀬那からうっとりするような笑顔が返ってきた。
「はい。大丈夫です、から。動いてください」
「ああ」
 瀬那の言葉に頷いて、ゆっくりと腰を動かす。
 始めは遠慮するように動いていたが、そのうち大胆になっていく。瀬那も来栖に合わせる様に腰を揺らした。
「あ…ん、クリス…あ、あぁ…」
 瀬那の唇からは絶え間なく甘い声が零れる。切なげに顰められた眉や、薄っすらと開かれた目、潤んだ瞳が来栖をたまらなく感じさせる。先ほど見つけた瀬那の感じる場所に擦るようにすると、来栖の背にしがみ付いてくる。
「ふ…あっ、あ、…ぁああ…」
「セナ…っ」
 瀬那への愛しさの全てがこの行為にぶつけられる。今まで以上に激しく突き上げると瀬那は大きく背を撓らせた。つい先ほどまでは来栖に合わせて腰を揺らしていたが、それも出来ず、ただ来栖に突き上げられるままにがくがくと身体を揺らす。
「あ、ああ…っ、クリス、クリス…もう…っい…く…」
「セナっ!」
「あ、ああああっ!」
 瀬那は一際高い声を上げて達した。来栖もそれと同時に瀬那の中で射精する。
 二人してぐったりとベッドに身体を横たえる。改めて来栖が瀬那の顔を見れば、疲れ切った顔をして寝息を立てていた。流石に無理させたかな、と思うものの、来栖自身はかなり満足していた。
 瀬那の笑っているかも、泣いている顔も、怒っている顔も、感じている顔も、全てが愛しい。瀬那の髪を撫でて額に一つキスを落とす。
 そして、瀬那を強くその腕に抱きしめる。
 やっと、自分だけのものになった、大切な人を。



Fin





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