ふと、窓の外を見ると、セナが森の中に入っていくのが見えた。こんな時間に何処に行くのだろうか。 追いかけようと宿を出ると、クリスに会った。 「クリストファー様?こんな時間にどうしたんですか」 「部屋に行ったらセナがいねぇし、窓を見たら森の中に入ってくのが見えたんだよ。何か様子がおかしかったから気になってさ」 どうやら紫苑と同じ理由らしい。 「だったら、俺が見に行きますから。もう遅いですし、クリストファー様は部屋に戻っていてください」 「馬鹿言うなよ。もし敵が居るんなら一人より二人の方がマシだろうが。一人でなんとかなるならセナが何とかしてる。何とかならないなら二人一緒に行った方がいいだろう」 確かに、それは理屈としては敵っているが…だからと言って敢えて危険な場所にクリスを行かせる訳にもいかない。 そう思ってももう先にクリスは歩き出していた。 「クリストファー様!」 「こんなところでぐだぐだ言ってたってどうしようもねぇだろ。急いで追いついて連れもどせばいいんだよ」 そう言われれば反論は出来ない。クリスの言っている事は全く正しい事だ。 紫苑は頷いてクリスと森の中に入っていった。 「…くっ…」 「おやおや、しぶといですね」 ランは喉元で笑いながら、更にセナに攻撃を加えた。 「ぐっ…ぁ…」 森の奥にある小屋でランはセナを捕らえた。 今日はクリス達がどの宿に泊まっているか確認だけのつもりで来たのだが、セナがランを見つけて追いかけてきたのだ。他のみんなに知らせている暇はなかったが、だからと言って一人で追いかけてくるのは無謀というものだ。 「わざわざ追いかけてくるとは、それほど死にたかったんですか、水落先生?」 「…ラン…っ」 揶揄するように同僚の名前を呼んでみれば、鋭い瞳で睨みつけてくる。普段穏やかな雰囲気をもっていた水落と同一人物だとは到底思えない。 「…セナ…という名前だったか。一近衛兵風情が私に勝てるとでも本気で思っていたのか?」 「ぅぁっ…」 セナの右腕を切り裂く。背中を壁に強かに打ちつけ、咳き込んだ。 どんなに怪我をしても睨みつける瞳は衰えない。ふ、と以前にも同じような瞳を見た気がする。赤い髪。アイスブルーの瞳。 パンッ 一瞬の考えに囚われている間に、セナは左手に持った拳銃でランを撃った。 「くッ…貴様っ!!」 「…ぁ、ああっ!」 ランの左腕に弾は命中した。一瞬の怒りにランはその拳銃を持つセナの左腕も切り裂いた。 「全く…とんでもない男だ」 ランは傷ついた左腕に回復魔法をかける。 「だが、これでもう銃は使えないだろう?」 ランが倒れるセナの髪を掴み上げる。 「うっ…」 「全く、お前のような者がやつらについているとはな」 「な、に…?」 「お前はどちらかと言えばこちら側の人間だろう」 純真な白い翼よりも、深い闇を湛えた黒い翼。この男の中には闇がある。深く、底の知れぬ闇が。だからこそ、こんな人間が彼らについている事が可笑しい。 「暗く深い闇の中で生きてこそ、お前の本性が解かるのではないか?」 「…冗談じゃ、ない」 「光に憧れるのは、勝手だが、な」 深く穿たれた闇。だからこそ、ランを傷つける事が出来たのだろう。他の黒い翼の連中ですらランを傷つけることなど出来ないというのに。 そして、十数年前にも、ランを傷つけた人間が居た事を思い出す。 「ようやく思い出した。お前は、私がロベールを殺した時に邪魔をした小僧だな?」 「…やはり、お前がっ!!」 セナの瞳がかっと怒りに染まり、攻撃魔法を放つ。しかし、ランはそれを難なく避けた。 どうやらセナはランがその時の相手だと薄々気づいていたらしい。お互いの名前は知っていたのだ、当然と言えば、当然だが。 あの時まんまと邪魔をされてしまったのだ、このままただ殺してしまうのも勿体無い。 「よく見れば、綺麗な顔をしているな」 「え?」 ランはセナの顎を掴んでまじまじと見る。赤い髪とアイスブルーの瞳の色合いも絶妙だ。人の中の欲を刺激するのに十分だろう。 ランは口許に笑みを刻み、セナに口付けた。 「ふっ…んんっ…」 セナは大きく目を見開いた。そして唇を噛み締め、それ以上の進入を拒む。しかし、ランは顎を掴んで口を開かせた。 「はっ…ぁ…ふっ…」 歯列をなぞり、舌を絡めて吸い付けば、身体がびくりと震えた。どうやら感じやすい性質らしい。 「なかなか楽しめそうだな」 そう言って、セナの中心に触れる。布越しに擦れば、またびくっと身体が震える。 「ゃめっ…ぁ…んっ…」 「くくっ…今から止めるなら最初からやりはしない」 「ぁ、ぁあっ…ふっ……」 更に強く擦ってやれば、嬌声を上げる。 アンダーシャツを捲り、胸の突起に触れると、また震えた。面白いほどに感度のいい身体だ。男相手も初めてではなさそうだった。 ズボンの前を開け、直接握りこむと、今までになく高い声を出す。 「はぁ…っ!ぁ…ゃ…め…ぁあっ」 うつ伏せにさせると、後ろに指を入れる。 「な、に…っう」 セナは痛みに顔を顰める。流石にキツイ。そう思い、前を扱く。先走りを掬い取り、それを円滑剤の代わりにする。先程よりはすんなりと入った。 狭く熱い。その場所を味わいたい衝動に駆られるが、すぐに入れては面白くない。煽るだけ煽って向こうから懇願させなければ。 指で中を探りながら感じる場所を探す。一点を突けば、ぴくんっと前が動いた。ここらしい。指を二本に増やして、その周囲をなぞるようにすれば、たまらなげに、背を撓らせる。 「…ぁ…ゃ…だめっ…ぁあ…っ…ぃやぁ…」 内壁は蠢き、指をより深く飲み込もうとする。言葉とは裏腹に身体は素直に反応した。指を三本に増やす頃には、先ほどまで鋭く睨みつけていた瞳に涙が溢れてきていた。 びくびくと身体は震え、全身で誘う。 「だ…め…もぅ…っ…ぁ…ぁあ…」 其処はひくつき、さらに深い快楽を求めている。 これだけで足りる筈もない事はランにも解かっていたが、これ以上の事はしない。懇願されない限りはするつりはなかった。 「やぁ…っはぁ…ん…ぁ…おね…が…ぃ…」 「どうして欲しい?」 「…いれ…て…おねが…ぃ、です…もうっ」 その声を聞き、ランは指を抜き、自分のものを其処に突き立てた。 「ぁああっ…ぁあ―――っ」 セナの口からは満足そうな溜息が漏れた。 完全に快楽に落ちた姿に、ランは満足げに笑った。 森の中を散々探し回ると、一件の小屋を見つけた。 薄く明かりが漏れている。如何にも怪しい。紫苑とクリスはその小屋の様子を伺う。中に人の気配がした。ドアには鍵が掛かっている。 もう二人は半ば確信していた。 此処だ。 「シオン」 「ええ」 頷くと、紫苑はドアに体当たりして、開けた。 其処に居たのは、探していたセナと、黒い翼の総帥レイヤードの腹心、ランだった。 「セナッ!!」 「ラン、てめぇ!!」 紫苑はセナの様子に目を見開き、クリスはランに怒声を上げた。 セナの腕は無残にも切り裂かれ、乱れた服が、それ以上に何があったかを物語っていた。セナの意識はなく、生きているのか死んでいるのか二人の位置からは解からなかった。 「少しばかり遅かったな」 くくッ、と喉で笑いながら、ランは言う。 「全く、王太子自ら助けに来るとは」 「うるせぇ!そんなことより、セナは生きてるんだろうな!?」 「生きていますよ。今日のところは殺すつもりはありません」 「なに?」 「美味しく頂かせて貰いましたからね。なかなか淫乱な身体だ」 揶揄するような言葉に、クリスの頭にカッと血が上る。 「貴様ッ!!」 「いけません、クリストファー様!」 殴りかかろうとするクリスを、紫苑が押さえる。此処で殴りかかってもしもの事があってはならない。ランのすぐ傍にはセナが居るのだ。 「そう、それが賢い選択だ。それでは、これで」 ランは黒い翼を広げ、その場から去っていった。 二人は少しの間、其処に佇んでいた。 「…畜生ッ」 ドンッ、とクリスは壁に拳を打ちつけた。紫苑はセナに近づき、怪我の様子を見る。命に別状はないようだったが、それでも酷い傷だ。 「シオン、お前は悔しくないのか?」 紫苑の冷静な様子に苛立ちながら、クリスが言うと、紫苑はセナを抱き上げながら振り向いた。 「悔しいですよ。ですが、今は怒りに任せるよりも、セナを何とかするのが先です」 「…ああ…」 クリスは少し冷静さを取り戻し、頷いた。 宿に戻ると、翔たちも心配して起き出して来ていたらしい。セナの様子を見て、みんな一様に驚愕に目を見開いた。 「水落先生!」 「一体、何があったんです?」 「先生!」 三人はクリス達を問い詰める。 「まぁ、落ち着け。セナの手当てが先だ」 紫苑はそう言い、セナをベッドに寝かせる。 「杏里、フルート、吹いてくれ」 「う、うん」 クリスの言葉に杏里は頷き、フルートを吹いた。それでも傷は完全に治る事はなかった。包帯を巻き、手当てを終えると、紫苑はようやく重い口を開いた。 「ランにやられた」 「え?」 「多分、ランの姿を見つけて追いかけて行ったんだろうが…」 「そんな、無茶だ…」 紫苑の言葉に櫂が呟く。 「そうだよ。そんなこと、水落先生が一番よく解かってる筈じゃないか!」 翔が叫ぶ。一度、翔が怒りに任せてランを倒すと言った時に止めたのはセナ自身だ。そのセナがどうしてこんな無茶なことをしたのか・・・。 解からないが、セナなりの理由があったのだろう。理由もなく無茶なことをするような人間ではないのだから。 「でも、よく生きて戻って来れましたね。ランが相手だっていうのに」 「…ああ」 理由を知らない櫂の問いに、紫苑は重苦しく頷いた。 「東堂先生?」 「兎に角、みんなもう休め。時間も遅い」 「でも…」 「此処にみんな集まっていても、仕方がないだろう」 その言葉に三人は渋々引き上げていく。紫苑はクリスを見た。 「クリストファー様も…」 「俺はここに居る」 「しかし…」 「聞きたいんだよ、何であんな無茶したか。何で一人でランを追いかけていったのか」 クリスの言葉に、紫苑は黙り込む。その気持ちは紫苑も同じだった。何故、一言声を掛けることが出来なかったのか。無茶だと解からない筈はない。誰かに声を掛けていく事が無理だったとしたら、追いかけるべきではない。それぐらいの判断が出来ない人間ではない筈だ。 クリスはベッドの近くの椅子に腰掛けた。 「…なぁ、シオン。一つ、聞いていいか?」 「何です?」 「お前、好きなやついるか?」 「え?」 クリスの突然の言葉に、紫苑は目を見開いた。その紫苑の様子を見て、クリスは笑った。 「セナが好きなんだろ?」 「クリストファー様!?」 「いいんだ、俺も同じだから」 「え?」 「俺も、セナが好きだ」 だから悔しいのだ。あんなやつにいいようにされて。助ける事が出来なくて。好きだと思う気持ちは空回りして、何も出来なくて。 「綺麗な身体で居て欲しいなんて、思っちゃ居ないけどさ・・・時々思うんだ」 「何を?」 「セナは、自分に好意をもつ人間が居るなんて始めから思っちゃいないんじゃないかって。セナが、自分のことを好きじゃないのは、俺でも解かるからさ」 クリスの言葉は紫苑にも解かる。時々利己的なように見せかけてはいるけれど、それは本当にみせかけに過ぎないと。本当は、自分のことなど、どうでもいいのだ。例え自分が好意を持っている人間に嫌われたとしても、仕方がないと笑うだろう。 どんなに心の底が泣いていても、決してそれを表に出すことはなくて。最初から何処かで諦めている。 「過去に何があったかなんて知らねぇけどさ、自分を好きになれない人間でも、大体は自分に対して甘さがあるもんだろ。セナにはそれがないんだ。他のどんなことでも、人のためなら諦めないくせに、自分のことになるとすぐに諦めちまう。一体、何がセナをそうさせるのか解かんねぇけど…」 クリスの顔が悔しげに歪む。 「解かんねぇけど…悔しいじゃねぇか」 「ええ…」 セナに対して好意を持っているからこそ、そう思う。セナが好きだから、だからこそセナが自分に対して余りに厳しすぎるのが辛い。 「うっ…」 「セナ?」 「気がついたのか」 セナがうめき声をあげ、薄っすらと目を開いた。 「クリストファー…さま?……此処は…」 「宿の、お前の部屋だ」 「私は……」 ふっと視線が遠くへ飛ぶ。ランとのことを思い出しているんだろう。 「一体、何であんな無茶したんだ」 「クリストファー様…」 「無茶だって、解からない訳じゃねぇんだろ」 問い詰めるクリスに、セナは視線を伏せる。 「…確かめたい事が、あったんです」 「確かめたい事?わざわざ自分の命を危険にさらしてまで?一体なんだよ、それは」 クリスの言葉にセナは苦笑いを浮かべた。 「ロベール殿下と、真理さんを殺したのは……ランだったのか」 「そんな事!わざわざ一人で追いかけて聞くことじゃねぇだろう!!」 「私には…大切な事だったんです」 「セナ…」 それを確かめたいばかりに。自分の命を危険にさらして。 「それで、どうする」 「シオン中将?」 「確かめて、どうするつもりだったんだ?敵を取るつもりか?」 「解かりません。ただ、確かめたかったんです」 「馬鹿野郎」 セナの答えに、クリスは悪態を吐く。 「そうですね」 その言葉に、セナは微笑んで答えた。それが悲しい、悔しい。 「それで?」 「え?」 「どうだったんだ?」 「ええ…ランでしたよ。向こうも、私のことを覚えていた」 「そうか…」 それでよく…ランを相手に翔と櫂を守れたものだ。そう思っても口には出さない。セナもそんな言葉を言って欲しいとは思わないだろう。 「セナ…身体の方は大丈夫なのか?あんなことされて…」 「ああ…大丈夫ですよ」 「だけどよ…」 「慣れていますから」 透き通るように綺麗な微笑に、クリスは軽く目を見開いた。 「慣れてる…なんて簡単に言うんじゃねぇよ」 「事実です。ランは…マシな方ですよ」 「マシな方だって?冗談じゃねぇぞ!」 「クリストファー様…」 セナはクリスの怒声に困ったように笑う。それがやたらと悔しい。 「そんなことに慣れんなよ。少しは悔しいと思え!!」 「ですが…」 言いかけたセナの口を、クリスはキスで塞いだ。 「んんっ…ぅ…」 セナは大きく目を見開いた。流石にこれには驚いたらしい。口唇を離せば、呆然とクリスを見つめる。 「クリストファー…様?」 「慣れてるだって?ふざけんなよ。じゃぁ、俺に抱かれても、紫苑や、羽村たちに抱かれても、お前は平気だって言うのかよ!冗談じゃねぇ!!」 「んっ…ふっ…ぁ…」 クリスはセナの肩を押さえつけ、先ほどよりも深く口付ける。紫苑はそれを見ながらも、口を挟めずに居た。否、クリスと同じ気持ちだったからこそ、何も言わない。 「お前がそんな風に言うんなら、俺はお前を何処にも行けない場所に閉じ込めてやる。誰の目にも触れない場所に、俺だけが解かる場所に閉じ込めてやる」 「…何を」 「解からないか?俺はお前が好きなんだよ。だから悔しいんだ。お前がそんな風に言うのなら、俺はそうする。お前が嫌だと言ったって、出してくれと言ったって、一生閉じ込める!!」 「そん…な…」 クリスの告白に、セナは信じられないという風に呟く。 「信じられないか?だけど、俺はお前が好きなんだよ。信じられないなら、信じられるようにしてやる」 「クリストファー様っ!」 クリスはセナの両腕を頭の上にまとめて押さえつけ、もう片方の手をアンダーシャツの下に潜り込ませた。 「クリストファー様っ…やめ…っ…ふぅ…んっ…」 胸の突起に触れれば甘い息を零した。それがクリスの官能を刺激する。そこを指で捏ねる様にすれば、震えてぎゅっと目を瞑った。 「…んっ…ぁ…クリストファー…様……やめて…くださっ…」 「嫌だったら、助けを呼んでみろ。助けてくれって、叫んでみろよ」 「たす…け?」 「そうだよ、呼んでみろよ。ほら」 「…誰が…」 「あ?」 「…誰が…助けてくれるんですか?」 「なに?」 「助けてくれと…叫んで、助けてくれる人なんて、居ないのに…?誰も助けてくれないのなら、呼ばないほうがいいでしょう?」 そのセナの言葉に愕然とした。 一人で生きてきたとは、そういうことなのだ。 「くそっ!!」 ドンッ、とクリスはセナの寝ているベッドを思い切り殴りつけた。 十数年間、たった一人で生きてきた。だから、助けて欲しいと思ったとしても、誰も助けてはくれない。何かあっても、誰の名前を呼ぶことも出来ない。呼べる名前がない。 そういう事だ。 助けてくれと叫んだところで、自分には助けてくれる人間など居ないのだと自覚して、虚しくなるだけ。だから、誰も呼ばない。呼ばなかった。諦めて、現実を受け入れるしかない。そんな生き方しか、出来なかったのだ。 「だったら…だったら俺の名前を呼べよ」 「え?」 「今度からは、俺の名前を呼べ。何処に居たって絶対助けに行ってやるから、俺の名前を呼べ!」 「クリストファー様、それでは立場が逆ですよ」 「んなことは関係ねぇ!好きな奴を助けたいと思うのは当然だろうが!」 「こんな状態で言う台詞でもないですよ」 「…うるせぇよ、馬鹿」 クリスの言葉に、セナは悲しげに微笑んだ。 「助けて、くれますか?」 「ああ」 「何処に居ても?」 「何処に居ても。すぐに探しに行ってやる」 「本当に?」 「ああ…本当だ」 不意に、セナの瞳から涙が溢れてきた。クリスの手が優しくセナの涙を拭う。 「…クリストファー様…」 「セナ…好きだ。お前を、愛してる…」 そう言って、クリスはセナに触れるだけのキスをする。 セナは静かに目を閉じて、それを受け入れた。 Fin |